威力業務妨害水利妨害被告事件 - 東京高判昭和31年07月19日(労働判例)

東京高等裁判所(東京都)

事件番号:昭和29(う)86

目次

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主    文
原判決を破棄する。

被告人等はいずれも無罪。
理    由
本作控訴の趣意は新潟地方検察庁高田支部検察官検事坂本数作成名義の控訴趣意書、被告人等弁護人小林直人作成名義及び全被告人共同作成名義の各吾控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

弁護人の控訴趣意(第一、二点)について 論旨は被告人等の本件行為は正当な争議行為の範囲に属するものとして労働組合法第一条第二項本文、刑法第三十五条により犯罪を構成しないものと解すべきにかかわらず、原判決がこれを有罪と判定したのは日本国憲法第二十八条、労働組合法第一条第二項、労働関係調整法第七条等争議権保障を規定した法条の解釈適用を誤り、その結果刑法第三十五条の違法性阻却事由の存在を看過したものであると主張する。よつて原審及び当審において取り調べた証拠に基き本件の事実関係を明らかにすると共に、その事実に現われた被告人等の所論争議行為が、果して正当のものであるか否かにつき、以下、項を分つて逐次判断を加えることとする。

(一)先ず本件争議発生の経過を見るに、原審正人A1、当審証人B1の各此言及び記録編綴のC1中央執行委員長A1名義の労働大臣及び中央労働委員会長宛「労働関係調整法第三十七条に基く通知の件」と題なる書面(乙第十号証)等に徴すると、C1労働組合はD1会議との間において昭和二十七年三、四月頃から労働協約改訂及び賃金、退職金の改訂をめぐつて団体交渉を継続して来たが、その交渉が決裂したため同年五月中旬に至り中央労働委員会に対して調停を申請した。しかし労使双方において同委員会の調停案を拒否する結果となり、茲にC1は争議行為に訴えてその主張を貫徹なることに決し、同年九月二日労働大臣及び中央労働委員会会長に対し争議行為をする旨の予告をしえ。かくてC1は所要の手続を経て具体的争議権を取得したものであることを認め得られるので、本件争議がその目的と手続において正当且つ合法であるとは洵に明白である。

(二)次に然らば、C1は右具体的争議権に基いて如何なる争議方法を採用したかというに、同年五月二十二日C1山中大会に於て具体的な同盟罷業(以下「スト」と略称)の実施時期、方法等の決定を一任されたC1中央本部は電源職場の労務提供拒否スト(以下「電源スト」と略称)を実施することとし、同年九月十一日付を以て東北地方本部を含む各地方本部に対し闘争指令「サクラツバメ第九号」を発し、同年九月二十四日八時から十四時まで減電量十五パーセント程度(基準日同年九月五日)を目標とする電源ストを実施し、右減電電力量を確保するため時間に拘泥なることなく続行なるよう指令した。

右中央闘争指令を受けたC1東北地方本部は、翌十二日管下各県支部に対し前記中央闘争指令と同一内容(なお具体的実施要領については既に指示したとおりである旨を附言)の地方闘争指令「クリツバメ第一七号」を発し、同日該指令を受信したC1C2支部は即日同支部常任執行委員会においてこれを確認し、同月十三日管下各分会に対し前記地方闘争指令と同一内容の支部闘争指令「タカクリツバメ第二三号」を発し、更に同月二十三日「クカトマトツバメ第一五六号」を以て右支部闘争指令に基く電源ストの対象発電所を原判示E1発電所外五発電所と指定し、その結果同月二十四日右E1発電所の用水取入口附近において前示指令に基く電源ストが実施せられるに至つたものである。なお前記地方闘争指令(クリツバメ第一七号)に「具体的実施要領については既に指示したとおり」とあるのは、後記「電源職場労務提供拒否スト実施要領」を指すのであつて、以上の事実は原審価人A1、同A2、同A3、当審証人B1、同B2、同B3、同B4、原審及び当審証人F1の各供述並に押収または記録編綴の前掲各闘争指令書の各記載によつてこれを明認することができる。

