平成25年\(行タ\)9号執行停止申立事件
主文
1 処分行政庁が平成23年5月9日付けでした公正取引委員会平成○年
(判)第○号事件の事件記録の謄写に応ずる旨の決定(公官審第○号)のうち査第66,第67,第79号証に係る部分の効力を,本案事件の控訴審判決の言渡しまでの間,停止する。
2 申立人のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は相手方の負担とする。
理由
第1 申立ての趣旨
処分行政庁が平成23年5月9日付けでした公正取引委員会平成○年(判)第○号事件の事件記録の謄写に応ずる旨の決定(公官審第○号)のうち査第66,第67,第79号証に係る部分の効力を,本案事件の判決確定までの間,停止する。
第2 事案の概要
申立人は,音楽著作物の著作権に係る著作権等管理事業を営む一般社団法人であり,処分行政庁がした申立人に対する昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法」という。)7条1項に基づく排除措置命令(以下「本件排除措置命令」という。)を不服として,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="49" kou="6" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第49条第6項">49条6項に基づく審判請求をした。同審判手続において,処分行政庁が,利害関係人から昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">70条の15第1項に基づく事件記録の謄写申請を受け,事件記録の一部の謄写に応ずる旨の決定(以下「本件決定」という。)をしたところ,申立人は,事件記録のうち査第66,第67,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="79" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項第79号">第79号証についてはその謄写を拒む正当な理由(昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">同項後段)があり,本件決定のうちこれらの謄写に応ずる部分(以下「本件処分」という。)は,処分行政庁が裁量権の範囲を逸脱してした違法なものであると主張して,その取消しを求める訴えを提起した。その本案事件の-1-原審は,申立人の請求を棄却するとの判決(原判決)を言い渡したところ,申立人が,これを不服として控訴をするとともに,同控訴事件を本案として,行政事件訴訟法25条2項に基づき,本案事件の判決が確定するまでの間,本件処分の効力を停止することを申し立てた。
1 前提事実(一件記録によって認められる。)
(1) 当事者
ア申立人は,音楽著作物の著作権(以下「音楽著作権」という。)に係る著作権等管理事業を営む一般社団法人である。音楽著作権に係る著作権等管理事業とは,我が国において,音楽著作権を有する著作者及び著作者から音楽著作権の譲渡を受けた音楽出版社から音楽著作権の管理の委託を受け,当該音楽著作物の利用を音楽著作物の利用者に対して許諾し,その対価として当該利用者から使用料を徴収し,管理手数料を控除して著作者及び音楽出版社に分配する事業である。
イ処分行政庁は,独占禁止法27条1項により,内閣府設置法49条3項に基づいて,独占禁止法1条の目的を達成することを任務として設置された独立行政委員会である。
(2) 本件排除措置命令
処分行政庁は,平成21年2月27日,申立人に対し,独占禁止法7条1項に基づき本件排除措置命令をし,同命令は同年3月2日に申立人に送達された。(疎乙1)本件排除措置命令の理由は,申立人が,すべての放送事業者との間で放送等使用料の徴収方法を包括徴収(申立人が採用する放送等利用割合を反映させない包括徴収の方法。以下「本件包括徴収」という。)とするという内容の利用許諾に関する契約を締結し,これを実施することによって,他の管理事業者の事業活動を排除することにより,公共の利益に反して,我が国における放送事業者に対する放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における-2-競争を実質的に制限しているものであって,これは,独占禁止法2条5項に規定する私的独占に該当し,同法3条の規定に違反するものであるというものであった。(疎乙1)
(3) 審判手続
(ア) 申立人は,平成21年4月28日,処分行政庁に対し,独占禁止法49条6項に基づき,本件排除措置命令について,その取消しを求める審判請求をし(公正取引委員会平成○年(判)第○号事件。以下「本件審判事件」という。),処分行政庁は,同年5月25日,申立人に対し,同法55条1項の規定に基づき,審判開始通知書を送付した。
(イ) 本件審判事件につき,平成21年7月27日から平成23年2月15日までの間に開かれた12回の審判期日を経て,同年6月1日に開かれた第13回審判期日において,申立人が最終意見陳述をした。
(ウ) 審査官は,平成21年7月27日に開かれた第1回審判期日において,申立人の違反行為を立証するため,査第66,第67号証(疎甲3,4,疎乙16,17)について証拠の申出をした。(疎乙2,3)申立人は,平成21年9月14日,同年10月28日及び同年12月9日にそれぞれ開かれた本件審判手続の第2回ないし第4回審判期日において,査第66,第67号証の採用につき異議を述べた。(疎乙4ないし1審査官は,平成22年2月23日に開かれた第5回審判期日において,申立人の違反行為を立証するため,査第79号証(疎甲2,疎乙18)について証拠の申出をした。(疎乙11,12)申立人は,査第79号証については,その採用につき異議を述べなかった。
