横浜地判平成27年10月22日

横浜地方裁判所(神奈川県)

事件番号:平成26(わ)965

目次


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主文
被告人を懲役19年に処する。未決勾留日数中240日をその刑に算入する。

理由
【罪となるべき事実】
第1    被告人は,平成13年5月30日,妻であるAとの間に長男のB(以下「長男」「被害児童」ともいう。)が出生した後,神奈川県厚木市内の当時の被告人方(以下,単に「被告人方」という。)において,妻及び長男と三人で生活していたが,平成16年10月頃,妻が家出をしたことから,以後は長男と二人で生活するようになった。被告人は,一人で長男の面倒を見,1日最低2食の食事(基本的にはパン1個,お握り1個,500mℓの飲料のセットが1食分の内容)をほぼ毎日長男に与えていたが,平成18年秋頃から,仕事を続けながら,既に電気,ガス,水道が止まり,ゴミで埋め尽くされた被告人方に戻って長男の面倒を自分なりに見るのが嫌になって,家に戻る頻度が二,三日に1回くらいになり,家に戻った際に長男に与える食事も上記セット1食分程度の栄養不十分なものであった。また,被告人は,長男が勝手に家から出て行かないように,被告人方6畳和室の入口引き戸に外側からガムテープを貼り付け,同室の雨戸を閉め切り,掃き出し窓に内側からガムテープを貼って長男が同室内から出られない状態にしていた。長男は,上記のとおり被告人から栄養不十分な食事しか与えられなかったことにより,その栄養状態が悪化し,遅くとも平成18年12月中旬頃までには,その栄養不足から体内の筋肉をエネルギーに変えることで筋肉が萎縮し関節が曲がって固まる「拘縮」が始まり,ほほがこけてげっそりするなど相当痩せ,運動能力は非常に落ち,手指はこわばってほぼ動かせないなど相当衰弱し,医師による適切な診療を受けさせるなどしなければ,死亡する可能性が高い状態になった。

被告人は,長男に上記「拘縮」が始まった頃,上記の経緯から長男の栄養状態が悪化して長男が相当衰弱し,医師による適切な診療を受けさせるなどしなければ,長男が死亡する可能性が高いことを認識し,そのように認識した後も,あえて育児を適切に行うことから目を背け,長男を被告人方6畳和室内から出られない状態にした上で,長男に二,三日に1回くらい又は1週間に1回くらいの栄養不十分な食事しか与えず,また,長男をここまで衰弱させたことの発覚をおそれ,医師による適切な診療を受けさせるなどの措置も講じないまま長男を放置し,よって,平成19年1月中旬頃,同所において,長男(当時5歳)を栄養失調により死亡させて殺害した。

第2    被告人は,被告人の当時の勤務先であるC株式会社(平成24年12月1日,
会社名変更によりD株式会社)から,扶養していた長男に係る家族手当の給付を受けていたものであるが,平成19年1月中旬頃,同児が死亡し,同児に係る家族手当の給付を受ける資格を喪失したにもかかわらず,それを隠して同社から継続して同児に係る家族手当を詐取しようと企て,真実は,平成19年1月中旬頃,同児が死亡し,同児に係る家族手当の給付を受ける資格を失ったのであるから,同社の社員就業規則に基づき,遅滞なく,同児が死亡した事実を同社総務労務部長らに対して届け出る義務があるにもかかわらず,あえてこれを届け出ず,同社総務労務部長Eらをして,同児の死亡後も同児が生存しており,被告人が同児に係る家族手当の給付を受ける資格を喪失していないものと誤信させ,よって,別表のとおり,平成19年8月31日から平成26年5月30日までの間,82回にわたり,家族手当等の給与支給事務担当者である同社管理部経理課社員らをして,神奈川県愛甲郡愛川町所在の株式会社横浜銀行愛川支店に開設された被告人名義の普通預金口座に合計41万円を振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。