そこで右電源ストの当否について審究するに、右挙示の各証拠及び記録編綴の「電源職場労務提供拒否スト実施要領」と題する書面(乙第二十五号証の一部)を総合すると、本件電源ストは発電所の水車室、機械室、配電盤室その他堰堤取水口等の電源職場において従業員が一旦、発電施設の運行を停止せしめた上その職場を離脱し一定時間労務の提供を拒否することにより一定の減電量の実現を目的とする争議方法として案出されたものであつて、これにより会社の発電量の低下を来たし、その業務の正常な運営を阻害するものであるが、本来、争議行為において使用者の業務の正常な運営を阻害なる結果を伴うことに、その性質上巳むを得ないところであるから(労働関係調整法第七条)、C1がその争議方法として上記のような電源ストを決定し、その実施によつて会社の正常な業務の運営が阻害せられ水利の妨害を受けることがあつても、このことのみを以て不当な争議方法であるとはいえない。ただ、この争議方法によるときは、電源職場従業員が会社側より発電施設の操作を停止することなく、現状のまま引き継ぐよう要求されても、これに従うことなく敢て発電施設の運行を停止せしめ、一時会社の施設の管理を行う状態を伴う点において、不法性を帯びるやの疑を生ずるけれども、C1がかかる電源ストの方法を採用なるに至つた理由を考按するに、原審証人A1、当審証人B1、同B5等の各供述を総合すると、電気事業は最も重要な基礎産業としての公益事業であるから、全国ないし一地方のC1従業員が一斉に労務不提供入れば、社会的経済的に頗る深刻な影響をもたらすことが予想されるので、当時C1としてはかかる大規模なストの実施を良識的に避けて、電気の供給に実質的な障害を生ぜしめないよう減電量を定め被告の少ない一定時間、一部発電所に限つて行う電源ストの方法を採つたものであること、かように電源ストは一部発電所を対象として限られた時間だけ行う争議方法であるから、単に職場を放棄するのみでは会社側非組合員の手により操業を継続させることが容易であり、従来のC1争議の経験に徴しても、会社側は当然そのような対抗策に出ることが予想せられ、かくては短時間小部分の電源職場を単純に離脱するのみでは、その実効を挙げ得ないため一時発電機の運転を停止して減電量十五パーセント程度(保安電力及び一般需要家に支障を生ぜしめないよう考慮し電源ストとしては最低線と認められる限度)を実現確保する必要があるとして会社の上記要求に従うことなく、敢て発電施設の操作を停止なる方法を採るに至つたものであることが認められるのである。して見れば、叙上の限度において会社側の前記要求に応ぜず、発電停止の準備操作の間一時、会社の当該施設を会社側の意思に反して管理する状態に立ち至ることも、電源職場の特質上洵に已むを得ないところといわなければならない。然らばC1の採用した本件電源ストの方法は、正当な争議手段と認めることができるのである。

(三)次に前項(二)掲記の諸証拠によると、C1中央本部は電源スト実施にあたり会社側が対抗策として臨時人夫その他の代替要員を現場に派遣し、右発電停止の準備操作を防ぎ会社の操作を継続せしめようとした場合には、右ストの実効を期するため発電停止のための操作を実施する間ピケットラインを以て非組合員の現場(当該所要部分の施設)への立入を阻止すると共に飜意するよう説得し、C1組織の威力を示して争議組合員に協力させるよう努力し、更に説得困難のときはスクラムを組んでも阻止し、指定の減電量を実現すべく、ただ飽くまでも暴力には訴えず、これを阻止することができないで職場放棄定刻迄に操作が完了しないときはそのまま退去する旨の方針を昭和二十七年七月中に決定し、右方針はその当時各地方本部に指示されえのであるが、本件電源ストの実施に先立ち、東北地方本部は右方針と同趣旨の記載ある前顕「電源職場労務提供拒否スト実施要領」と題なる文書を作成し、同年八月二十八日頃管下各県支部責任者会議において右実施要領を解説してその趣旨を徹底せしめ、C1C2支部は同年九月十七日頃被告人G1を含む同支部常任執行委員から管下各分会責任者に右実施要領を詳しく説明し、C3分会は同月十九日頃同分会常任執行委員会を開催して前示実施要領を確認し、同分会執行委員を管下各地区班の職場大会に派遣してこれが周知徹底を計り、更に同月二十三日頃被告人G1以外の被告人等五名を含む組合員等出席のうえ合同地区班会議を開催し、前記実施要領の周知徹底に努めたことが認められる。

