団体等規正令違反被告事件 - 東京高判昭和31年07月16日(憲法判例)

東京高等裁判所(東京都)

事件番号:昭和29(う)2018

目次

 1ページ

    主    文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

    理    由

本件控訴の趣意及びこれに対する答弁の要旨は、東京地方検察庁検事正代理検事田中万一作成名義の控訴趣意書並びに被告人提出及びそり弁護人青柳盛雄外二十三名共同提出の各答弁書に記載してあるとおりであるから、これをここに引用する。

よつて次のとおり考察する。原判決は、要するに、被告人に対する団体等規正令第十条による法務総裁の本件出頭要求は、行政調査権の行使に名を籍り、本来犯罪捜査機関ですら強制捜査権を行使し得ない事案につき敢てこれが強制権を乱用発動したものにかかり、被告人がこれに応じなかつたからといつて、不出頭罪により逮捕してこれを刑罰に処することは、憲法第三十一条第三十三条に違反し、到底容認し得ないところであるから、被告人の本件不出頭の所為は、罪とならないものというべく、従つて被告人は無罪であるというに在るものと解せられる。

よつてその是非を考察するのに、昭和二十年勅令第五百四十二号が、わが国の無条件降伏に伴う連合国の占領管理に基いて制定されたもので、これが占領期間中憲法外において法的効力を有していたことは、最高裁判所が判例(昭和24年\(れ\)6八五号同二十八年四月八日言渡大法廷判決―最高裁判所判例集7巻4号775頁以下―参照)とするところであり、従つて、これが勅令に基き制定されたいわゆるポツダム命令たる団体等規正令(昭和二十四年政令第六十四号)も少くとも右占領期間中は、憲法の規定にかかわらずその内容の全面に亘り有効であつたことはいうまでもない。而して、わが国は、昭和二十七年四月二十八日平和条約発効と同時に独立国家として完全な主権を恢復するに至つたわけであるがその際右政令は、昭和二十七年法律第八十一号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律」によつて百八十日間にかぎり法律と同一の効力を有するものとされ、昭和二十七年七月二十一日破壊活動防止法施行と同時に同法の附則第二項によつて廃止され、同時に同法附則第三項によつて「同法の施行前になした行為に対する団体等規正令の罰則の適用についてはなお従前の例による」旨の定めが為されて今日に至つている。

しかしながら、右政令は、前述の如く、もともと連合国占領中、特殊の事情により憲法外において法的効力を有したものなのであるから、わが国が、右平和条約により完全な主権ないしは裁判権を恢復し、憲法がその効力を完全に発揮することとなつたについては、改めて右政令の法的効力が検討されなければならない筋合であるが、この点については、すでに、最高裁判所が、その判決(昭和27年\(あ\)2八六八号同二十八年七月二十二日大法廷判決―最高裁判所判例集7巻7号1562頁以下)で昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令の平和条約発効後における法的効力について判断したところとその趣旨結論を異にすべきいわれなきをもつて、これに従うべきところ、当裁判所は、団体等規正令が、平和条約発効と同時に当然その全面に亘り無効となつたとの論はこれを採らないが、苟くも、同政令の内容においてわが国憲法の規定に違背するものがあるにおいては、その部分に関するかぎり、同政令は、平和条約発効と同時に当然効力を失つたものというべきをもつて、右判例の趣旨とするところによつても明らかなように、たとえ、前示法律により廃止の規定が為されると同時に同法律の施行前にした団体等規正令の罰則の適用については、なお従前の例によるとの定めをしても、それはすでに、憲法違反の故をもつて失効した法規違反の行為に対する罰則を更に事後において復活させて過去の行為に遡及適用せしめることとなり、憲法第三十九条が趣旨とする事後立法の禁止または刑罰不遡及の原則に反し当然無効と言わざるを得ない。