【争点に対する判断】
第1    本件の争点
本件の主たる争点は,殺人の公訴事実について,被告人に殺意が認められるか,すなわち,(1)被害児童が相当衰弱し,医師による適切な診療を受けさせるなどしなければ同児が死亡する可能性が高いことを被告人が認識しながら,医師による適切な診療を受けさせるなどの措置を講じなかったかである。そして,その判断の前提となる,(2)被害児童が相当衰弱し,医師による適切な診療を受けさせるなどしなければ同児が死亡する可能性が高い状態にあったか,
(3) 被害児童が相当衰弱する前後において適切な食事を与えなかったという
具体的内容はどういうものかについても争いがあり,以上に関連して,(4)被害児童はいつ死亡したか,(5)被害児童は衰弱し死亡するまでどのような状態であったか,(6)被害児童はいつまで救命可能であったかについて争いがある。

以下,これらの点について検討する。
第2    被害児童はいつ死亡したか

1    関係証拠によれば,(1)平成26年6月に被告人方内のゴミが押収されたが,その中に消費期限が平成19年1月24日午前5時と袋に記載されている未開封のコロッケパンが1個あったこと,(2)このコロッケパンは被告人方付近のコンビニ店舗に同月23日午前2~3時頃から翌日午前2~3時頃まで陳列されていたこと,(3)押収されたゴミの中に,上記コロッケパンの他に未開封のパンやお握りの袋はなく,パンやお握りの袋で消費期限や賞味期限がそれ以降と確認できたものはなかったこと,(4)被告人は,被害児童の死亡に気付いた日から約1週間後に被告人方を訪れ,その際,お供え物として,未開封のパンを置き,それ以降被告人方には入っていないこと,(5)上記コロッケパンが上記店舗に陳列されてから被告人方で押収されるまで,被告人方には被告人及び捜査関係者以外の者は立ち入っていないこと,以上の事実が認められる。

2    被告人が家に帰っていた頻度については,後記のとおり被告人の供述に変遷
が見られるが,被害児童が死亡するまで少なくとも週1回くらいは帰っていたという点では一貫しており,上記押収時に被告人方に消費期限や賞味期限が断続的になっているパンやお握りの袋が存在していた事実に照らすと,その限度では信用でき,認めることができる。

3    上記1によれば,被告人が被害児童の死亡を確認したのは平成19年1月1
6~17日頃と認められるから,上記2を踏まえると,被害児童の死亡時期は平成19年1月中旬頃であったと認められる。

第3    被害児童は衰弱し死亡するまでどのような状態であったか(また,いつまで
救命が可能であったか)
1    被害児童の遺体について,法医学,特に小児を専門とするF医師は,被害児童の遺体写真を見た上で,「被害児童の遺体には,栄養が不足して異化作用が生じ,筋肉がエネルギーに変えられて萎縮し,関節が曲がって固まってしまうという拘縮の跡が見られ,その程度が重度であることやこれまでの経験から,被害児童は死亡時からさかのぼって少なくとも1か月以上は拘縮が進行する低栄養状態に置かれていた。」旨証言する。

また,放射線による小児の画像診断を専門とするG医師は,被害児童のレントゲン写真を見て,「骨濃度,骨密度が低く,緻密骨の骨量が通常の5歳児の半分程度であって,少なくとも二,三週間以上は生命に危険が生じかねないほどの全体的な栄養不良の状態に置かれていた。カルシウム,ミネラル,リン等の特定の栄養素の偏りによる疾病によるものではない。」旨証言する。

2    F医師は,栄養失調で飢餓の事例を10件以上経験し,拘縮の事例において
救命,解剖等少なからず対応してきた十分な経験のある医師であり,その証言内容も,被害児童の遺体の手や足が,指の先を含め顕著に曲がっている様子を,飢餓死に至るメカニズムと結び付けて説明しており,説得的で優に合理性が認められ,信用することができる。

また,G医師の証言については,証人の経験,説明内容の具体性,合理性から,その信用性を疑う余地はない。

3    以上のF医師の証言及びそれを補強するG医師の証言並びに第2で認定し
た被害児童の死亡時期に照らすと,被害児童は,遅くとも,死亡する1か月前の時点である,平成18年12月中旬頃までには,栄養不足を原因として拘縮が開始していたと認められる(以下,拘縮が開始した時点を「拘縮開始時」という。)。