右によつて見るときは、本件電源ストにおけるピケッテイングも一般のそれと同じく「平和的説得ないし団結力の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによつて会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止なることを認めでいるのてあるが、本件電源ストの性質が上記のようなものである以上、その目的を貫徹するため、発電機の運転を停止する準備操作をするに際し、会社側から臨時に雇われた人夫が容易に説得に応ぜず、強引にピケラインを突破しようとする場合には、右準備操作を妨害されないための手段としてその操作実施の時間に限りスクラムによるピケッティングの方法をとることは已むを得ないところとして許容されなければならない。従つて本件電源ストの実施にあたりC1が右のようなピケッティングを指令し、被告人等が該指令に従つて時間、場所及び方法において右実施に必要な最少限度の行動をしたとしても、これを目して正当な争議行為の範囲を超えたものということはできない。

(四)以上説述した如く、本件電源ストが争議行為として正当であること、右スト突入にあたり会社側の発電施設の運行を停止なることなくそのまま引継ぐべ旨旨の要求を拒否すること及びC1の指令した本件ピケッティングの方法は該ストの性質上その目的貫徹のため必要な最少限度のものと認められる限り已むを得ないところとして許容せらるべきであることを前提とし、且つ被告人等けピケッティングにおける暴力の禁止を上記のようなC1の指令によつて熟知していたものと認められるとの事実関係を基礎とし、原判示E1発電所用水取入口における本件電源ストの実施に際し、被告人等のとつた行動が果して正当なる争議行為の範囲に属するや否やを討究なることとなる。

よつて被告人等の右行動をめぐる事実関係について審按するに原判示第一の事実中「被告人G2を除く爾余の被告人等五名においてF2がスクラムを潜り抜けようとなると押し返し」たとの点は下記の理由によつてこれを確認し得ない。すなわち、被告人G1及び同G2を除く爾余の被告人等の検察官に対する各供述調書中には、被告人G2以外の被告人等五名が原判示E1発電所用水取入口の水路排水門(当審における検証の結果によれば、原審の証拠中これに当るものを「排砂門」と表示してあるのは誤と認める)の門扉上のハンドルを背にしてスクラムを組み、原判示臨時人夫F2が説得に応ぜず、これを潜り抜けようとなるのを阻止なるに努め、これに対しF2が強引に右スクラムを突破しようとして相争つている際、F2を通すまいとして押し返した旨の供述記載部分が存するけれども、被告人等の司法警察員に対する各供述調書中には、右「押し返した」旨の供述記載は全く存在せず、且つF2の検察官に対する供述調書、同人に対なる原審及び当審の各証人尋問調書を通じ、そのいずれにも「押し返された」という如き供述記載を見出し得ないことと、被告人等の原審及び当審における各供述とを照合すれば、右被告人等の検察官に対する前記供述のみを以つて同被告人等が物理的有形力を用いてF2を押し返したとの事実を認めるのは相当でない。