審判官は,平成22年4月20日に開かれた第6回審判期日において,査第66,第67,第79号証(以下,併せて「本件書証」という。)に-3-つき採用決定をし,これらを取り調べた。(疎乙13)申立人は,平成22年5月13日付けで,審判官に対し,査第66,第67号証の採用決定をしたことにつき異議の申立てをしたが,審判官は,同年6月9日に開かれた第7回審判期日において,この申立てを却下した。
(疎乙14,15)
(4) 事件記録の謄写申請
株式会社A(以下「本件申請人」という。)は,音楽著作権に係る著作権等管理事業を営む申立人の競争事業者であるところ,平成22年6月9日,処分行政庁に対し,申立人に対する将来の損害賠償請求訴訟の提起の準備のためであるとして,独占禁止法70条の15第1項の規定に基づき,本件審判事件の事件記録の謄写を申請した(以下,これを「本件申請」という。)。
(疎甲5)本件申請は,謄写の目的を,申立人に対する将来の損害賠償請求訴訟の提起の準備のためとするものであった。(疎甲5)処分行政庁は,申立人に対し,平成22年6月15日付け「審判に係る事件記録について(照会)」と題する書面により,本件事件記録のうち申立人において秘匿を要する特段の事由がある部分を特定し,秘匿の必要性について具体的な理由を付して,同月29日までに書面をもって回答するよう求めた。(疎甲6)申立人は,処分行政庁に対し,平成22年6月29日付け「事件記録の謄写請求に対する意見書」と題する書面により,本件事件記録の謄写は独占禁止法70条の15第1項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するので,審判調書及び一部の書証を除き,不開示とすべきであるとの意見を述べたところ,本件書証は不開示とすべき対象に含まれていた。(疎甲7)
(5) 本件決定
-4-処分行政庁は,平成23年5月9日,本件申請人に対し,本件事件記録のうち,申立人の違反行為に関しないと認められる個人の氏名及び事業者の秘密に該当すると考えられる部分の謄写については,独占禁止法70条の15第1項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するものとし,同部分を謄写の対象から除外して不開示とし,その余の部分については,謄写に応ずる旨の決定(本件決定)をした。本件決定には,本件申請人に対し,謄写した書面を本件申請に係る目的以外に使用すること(本件申請人以外の者に閲覧させ,又は謄写させることを含む。)を禁ずる旨の条件が付されており,また,本件決定の決定通知書には,同月23日以降に謄写した書面を交付する旨が付記されている。(疎甲8)処分行政庁は,申立人に対し,平成23年5月9日付け「審判に係る事件記録の謄写について(通知)」と題する書面により,本件決定をしたことを通知した。(疎甲9)処分行政庁は,本件申請人に交付するために本件書証の写しを作成するに当たり,会議に出席した申立人の顧問弁護士の氏名,処分行政庁に対し申立人に関する苦情を申し入れた団体の属性,当該文書を発信した申立人の顧問弁護士の氏名,所属事務所,申立人と業務協定を締結すると仮定する団体の名称,処分行政庁に対し申立人によるカラオケ歌唱の使用料の徴収に関する申告をした者の氏名ないし名称,通信カラオケの使用料設定について開催された勉強会に招かれた者の氏名等を黒く塗りつぶす処理をした。(原審の執行停止申立事件の記録)
(6) 本案事件
申立人は,平成23年5月20日,相手方を被告として,本件決定のうち本件書証に係る部分(本件処分)の取消しを求める訴えを提起し,併せて,執行停止の申立てをしたところ,原審は,同年6月9日,本件処分の効力を-5-本案訴訟の第1審判決の言渡しまでの間停止するとの決定をした。
原審(東京地方裁判所)は,平成25年1月31日,本案訴訟について,申立人の請求を棄却するとの判決(原判決)を言い渡したところ,申立人は,平成25年2月13日,原判決に対する控訴を提起するとともに(本案事件),本件申立てをした。
(7) 審査基準の定め
処分行政庁は,「独占禁止法第70条の15の規定に基づく閲覧・謄写に係る審査基準」(以下「本件審査基準」という。)を定め,事件記録の閲覧謄写の制限について,次のとおりとしている。(疎甲22)
ア利害関係人の閲覧謄写の請求の目的は一様でなく,処分行政庁は,各請求者の閲覧謄写請求の目的に応じ,具体的事件ごとに「第三者の利益を害するおそれがあるとき」,「その他正当な理由があるとき」に該当する情報を開示するか否かを判断する。
イ利害関係人のうち,当該審判事件の対象をなす違反行為の被害者からの請求があった場合において,以下の情報については不開示とする。
(ア) 個人に関する情報(イ)事業者の秘密(事業者の製造原価,仕入価格を明らかにする情報や営業上のノウハウのように,非公知の事実であって,事業者が秘匿を望み,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があるものをいう。)(ウ)今後の事件処理に著しい支障を及ぼすおそれがある情報(エ)その他公益上不開示とする必要があると認める情報
2 争点及び当事者の主張の要旨
(1) 「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25条2項)に当たるか
ア申立人の主張