F医師の証言によれば,拘縮開始時の被害児童の状態については,ほほがこけてげっそりするような相当痩せた状態で,運動能力は非常に落ち,身体を動かさない状態で,手指はこわばってほぼ動かせない状態であったと認められる。

そして,同証言によれば,拘縮の始まった頃であれば,適切な医療を受けさせることで被害児童の救命はほぼ可能であったと認められる。

4    ところで,法医学を専門とし,被害児童の解剖を行ったH医師は,ほぼ骨し
か残っていない被害児童の遺体から死因を特定するのは困難であり,被害児童の遺体の関節に「拘縮」があって飢餓の所見を示していると断定まではできない旨証言する。

確かに,H医師は,飢餓死を含め十分な解剖の経験を有する医師ではある。しかしながら,小児の飢餓死事例の経験が多いとはいえず,また,拘縮の生じていた遺体の解剖の経験はなく,本件においては拘縮の点には着眼していなかったというのであるから,拘縮の点に関しては,F医師との経験の差は明白である。さらに,被害児童の手や足の状態について,H医師は,死亡時の姿勢,皮膚の乾燥や廃用性(動かさなかったこと)による萎縮の可能性を指摘するが,被害児童の遺体の写真からは,手足が指の先までも不自然に曲がった状態が明らかであり,これが死亡時の姿勢等によって生じるというのは説得力に乏しい。

そうすると,同医師の証言は,F医師の拘縮に関する証言と矛盾する限りで信用できないというべきである。

第4   被害児童が相当衰弱する前後において適切な食事を与えなかったという具
体的内容はどういうものか
1    被告人は,被害児童に与えていた食事の内容について,捜査段階における検察官に対する供述調書(抄本。乙4)(以下,単に「検察官調書」という。)では,自宅に帰って1食(パン1個,お握り1個,500mℓの飲料のセットが基本)を与える頻度について,平成18年10月頃から二,三日に1回くらいになり,同年11月下旬頃から週に1回くらいになり,それが死亡時まで続いた旨述べる。他方,公判では,当初,被害児童が亡くなるまでほぼ毎日2食の食事を与えていたと述べながら,その後,記憶がないとか,家に帰るのは半々だったなどと供述を二転三転させている。

2    検察官調書の信用性について,取調べの録音録画その他関係証拠を踏まえて
検討すると,確かに被告人は,被害児童が死亡に至った過程について,当時の正確な記憶に基づいて時期,場面を限定する供述をしたかについては疑問があり,したがって,検察官調書で時期を限定している点は信用性につき検討を要する。しかしながら,少なくとも,平成18年秋頃から二,三日に1回くらいの食事となり,被害児童が亡くなる直前には週1回くらいになっていたという内容自体は,F医師やG医師の証言によって認められる被害児童の状態と整合的であり,逮捕当初からほぼ一貫した内容であるし,被告人に記憶が全くないとは考え難い。また,取調べは被告人が反論できないような状況で行われたものとはいえず,例えば,育児を放棄した動機や交際女性のことなどについては被告人が反論している場面も多々見受けられるにもかかわらず,上記のとおり食事の量を減らした内容について取調べにおいて被告人が捜査官に対し反論したことはうかがわれない。また,食事の量を減らしたという内容は被告人にとって明らかに不利な内容であり,殊更虚偽の供述や記憶に反する供述をする動機は見出し難い。したがって,上記のとおり食事の量を減らしたという限度では検察官調書は信用できる。

なお,被告人の上記1の各公判供述については,F医師及びG医師の証言によって認められる被害児童の状態と矛盾する部分が多く,また,極めて不自然に変遷しており,記憶に忠実に供述しているとは到底いえない。そうすると,第2の2のとおり被害児童が死亡するまで少なくとも週1回くらいは帰っていたという限度で信用できる点はともかく,その他については信用できない。

3    そして,拘縮がある程度の栄養不良状態が続いた後で生じ始めることからす
れば,被告人が食事の量を減らしたのは,拘縮開始時より前であることは明らかであり,そうすると,被告人は,被害児童に対し,拘縮開始時の前である平成18年秋頃から,二,三日に1回くらいの食事しか与えなくなり,拘縮開始時以降,二,三日に1回くらい又は週1回くらいの栄養不十分な食事しか与えず,被害児童が死亡する直前までには週1回くらいの栄養不十分な食事しか与えなくなっていたと認められる。

