主 文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。被告人に対する銃砲刀剣類等所持取締令違反の公訴事実につき、被告人は無罪。
理 由
本件控訴の趣意は、被告人の昭和三十一年五月九日附(同月十日当裁判所受理)控訴趣意書並びに弁護人鍛治千鶴子作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は、次のとおり判断する。
弁護人の控訴趣意一、について。所論は、匁渡十五糎未満の短刀は銃砲刀剣類等所持取締令に規定する刀剣類に該当せず、しかも原審公判廷における被告人の供述によれば、本件の短刀はノコギリを自分で改造した程度のものであるから原判決が同令第二条第二十六条を適用して被告人を有罪に処したのは、判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤があるというにあるところ、本件記録並びに原審において取り調べた証拠に現われている事実によれば、原審は、「被告人Aは何等法定の除外事由がないのに昭和三十一年二月二日頃肩書自宅において、匁渡約十三糎の短刀一振を所持した。」との公訴事実を有罪と認定し、これに対し銃砲刀剣類等所持取締令第二条、第二十六条を適用し、その所定刑中罰金刑を選択した金額の範囲内で被告人を罰金二千円に処した事実が明らかである。しかして、本件短刀が所論のようにノコギリの匁を改造したものとするも、その形状よりして短刀と認めるに妨げなきことは前記の証拠により明白であり、当審検証の結果によるも右の認定を覆えし得ない。
しかしながら同令がその所持を禁止する刀剣類は匁渡十五センチメートル以上であることを要することは、同令第一条の規定に徴し疑を容れないところであり、ただ匁渡の長短を問わずあいくちに類似する匁物、すなわち本件短刀のようなものといえども、「業務その他正当の理由による場合を除く外、携帯なることができな旨>い。」ことは同令第十五条の規定するところである。しかして、同令にいわゆる「所持」とは社会観念上自己の実力支配内に置くことをいい、「携帯」とは所持の一態様ではあるが、日常生活を営む自宅ないし居室以外の場所において身辺に置くことをいい、これを手に持ち、或は懐中して外出する場合はもとより、これを鞄、風呂敷等に容れて持参する場合、たとい一時旅館、風呂屋等客の来集を目的とする揚屋内に置いても、なお携帯となすに憚らない。かかる「携帯」を「所持」の観念より抽出して特に禁止する所以のものは、あいくちに類似する刄物は、前示の所持の場合よりも容易に多衆の面前等で用うべく、また危険を伴い、社会の平和的秩序を害すべき虞があるからにほかならない。いま本件について、これを観察するに、被告人は本件匁渡約十三センチメートルの短刀を肩書自宅内に置いたものであることが明らかであるから、前説示のように同令第二条第二十六条に該当せず、また同令第十五条第二十七条に規定する携帯にも該当しないので、原判決は、法令の解釈適用を誤り、罪とならない事実を捉えて犯罪の成立を認めたものというのほかない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 工藤慎吉 判事 草間英一 判事 渡辺好人)