-6-申立人は,本件処分の執行により,次のとおり,重大な権利ないし利益を侵害されるところ,この権利ないし利益の侵害は,その性質上,一旦生じてしまうと回復することが困難なものであるから,これが生ずることを避けるため,本件処分の執行を停止する緊急の必要があり,「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たる。
(ア) 申立人は,本件書証の謄写により,弁護士との秘密交通権という重大な権利を侵害される。
米国及び欧州連合(EU)の行政手続及び訴訟手続においては,本件書証のような文書は「弁護士・依頼者秘匿特権(attorney-clientprivilege)」に基づき第三者に開示されることがないものである。これらの権利が諸外国において認められているのは,依頼者と弁護士との間における率直かつ十分な意思疎通を確保することにより,弁護士から適切な法的助言を受けるという依頼者の基本的な権利を保護するとともに,そのようにして弁護士から適切な助言を受けさせることにより,依頼者の法令遵守を促進し,公共の利益に資するためであるところ,我が国においても,憲法31条の規定の趣旨に照らし,準司法手続である処分行政庁の審判手続をも含めて,これらの権利と同様の権利が認められるべきである。
(イ) また,米国等では弁護士の「職務活動の成果」についても,証拠の提出や開示手続での開示を免除されている(workproductimmunity)。
そして,このような記載がある文書は,我が国の民事訴訟手続においても,民事訴訟法220条4号ニ所定の自己使用文書あるいは同号ハ所定の文書に当たり,文書提出義務を免れるものである。本件決定は,本件申請者が,独占禁止法70条の15に基づく請求という方法を用いることによって,民事訴訟法の上記の規定を潜脱することを認めるものであって,申立人が民事訴訟手続における文書提出命令制度の下で保護され-7-る利益を侵害するものである。
(ウ) 本件書証には,本件審査基準が定める不開示情報のうち「事業者の秘密」が記載されており,本件決定は,本件審査基準の不開示情報として保護される申立人の利益を侵害するものである。すなわち,本件書証は,申立人と顧問弁護士とが申立人の事業全般にわたり昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の諸問題に関する法的意見を交換するために作成された資料,その意見交換記録及びこれに関する顧問弁護士作成の法律意見書であり,その記載内容は,依頼者が弁護士の厳格な守秘義務を信頼して事業上の秘密を伝達し,弁護士がそれに基づいて依頼者に対してのみ助言するものであって,極めて機密性の高い非公知の事実であり,これが開示されることにより,弁護士から適切な法的助言を受けるという申立人の基本的な権利が侵害され,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法コンプライアンスが阻害されるなど,看過し難い損害が生ずることになるから,申立人が秘匿を望み,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があることは明らかである。
また,本件書証には,申立人の著作権使用料の徴収や利用報告に係る事実,音楽著作物の利用者の利用報告実態や申立人の管理システムの構造など申立人の著作権等管理事業に関する営業秘密,ノウハウ等が記載されているのであって,これらの中に非公知の事実が含まれ,これが開示されることにより,申立人の著作権等管理事業に関する営業秘密,ノウハウ等が流出して,業務に支障が生ずるおそれがあるから,申立人が秘匿を望み,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があることは明らかである。
イ相手方の主張
申立人の主張は否認し又は争う。本件処分の執行により,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されたとしても,申立人に重大な損害が生ずるものではないから,本件申立ては,処分の執行又は手続の-8-続行により生ずる「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たると認めることはできない。
(ア) 行政事件訴訟法25条2項にいう「重大な損害」の有無の判断については,社会通念上金銭賠償による回復をもって満足させるのが相当か否かについて,損害の性質のみではなく,損害の程度並びに処分の内容及び性質をも総合考慮して,個々の事案の実情に即して判断することが求められている。
(イ) これを本件についてみると,本件処分は,本件書証のうち「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当する部分を謄写の対象から除外しているのであって,本件書証の開示部分は,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関し,単に申立人の問題意識が列挙されていたり(査第79号証),顧問弁護士の意見や内部における意見交換の内容が記載されていたりするものにすぎない(査第66,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="25" kou="2" gou="67" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第25条第2項第67号">第67号証)。また,本件決定には,本件申請人に対し,謄写した書面を本件申請に係る目的以外に使用することを禁ずる旨の条件が付されている。そうすると,本件処分の執行により,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されることによって申立人に生ずる不利益は,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関し申立人がいかなる問題意識を有していたかを本件申請人に知られるという程度のものにすぎないし,本件申請人が本件書証の情報を将来の損害賠償請求訴訟で利用することがあっても,それは,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法が本来予定したものであって,申立人において甘受すべきものであるから,上記のような不利益をもって重大な損害と評価することはできない。