本件公訴事実は、 被告人は、昭和二十五年七月三日法務総裁から団体等規正令第十条の規定により同月四日午前十時に、若し不能の節はできる限り速やかに東京都千代田区霞ケ関所在の法務府特別審査局に出頭すべき旨を要求され、同月八日頃までには右出頭要求のなされたことを了知したのに拘らず、その頃右の出頭要求に応じなかつたものであると言い、これに適用すべき罰条として「昭和二十四年政令第六十四号団体等規正令第十第一項、第三項、第十三条第三号昭和二十七年法律第八十一号破壊活動防止法附則第二項、第三項」を挙げている。

そこで、右公訴事実につき、その要求する犯罪の成立が認められるや否やの判断をするについては、前段説明するところに照らし、当然、先ず、右に挙げている団体等規正令にかかる出頭要求に関する罰則規定が、果してわが国の憲法の条規に適合するものなりや否やの検討を遂げざるを得ないことになるわけであるから、この点について以下職権をもつて考察なる。

右政令第十条第一項、第三項について見るのに、同条第一項には、この政令の条項が遵守されているかどうかを確かめるため必要な調査を行うものとなるとあつて、同条第三項は、これが調査のため必要である場合、法務総裁又は都道府県知事に関係者の出頭要求権を認めているのであるが、その調査の対象となつている事項を同政令の各条項について具さに検討して見るのに、同政令第九条の規定事項を除いては、専ら、同政令第十三条の規定によつて処罰の対象となつている同政令第二条、第三条、第六条及び第十二条によつてそれぞれ禁止ないしは命令されている事項に関する違反事実の有無の究明に存することが明白である。なるほど同政令第四条、第五条では団体の解散措置に関する一連の定めをしているが、これはただ、右第二条の規定に違反した事実や第六条違反の事実が究明された後の事後処分に関する規定たるにすぎす、第十条に規定された法務総裁による調査の対象が、同政令所定の犯罪事実の有無の究明に存することは、同条第一項の明示するところと同政令各条項の体裁内容とに徴し到底これを否定することはできない。されば、法務総裁又は都道府県知事による右調査は、その名において行政調査権の行使の如く見えて、その実質においては犯罪捜査権の行使にほかならないものと言わざるを得ない 凡そ、犯罪に関し国法の定めた事由あるかぎり、犯罪者の刑事責任を追及するため国家権力をもつて強制的措置をとり得ることはもとより当然ではあるが、犯罪の嫌疑あることを前提として進められる刑事手続においては、訴追のため国家権力を代表してこれを捜査追求する者とこれが対象者との間の強者対弱者の関係を生じ、前者の活動は、ともすれば後者の基本的人権を脅かす虞のあるものであることは、事理経験の明らかに教えるところである。さればこそ憲法は、これを慮り、特にその第三十一条ないし第四十条において被疑者、被告人等の保護について特別の規定を置いているのであるが、国はこれら憲法の規定を母体として特に刑事訴訟法を設定して、刑事責任追及に関する手続を厳密に規定し、もつて、とかく右対立関係から生ずべき個人の基本的人権の侵害あることなきを期しているのである。

憲法第三十三条は、現行犯の場合を除いて裁判官の令状なくしては被疑者を逮捕できない旨を規定し、刑事訴訟法は、その要請に応えて現行犯の場合に処すべき自由拘束に関する一連の規定を設けると共に、被疑者の逮捕、勾引、勾留につき、苟くも人権の保護に欠くることなきよう各般の厳格な規定を置き、同法第百九十八条第一項では捜査機関において犯罪捜査のため被疑者の出額を求め得る旨を定める一方、被疑者は逮捕又は勾留されている場合を除き、その出頭の要求を拒否し得る旨を定め、もつて被疑者の人権擁護に微塵も欠くることなきを保障しているのであるが、この被疑者の出頭拒否権が認められてこそ始めて、何人も裁判官の発なる令状によらなければ逮捕されることのない右憲法上の権利はその十全なるを期し得るのであつて、被疑者に右拒否権を認めることは、憲法第三十三条の法意にも照らし、憲法第三十一条の要請に応えて設定された刑事訴訟法当然の使命でもあるのであるから、事苟くも、犯罪の嫌疑で刑事責任を追及する上においては、右被疑者の出頭拒否権は、憲法第三十一条第三十三条により保障された権利であると言わなければならない。されば、原審が、「犯罪容疑者に対し、出頭を要求し、これに応じないとき刑罰に処することは、憲法第三十三条及び第三十一条を母体とする犯罪捜査に関する現行法体系において容認し得ないのである。すなわち、犯罪容疑者の自由剥奪は、刑事訴訟法の明定する逮捕、勾引、勾留に限定され、犯罪捜査機関が逮捕、勾引、勾留の方法によらないで、被疑者の出頭を求め、これに応じない場合に、その故をもつて刑罰に処する如き自由拘束は許されない」旨判断しているのはまことに正当である。