なお、本件起訴状には右被告人等がその際F2に対し、肘を以つて突いたり、頭を押える等の行為をした旨の記載があり、F2は検察官に対し、同人が被告人等の組むスクラムを潜り抜けようとした際、被告人G1等から肘や膝で小突かれたとか、被告人G3に頭を押えつけられた旨陳述し、原審公判廷においても頭を押えられた点を除き同趣旨の証言をして居り、更に検祭官面前並に原審及び当審において、右スクラムを通り抜けようとした際被告人G4がF2の着衣(作業衣)の袖を一回掴んだ旨供述して居るが、右のうち被告人G4がF2の袖を一回掴んだ点はF2のこの点に関する一貫した供述によつてこれを認めるに難くないけれどもその余の点については同人の右各該当供述の内容を検すると、その具体的状況の表現において聊か明確を欠き、且つ首尾一貫しない点があるばかりでなく、本件の場合の如く右F2がスクラムを組む者の股間や両腕の間隙を狙い、これを強硬突破しようとした際上半身をかがめ、下向きとなつて潜り抜けのみに熱中していたため、相手の肘や膝に突き当つたり、頭部を押し挟まれたりした瞬間には、これを相手方の故意による暴行、すなわちF2のいう「小突いた」とか「押えつけた」とかいう風に感得することもあり得べき現象と認められる点、被告人等は前顕(三)の前段に摘記したところによりピケッティングにおける暴行の禁止を熟知していたものと解せられること、被告人G4がF2の着衣の袖を片手で掴むや否や、即座に被告人G1が「人夫に手を出すな」と注意を与えた事実(F2の検察官面前供述、原審及び当審各証言)等に徴すると、被告人G1等がスクラムを潜り抜けようとなるF2を故意に肘や膝で小突いたとか、被告人G3が頭を押えつけたとかいうF2の供述は客観的事実としてはその表現どおりに受け取ることはできない。このことはF2が原審における証人尋問に際し、被告人G3は目分に手を触れなかつたと供述していること及び当審における証人尋問の際、頭を押えつけられた点は勿論、肘や膝で小突かれた点について全く言及していない事実からも首肯し得べきところである。

以上のとおりであるから、当裁判所は原審及び当審において取り調べた証拠、なかんずく原審及び当審証人F2、同F3、同F4の各証言、被告人等の検察官面前並に原審及び当審における各供述、当審検証調書の記載等を総合して本件の事実関係を次の如く判定なるのが相当であると認める。

本件電源ストに際し、会社側では事前にその計画を察知したので、その対抗策として右ストの対象発電所へ代替要員を派遣し、非組合員の手で操業を継続せしめることとし、原判示E1発電所の取水口へは臨時人夫としてF2を雇つて派遣すべく、昭和二十七年九月二十三日当時のE2発電所長F3から右F2にその旨を依頼してE3支店長名義の委任状及び身分証明書(昭和二九年押第二九号の一、二)を手交して置いた。