第5    殺意の有無について

1    拘縮開始時の被害児童の状態は,第3の3のとおりであり,その時点において,被害児童に医師による適切な診療を受けさせるなどしなければ同児が死亡する可能性が高い状態にあったことは明らかである。また,拘縮が始まった頃であれば,適切な診療を受けさせることで被害児童の救命はほぼ可能であったことは上記のとおりである。

2    そして,拘縮開始時における被害児童の状態は,そのような状態を見た通常
人であれば誰でもその死の結果発生の危険性を正しく理解できるような状態といえる。

被告人は,拘縮開始時頃,少なくとも週に1回くらいは被告人方に帰っており,また,当時の被告人が帰宅して被害児童の相当衰弱した様子を認識,理解できなかった特段の事情も見当たらない。弁護人は,被告人の知能が低いことや,被告人方は電気が止まっていて暗かったことを指摘するが,精神鑑定の結果等を踏まえると,被告人には精神障害がなく,正常下位と軽度精神遅滞との境界域にある知能を有しており,被害児童の相当衰弱した様子を認識,理解できないほど知能が低いともいえない。また,被告人方室内の明るさについては,家の中を認識できる程度であったことや自転車灯等で照らすなどしていたことは被告人自身認めるところである。

そうすると,被告人は,第3の3で認定したような被害児童の相当衰弱した状態を認識していたと認められる。実際,被告人は,検察官調書において,食事を減らしたことにより,被害児童がどんどん痩せて衰弱していった様子を供述しており,同供述がその限度で信用できることは上記第4の2と同様である。

3    したがって,被告人は,拘縮開始時頃において,被害児童のこのような相当
衰弱した状態を認識していた以上,その時点において,医師による適切な診療を受けさせるなどしなければ同児が死亡する可能性が高い状態にあったことを認識していたことは明らかであり,拘縮開始時以降の被害児童の救命可能な期間において,殺意を有していたというべきである。

それにもかかわらず,被告人は拘縮開始時頃以降,上記の認識を有しながら,第4で認定したとおり,被害児童に栄養不十分な食事しか与えず,また,医師による適切な診療を受けさせるなどの措置を講じないまま放置したものであり,被告人には殺人罪が成立する。

以上のとおりであるから,弁護人の主張は採用できない。【法令の適用】被告人の第1の所為は刑法199条に,第2の所為は包括して同法246条1項にそれぞれ該当するところ,第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段により併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を主文掲記の懲役刑に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中主文掲記の日数をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

【量刑の理由】1(1) 被告人は,十分な食事を与えなかったことで栄養状態が悪化し相当衰弱した5歳の長男に対し,電気,ガス,水道の止まった自宅の,雨戸も閉められて暗い6畳和室内から出られない状態にした上で,殺意をもって,二,三日ないし1週間に1回くらいの割合でしか食事を与えず,医師による適切な診療を受けさせるなどの措置を講じないまま放置して栄養失調死させた。相当衰弱していた長男は何ら非がないにもかかわらず,唯一すがるべき存在であった父親から,十分な食事も与えられず,救命措置らしい措置さえ受けることなく,ゴミに埋もれた不快で異常な環境の中に放置され,少なくとも1か月以上の長期間,極度の空腹による苦痛を感じ,重度の拘縮にまで至り,絶命していった,その顛末は涙を禁じ得ず,その残酷さは想像を絶する。

(2) 次に,殺人の犯行に及んだ意思決定に対する非難の程度について検討する。
殺意の強さの程度について見ると,被告人が週に1度くらいは帰宅し,少なくとも飲料を飲ませていたこと等に照らし,被告人には長男を積極的に殺そうという意欲や計画性までは認められない。

