主 文
原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
被控訴人は控訴人らにたいし、別紙目録の建物につき、昭和二十八年七月二十八日東京法務局立川出張所受付第三五二四号でした被控訴人のための、乙区壱番に登記した抵当権の債務を期限に弁済せざるときは代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記及び同日同出張所受付第三五二三号でした債権額金三十万円、弁済期昭和二十九年三月三十日、利息年一割同支払期毎月末日の債権担保のための抵当権設定登記の抹消手続をすべし。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事 実
控訴人は、原判決中控訴人敗訴の部分をとりけす。被控訴人は控訴人にたいし、別紙目録の建物につき、昭和二十八年七月二十人目東京法務局立川出張所受付第三五二四号を以てした代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記及び同日同出張所受付第三五二三号を以てした債権額金三十万円、弁済期昭和二十九年三月三十日、利息年一割の債権担保のためにした抵当権設定登記の各抹消手続をなすべし、訴訟費用はすべて被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、控訴人において、本件建物は、もと、Aの所有であつて、同人は昭和二十三年二月五日死亡し、その妻である控訴人、子であるそのほかの控訴人が相続によつて本件建物所有権を承継取得したものであると述べ、甲第五号証(戸籍謄本)を提出し、当審証人B、同Cの各証言、当審における控訴人D本人尋問の結果を援用し、乙第二号証の一、二の真正にできたものであることを認め、被控訴人において、控訴人の前記主張を認め、乙第二号証の一、二を提出し、甲第五号証(戸籍謄本)の真正なことを認めたほか、原判決事実らん記載のとおりである。
理 由
別紙目録の建物は、もと、Aの所有であつたところ同人は昭和二十三年二月五日死亡したので、その妻である控訴人D、子であるその他の控訴人らが相続によつて右建物所有権を承継取得したことは本件当事者聞に争がない。
訴外Bが昭和二十八年七月下旬控訴人らの代理と称して被控訴人から金三十万円を借りうけ、前記建物に抵当権を設定し、かつ、期限内に借用金を弁済しないときは代物弁済として建物の所有権を移転すべき旨を約し、前記事実らんのはじめ、控訴の趣旨中に表示の登記をしたこと、これまた、当事者間に争のないところである。
ところで、控訴人Dは前記登記の少し前ころ、訴外Bにたいし、前記建物について控訴人らのために相続による所有権取得登記をすることを依頼したことは控訴人らの認めるところであり、これによつて控訴人Dは、自分のため、及び他の控訴人らの代理人たる資格において、訴外Bに右登記をするについて必要な代理権を与えたものと解すべきものである。したがつて、前記貸借、抵当権設定等の行為当時、訴外Bは控訴人らに代り前記の相続による登記手続をする権限を有したこと明らかであるけれども、被控訴人との間の前記貸借等をする権限を与えられていたことを認めるに十分な証拠はない。のみならず、原審及び当審における証人B控訴人D本人の各供述によると、かような権限は与えられなかつたと認められる。乙第一号証は訴外Bの署名した書面であることは前記証人Bの証言(原審第二回)によつて認められるけれども、その記載内容中前記貸借等の行為について控訴人Dの承諾を得た旨の部分は真実に反すること、これまた同証言によつて認められるので同号証は、前記認定のさまたげとならない。すなわち、訴外Bが被控訴人との間にした前記貸借等は、同訴外人の無権代理行為であるところ、控訴人らが追認をしたことを認めるべき証拠はない。原審及び当審における武人E被控訴人本人の供述中、本件紛争について昭和二十九年三月ごろ訴外C方に、控訴人D訴外B、被控訴人側の者として前記貸借等に関与したEなどが会合した際に控訴人Dが本件建物所有名義を被控訴人へ移すことを承諾したとの部分は当審における証人B控訴人D本人の各供述にてらして信用できない。
なお、被控訴人は、訴外Bに代理権があると信ずるについて正当の理由を有したかどうかというに、控訴人Dが訴外Bに相続による所有権取得登記の手続を依頼する際に、Bにたいして控訴人D控訴人Fの各印章と控訴人ら前主Aの本件建物の登記済証書を交付したことは控訴人らの自認するところであり、これと、原審証人E、当審証人Bの各証言、当審における被控訴人本人の供述をあわせてみると、Bが前記貸借抵当権設定等をするについて交渉したのは被控訴人の代理人としてのEであつて、Bは同人にたいして控訴人らのために金員入用なる旨を告げ、控訴人Dから交付をうけた前記登記済証書及びD、Fの印章とその他に控訴人Gの印章とするためBが買い求めたで昏あい印を所持していることを示したものであつて、被控訴人は右の物品をBが所持することを現認したものではない(当審証人尋問においてBが委任状、権利証等を持つているのをみたかのように供述するけれども借用しがたい)。本件の登記ができた後抵当権設定登記済証書をEから受けとつたうえで、貸付金を同人に渡し、同人をしてBに交付せしめたものであることが認められる。
以上の事実関係だけでみると、被控訴人が、Bに代理権があると信じたのは、その信ずるについて正当の理由があるというべきであろう。
ところが、原審本人尋問に際して被控訴人本人は、被控訴人は本件貸借より前に、Bに金を貸して失敗したことがあると供述しており、これによつてその失敗の内容は明かにはならないけれども、とにかく被控訴人はBを全面的に信用し得べき人間と思つてはいなかつたことがうかがわれる。また被控訴人の代理人としてBとの交渉に当つたEは、立川市a町b丁目c番地に住んでおるものであることは原審証人Eの供述にあるところであり、被控訴人住所は同町d丁目e番地であることは記録上明らかである。控訴人の住所であり本件建物の所在場所である同市f町g丁目h番地は右E並びに被控訴人の各住所からきわめて近いことは公知の事実であるのみならず、原審において証人Eは、同人の住所は本件建物から十丁ばかりのところであると証言しているのである。また、当審本人尋問において、被控訴人本人は、被控訴人は現住所に十年以上も住んでおり、本件建物は、これを現実にみなくとも話を聞いただけでわかつていたと供述している。
右のような状況のもとにおいて、被控訴人が、Bの代理権について、控訴人らに確かめようと思えば、しごくかんたんにでまることである。まさに一挙手一投足の労にすぎない。もし控訴人らにおいて、「近いところのことであるから、ちよつと声をかけてくれればわかることであつたのに」とぐちをこぼしたとしたら、それはもつともな不満といわなければならないではないか。
かように、相手方が代理権の有無を本人についてたしかめることが一挙手一投足の労にすぎない状況において、十分の信用をおかない人間の代理権を本人についてたしかめずに代理権ありと信じた場合には、相手方に過失あるものとみるのが相当である。したがつて相手方は民法第一一〇条による保護をうけることができず、本件において前記貸借抵当権設定等の行為について控訴人らは責任を負わないのである。
かようにみると、控訴人の本件請求の正当にして認容すべきこと明らかである。右と反対の原判決はこれを取り消すべく、訴訟費用は第一、二審とも敗訴者たる被控訴人の負担とすべきものである。
よつて主文のとおり判決する。目 録 東京都立川市f町g丁目h番地 所在 家屋番号同町乙○○○○番 一、木造亜鉛メッキ銅板葺平屋建居宅 一棟 建坪一五坪
(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)