そこで本件スト実施当日である翌九月二十四日午前六時前頃、F2がE1発電所取水口の見張所に行くと、同所勤務員である被告人G2がおり、間もなく、やはり同所勤務員の被告人G3が来たので、F2は前記の委任状と身分証明書とを両被告人に示し、スト突入の場合には右F2において現状のまま同発電所取水口の操業を引き継ぐべき旨を告げた。次いで同六時過頃C1C2支部常任執行委員である被告人G1が現地指導の任務を帯びて同見張所に到着し、F2が会社側臨時人夫であることを知つて同人に対し、組合員以外の考は出て行つて呉れ、ストを決行なる、日当二百円出すから帰つてくれと申し入れたが、同人は頑として応じなかつた。被告人G1は同所の用水取入口を点検し、発電機運転停止の準備操作として同取入口の何れの水門を開扉すべきかについての順序、方法、時期等を被告人G2と打ち合せた。同七時二十分頃被告人G1からの応援依頼によつて右組合員であるE4発電所勤務被告人G5、E2発電所勤務被告人G4、同G6が右E1発電所取入口に到着し、これと殆んど同時頃、C1C3分会から「実施時間八時より指令あるまで」との分会闘争指令「クリツバメ第六号」を受信し、右指令に基き被告人G1の指示により、被告人G2が前掲「電源職場労務提供拒否スト実施要領」に従い、E1発電所操作規程に定められた全停断水の準備操作として、同発電所取水口の水路排水門(原審記録中これに当るものを「排砂門」と表示しているのは誤こ認められること先に指摘したとおり)を手動式ハンドルによつて開扉しようとするや、F2がこれを阻止しようとして接近して来た。被告人G1がF2に「帰つて呉れ」と言つたが殆んど耳もかさなかつたので、被告人G2を除く被告人等五名が、水路排水門の門扉上の前記ハンドルを背にして、F2に向つて左側から被告人G1、同G3、同G5、同G6、同G4の順で右ハンドルに至る進路いつぱいに横に並んでスクラムを組み、F2の進入を阻止する態勢(原判示の「立塞り」)を執つた。そして被告人G1から更にF2に「止めて帰つて呉れ」と言つたが聴き容れず、飽くまでスクラムを突破しようとしてスクラムを組む被告人等の股間や腕の間際を狙つて潜り抜けようとしたが割り込めないと見るや、附近から長さ六尺余、幅四寸位、厚さ一寸余の角材を携えて来て、これを水路排水門の三角点に架け渡して橋代用とし、これを渡つて右排水門のハンドルに近付こうとしたが、スクラム左端(被告人G1)にこれを阻止された。するとF2はその反対側に駈け寄りスクラムの間隙を狙つて潜り抜けようとし、これを被告人等が阻止なると、また他の間隙を狙うという風に、同じ動作を幾度か繰り返すうち、スクラム右端の被告人G4がその右側間際を通り抜けようとするF2の着衣(作業衣)の袖を一回だけ片手で掴み、またF2が自ら同被告人の足に当り、その脇に捨ててあつた木葉溜りに滑つて転ぶ等のことがあつたが、間もなくF2は橋代用の角材を渡つて前記排水門扉のハンドルに取り付き、既に被告人G2の右操作により約十糎ほど開いていた同門扉を閉めようとしたので、被告人G1はこれを阻止するため右ハンドルに上半身で乗り掛ると共に、被告人G2に対して本流排砂門(原審の証拠中これに当るものを「制水門」と表示してあるのは誤と認める)を開扉するよう指示したが、その直後、来合せた前記F3より「やめろ」と言われたので、同排水門の開扉操作半ばにして右排水門を退去し、一方被告人G1より右指示を受けた被告人G2は原判示第二の如く前記排砂門の北端の門扉を附近にある操作小屋の電鍵を操作して約十五糎ほど開き、E1発電所の発電に使用するために堰き止められているH1川の流水の一部を、間もなく同所に駈け付けた右F2によつて閉鎖されるまでの数分間、H1川本流に放流したものである。

右に摘録した事実関係に徴すると、被告人G2が前示分会闘争指令に基く被告人G1の指示によりE1発電所取水口の水路排水門の開扉に着手したところ、これを目撃した会社側の臨時人夫F2が右開扉を阻止すべく同排水門に向つて近付いて来たので、同被告人以外の被告人等五名がスクラムを組んで立ち塞り、F2の進入を阻止したまでの限度においては、正当なる争議行為の範囲に属するものと認むべきこと前顕(一)ないし(三)に説述したところによつて目ら明白である。

ただ茲に問題となるのは、その際被告人G4がF2の着衣の袖を片手で一回だけ掴んだことが労働組合法第一条第二項但書にいわゆる「暴力の行使」と目せらるべきやの点であるが、前記認定のように相手方が正当なものと認められる程度のスクラムを強引に突破しようとなる瞬間において、相手方の着衣の袖をただ一回だけ掴む程度のことは、右スクラムの状況及び一般社会通念に照らし不法性がないものと解するのが相当である。然らば被告人G4に右程度の所作があつたからといつて、直ちにこれを暴力の行使と断ずることは当を得ない。従つて被告人等の右行為が正当なる争議行為の範囲を逸脱するものとして、被告人等に右会社及び右F2に対する各業務妨害の罪責を負わしめることはできない。