果して然らば、専ら行政調査のために関係人の出頭を要求し、その要求に応ぜざるときはその者を刑罰に処するものとして、間接にその要求を強制することは、これを容認し得るものがあるとは言えるにしても、当該法規上、その名において行政調査のための出頭要求の如く見えて、実は、専らその要求を受けた者の犯罪事実の有無の究明のためにする出頭要求であるにもかかわらず、これが要求に応じない故をもつて刑罰に処するが如きは、到底これを容認し得ないところである。すなわち若しこれを認めるにおいては、捜査機関は、何時でも、単なるこれが不出頭罪の令状によつてその者を逮捕し、ひいては本来の被疑事実について強制捜査を為し得ることとなり、その実質において、恰も本来の被疑事実について、いまだ、裁判官の令状を求めるに足りる犯罪の証拠なきにかかわらずこれが事実につき、令状なくして逮捕したると同様の結果を招来するに帰し、斯くては、刑事訴訟法第百九十八条ないしはその母体たる憲法第三十三条第三十一条の保障する被疑者の出頭拒否の権利は全く有名無実となり終り、その違憲たるやまことに明らかである。

団体等規正令第十条第三項は、法務総裁又は都道府県知事に関係者の出頭要求を認めているのであるが、その要求目的たる調査の内容が、その実同政令第九条の規定する事項を除き、専ら同政令所定の犯罪事実の有無の究明に存することは、すでに前段において説述したとおりであるが、同政令はその第十三条第三号により右出頭要求に応じない者につき十年以下の懲役又は禁銅若しくは七万五千円以下の罰金に処する旨を定め、右不出頭罪の所為につき重刑をもつて望んでいるのである。この罰則規定が、出頭要求の調査目的において、専らその要求された者の同政令所定の犯罪事実の有無の究明に関するものであるかぎり、違憲たることは上来縷々叙述したところにより自づから明白である。されば、少くとも、この点に関するかぎりは、右不出頭罪についての罰則規定は、前示冒頭説明の如く、平和条約発効と同時に違憲無効となり、爾後これが規定を根拠として処罰することは到底認容できないところであるから、破壊活動防止法附則第三項の規定にかかわらず、犯罪後の法令により刑の廃止があつた場合に該当するものと言わざるを得ない。

本件公訴事実は、被告人につき右不出頭罪の成立ありとして刑罰権の確定を求めているわけであるが、被告人に対する本件出頭要求にかかる調査の目的が、被告人の右政令第二条第七号、第三条違反の罪(暴力主義的行為の禁止に反する罪)及び第六条第二号違反の罪(政治団体の届出をしない罪)等の専ら被告人の犯罪事実の有無の究明のためのものであつたことは、原審も認定しているとおり本件記録ないしは証拠によりまことに明白であるから、本件公訴事実については、被告人は、刑事訴訟法第四百四条第三百三十七条第二号により免訴されて然るべきものと言わなければならない。果して然らば、原審は、以上説述の如く、団体等規正令第十三条第三号の規定につき違憲無効な場合あることの前提に立たず、前示冒頭記載のような理由により、被告人を無罪としたことは、とりもなおさず、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤を冒したものというのほかなく、原判決は、所論の各論点につき特段の判断を施すまでもなく、この点においてその破棄を免がれない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十二条第二項第三百八十条第三百九十七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四百条但し書の規定により被告事件について更に判決をするのに、同法第四百四条、第三百三十七条第二号の規定に従い主文のとおり判決をする。

    (裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)


    裁判所名

    裁判年

    カテゴリ