(ウ) 申立人は,本件処分の執行により,本件申請人に本件書証の開示部-9-分を謄写した書面が交付されると,弁護士との秘密交通権,裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度で保護される「職務活動の成果」に係る利益,本件審査基準の不開示情報として保護される「事業者の秘密」に係る利益が侵害されると主張する。しかし,我が国の法制度上,申立人が主張する「弁護士・依頼者秘匿特権」や「職務活動の成果」の法理を理由に情報の開示を制限する旨明示した規定は,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法はもちろんその他の法令においても見当たらないのであって,原判決が判示するとおり,このような法理は,憲法の規定その他関係法令に照らしても,具体的な権利ないし利益として存在することを是認することはできず,慣習法上の権利ないし利益として社会一般に承認されているということもできない。また,独占禁止法70条の15第1項の事件記録の閲覧謄写制度は,被審人が審判手続においてその内容を正確に了知して攻撃防御活動を十分に遂行することができるようにするだけでなく,違反行為の被害者や審決の結果について関係のある第三者などが審判手続への参加を検討したり損害賠償請求訴訟等を提起したりするために処分行政庁の調査活動の成果を利用することができるようにするという意義を有するものである。そして,同項所定の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するものとして事件記録の閲覧謄写を拒むことができるのは,利害関係人の利益等を考慮してもなお当該情報を保護すべき特別の事情がある場合に限られるのであって,顧問弁護士と法的意見を交換するために作成された資料,その意見交換記録及びこれに関する顧問弁護士作成の法律意見書であるというだけで,そこに記載された情報のすべてが機密性が高く非公知の事実であるとか,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があるということはできないから,本件書証には本件審査基準における「事業者の秘密」が記載されているとはいえない。
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(2) 「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条4項)に当たるか
ア相手方の主張
本件申立ては,次のとおり,「本案について理由がないとみえるとき」に当たる。
(ア) 行政事件訴訟法25条4項にいう「本案について理由がないとみえるとき」とは,本案について理由がないことが明らかなときとは異なり,本案訴訟において申立人の敗訴の見込みがあることを意味するものではなく,執行停止の申立てを審理する段階において,双方から提出された疎明方法に照らして,本案に関する申立人の主張が一応理由がないと認められるときを意味するものと解される。
(イ) これを本件についてみると,原審は,原判決に先だって,申立人が主張する弁護士との秘密交通権や「職務活動の成果」の法理が我が国で認められるか否か,本件書証の記載が本件基準が定める不開示情報としての「事業者の秘密」に当たるかについて,本案事件における慎重な検討,判断を必要とするとして,執行停止の申立てにつき本案について理由がないとみえるときに当たるということはできないとして,本案訴訟の第1審判決の言渡しまでの間効力を停止する旨の申立てを一部認容する決定をしたが,本案訴訟において,必要な書証を取り調べ,入念な審理を実施した結果,申立人の主張を排斥し,本件処分が適法である旨の原判決をしたのであって,申立人は,本件申立てにおいても,原審の本案訴訟と同様の主張を繰り返すばかりであって,特に新しい主張や疎明資料を提出していない。このような経過から考えると,申立人の請求を棄却するとの原判決が言い渡された現時点において,双方から提出された疎明方法に照らせば,本案に関する申立人の主張は一応理由がないと認められるから,本件申立ては「本案について理由がないとみえるとき」-11-に当たる。
イ申立人の主張
相手方の主張は否認し又は争う。本件申立ては,「本案について理由がないとみえるとき」に当たらない。
(ア) 行政事件訴訟法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に当たることについては,相手方において本件処分に何らの瑕疵がないことを疎明しなければならず,申立人は,積極的に本件処分が違法であることまで疎明する必要はなく,処分の違法性の疑いが多少なりとも存在する程度にまで疎明すればよいと解される。
(イ) 本件処分は,次にみるとおり,違法である疑いは高いものというべきである。