次に被告人G2の前記水路排水門及び本流排砂門の一部開扉によつて、E1発電所の用水がH1川本流へ若干放流され、その結果幾分なりとも会社の水利を妨害すべき状態を発生せしめたとしても、前記(一)及び(二)の理由により右各水門の開扉は、被告人G2が前記の分会闘争指令に基き同発電所の全停断水のため、成規の方法による準備操作として行つた正当なる争議行為と認められる以上、労働組合法弟一条第二項本文、刑法第三十五条により罪とならないものといわなければならない。

要するに、本件公訴に係る業務妨害の事実はその訴因たる暴力の行使が認められないので、結局、犯罪の証明なきに帰し、また水利妨害の事実は法律上罪とならないに拘らず、原審が何れもこれを有罪と認定したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤を冐したものであるから、論旨は理由がある。

被告人等各本人の控訴趣意について 所論は帰するところ、前記弁護人の論旨と同趣旨であるから、その理由あるととは以上説示のとおりである 検察官の控訴趣意について 所論は要するに原判決の量刑が軽きに失するとの趣旨であるから、その理由のないことはおのずから明かである。

以上のとおり弁護人及び被告人等の控訴趣意は理由があるから原判決は破棄を免かれない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に則り原判決を破棄し、更に当裁判所自ら判決することとする。

本件公訴事実は 被告人等は何れもI株式会社E3支店に従業員として勤務し、社告人G1はC1労働組合C2支部常任執行委員であり、被告人G2、同G3、同G4、同G5、同G6は右支部C3分会に所属するC1労組組合員であるが、昭和二十七年九月十二日頃、C1中央本部からC1東北地方本部を通じて同月二十四日午前八時から六時間、十五パーセントの減電を目標に電源職場の労務提供を拒否せよという旨の指令を受理したC1C2支部においては、同月十三日右指令を各分会に発した。一方ストの具体的実施要領についてはC1中央本部のスト戦術専門委員会において決定され、C1C2支部においてこれを確認し、同月二十三日現地指導のためにC3分会に赴いた被告人G1はE1発電所取入口の電源スト実施を指導することとなつた。

同月二十四日午前七時頃被告人G1は新潟県中頸城郡a村大字b字cI大谷第一発電所取入口に至り、午前八時の職場放棄と共に右発電所の発電機を停止させるために、右同所IE2発電所放水路排砂門(当裁判所の認める「水路排水門」にあたる、以下同じ)を開いてE1発電所に行く水をH1川に落し、更にH1川本流制水門を開き右発電所への補給水を絶とうと企て第一被告人G1、同G2、同G3、同G5、同G6、同G4は共謀のうえ、同日午前七時三十分頃石E2発電所放水路排砂門において折柄右E1発電所の運営に関するI株式会社E3支店長の権限を委任され、組合側の職場放棄に伴う水門操作業務引継のために来た臨時人夫F2(当時五十二年)に対し、同人の右業務引継を阻止する目的を以て右放水路排砂門前にスケラムを組み、同人が被告人等の右排砂門開扉を阻止しようとして右排砂門のハンドルに近づこうとするのを押し返し、肘を以て突いたり頭を押える等の威力を用いて同人の右会社業務の執行並に会社の発電業務を妨害し第二(一)被告人G1、同G2、同G3、同G5、同G6、同G4は共謀のうえ、同日午前七時三十分頃前示E2発電所放水路排砂門を開放し、前示E1発電所において使用すべき用水をH1川ら放流し、以てI株式会社の水利を妨害すべき行為をなし(二)被告人G1、同G2は共謀のうえ、同日午前七時四十分頃右同所H1川本流制水門(当裁判所の認める「本流排砂門」にあたる)を開放し、右E1発電所において使用すべき用水をH1川に放流し、以て右会社の水利を妨害すべき行為をたし たものである。

というのであるが、前段説明の如く右第一の事実については犯罪の証明がなく、また右第二の事実は法律上罪とならないから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条に則り無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)


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