しかしながら,本件の動機や経緯について見ると,被告人は,自ら長男に十分な食事を与えずに相当衰弱させながら,その発覚を恐れて病院に連れて行くことさえせず,長男が生命の危険に直面していることを分かっていながら,それを誰にも知らせないまま交際女性と週二,三回程度共に夜を過ごすなどしていたのである。したがって,被告人は,病院に連れて行かなければ長男の死亡する可能性が高いことを認識しながらも,長男を病院に連れて行ったり,長男の衰弱に配慮する形で適切に救命しようという意思は全くなく,このような意味での殺意が,拘縮開始時から救命可能性がなくなるまでのある程度の期間存在していたと認められる。それゆえに,殺意は,偶発的であるとか,一時的であるとかいえるものではなく,被告人は,病院に連れて行かなければ長男が死亡する可能性が高いという事実に少なからず直面していたにもかかわらず,長男の実効的な救命措置に出ることが一度もなかったのであるから,殺意の程度は決して弱いものとはいえない。

そして,殺意を生じた動機ないし経緯は長男の生命をあまりに軽視する自己中心的なものというほかなく,被告人には,自分が親であり,長男にとって唯一の命綱であるという自覚が全く足りなかったものであって,殺人の犯行に及んだ意思決定に対して厳しく非難されるべきである。

(3) 他方,妻の家出により,被告人が自ら望まないまま,仕事の傍ら一人きりで
育児をする状況に置かれ,それが本件の遠因になっていることや,2年間程度は,不十分とはいえ被告人なりに一応育児らしき行動をとってきたことは否定できない。しかしながら,妻の家出から犯行までは相当期間が経っており直接的な関連性はないし,被告人が周囲の親族等に相談することは容易であり,交際女性と上記のような関係にあったことや犯行態様自体を見ても,被告人が仕事と育児の両立に深刻に悩んだ上でやむを得ず本件に至ったものとは到底いうことができず,上記の事情は量刑上さほど考慮には値しない。

なお,弁護人は,被告人の知能の低さや被養育歴から来る受動的対処様式等の心理的特徴が本件の背景となっており,被告人のために斟酌すべきである旨主張する。しかしながら,精神鑑定によれば,被告人に精神障害はなく,知能や性格は正常心理内の偏りにすぎないと認められる上,証拠によっても,被告人の知能や被養育歴に特段の問題は見受けられないことは明らかであるから,上記の被告人の心理的特徴は量刑に当たり考慮の必要はないというべきである。

(4) 以上の事実から認められる殺人の犯罪行為の客観的な重さや,被告人が殺害
に及んだ意思決定に対する非難の程度,とりわけその犯行態様の残酷さ,被害児童の受けた苦痛の程度,殺意の強さの程度,あまりに自己中心的な動機ないし経緯に着目すると,本件殺人の犯罪行為の責任の程度は,被告人が積極的な作為に及んだものではないことを踏まえても,人一人を殺害した殺人1件の事案の中ではかなり重い部類に属するといわなければならない。

2    本件詐欺については,利欲的犯行とまではいえないこと,被害弁償がされてい
ること等から,本件各犯行全体の量刑を特段押し上げているものとはいえず,本件の量刑全体を考慮するに当たりさほど重視しない。

3    一般情状について検討すると,被告人は,責任を逃れるため,公判廷において,
食事の回数や長男の様子について,信用できる検察官調書や客観的証拠に明らかに反する虚偽の供述をし,あるいは,長男の死亡について,事故のようなものであるとか,なぜ亡くなったのか分からないなどと不自然不合理な弁解をするなど反省は全く足りないといわざるを得ない。また,殺人の犯行後の行動を見ても,長男の死亡後7年以上にわたり家賃を払い,あるいは,7年近く勤務先に長男死亡の届出をしないなどして犯行の発覚を防ぎ続け,教育委員会職員に対しては長男は妻のところにいるなどと虚偽の説明をするなど,犯行後において本件を悔やみ反省する態度はうかがわれない。これらの事情は,調整要素として刑を重くする方向に働くものとして考慮すべきである。

これに対し,被告人に前科のないことは刑を軽くする方向に働く事情として考慮すべきである。

4    以上に検討したとおりの被告人の行為責任を踏まえた責任の幅の中で,調整要
素としての一般情状をも考慮すると,本件(殺人罪及び詐欺罪)は,殺人罪の刑として定められた有期懲役刑の上限に近い刑を科すのが相当であると判断し,主文のとおり量刑した。

([求刑]懲役20年)横浜地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官      伊名波宏仁裁判官上慎二裁判官金﨑哲平


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