すなわち,本件書証は,本件排除措置命令で問題にされている放送の分野における利用許諾に関する契約だけでなく,申立人の事業全般について,申立人の職員らと顧問弁護士とが昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法コンプライアンスの観点から一般的に検討するために開催された社内会議の議事録(査第66号証),同社内会議に基づく申立人の顧問弁護士の法律意見書(査第67号証)及び同社内会議の準備過程で作成された顧問弁護士への質問事項を含む資料(査第79号証)である。
処分行政庁は,独占禁止法70条の15第1項の規定により,事件記録の閲覧謄写を認めるか否かにつき裁量権を付与されているが,この裁量権は合理的な判断要素の選択や判断過程を経て行使されなければならず,その行使が社会通念に照らして著しく合理性を欠く場合には,裁量権の範囲を逸脱し違法となる。そして,処分行政庁は,事件記録の閲覧謄写を認めるか否かの判断のために本件審査基準を定めているところ,本件処分は,本件書証の謄写により弁護士との秘密交通権という重大な権利が侵害されること,本件書証には本件審査基準に定める不開示情報-12-のうち「事業者の秘密」又は「その他公益上不開示とする必要があると認める情報」が記載されていること,本件書証は裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度においては第三者が謄写することが許されないものであることなどの判断要素を考慮しなかったために,「正当な理由」があることが明らかであるにもかかわらずされたものであって,処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱した違法なものである。
(ウ) また,原判決は,平成21年に改正された独占禁止法70条の15第1項所定の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」の範囲について判断した唯一の裁判例であって,その控訴審である本案事件においては,弁護士との秘密交通権の保護,本件審査基準に定める不開示情報該当性の有無,裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度との比較との関係で,本件処分が「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するのにされたもので処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し違法であるか否かという重要な争点について慎重な審理検討がされるべきである。そして,本件処分は,一定期間の経過により本案訴訟における申立人の訴えの利益が消滅するものではないし,執行停止により申立人が終局的な満足を得るものではなく,一方で,本件処分が執行されると本案訴訟の意義が失われることをも考慮すると,本案について理由がないとみえるときに当たるか否かについては,申立人の権利利益保全の阻害性を重視して判断すべきであるところ,前記(1)アのとおり,本件処分は,弁護士依頼者秘匿特権等の申立人の重大な権利を侵害するものであることから考えて,本件申立てにつき,「本案について理由がないとみえるとき」に当たらないと解すべきである。
(3) 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条4項)に当たるか-13-
ア相手方の主張
行政事件訴訟法25条4項にいう「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」とは,行政処分が直接達成しようとしている行政目的である公共の利益ないし公益をいうものと解されるところ,本件においては,前記(2)アのとおり,独占禁止法70条の15所定の事件記録の閲覧謄写制度は,違反行為の被害者や審決の結果について関係のある第三者などが,審判手続への参加を検討したり損害賠償請求訴訟等を提起したりするために,処分行政庁の調査活動の成果を利用することができるようにするという意義をも有しているところ,本件処分の執行が停止されると,本件申請人が本件書証の開示部分を謄写した書面の交付を受けることができなくなり,ひいては,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の適正な運用に資するものとして広く事件記録の利用を可能なものとした同法70条の15第1項の趣旨が没却されることとなりかねないから,本件申立ては,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に当たる。
イ申立人の主張
相手方の主張は否認し又は争う。本件申請人が本件審判事件の対象を成す違反行為の被害者であるとしても,現時点においては申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起していないし,また,本件書証は,本件審判事件の争点との関連性が希薄なもので,本件申請人が損害賠償請求訴訟を提起するのに支障を生じさせるものではないのであって,本件申立ては,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に当たるということはできない。
第3 当裁判所の判断
1 本件書証の記載について
記録によれば,次の事実が一応認められる。
(1) 査第79号証(疎甲2,疎乙18)は,申立人が平成14年8月9日に開-14-催した昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議の第1回会議において配付された資料であり,その開示部分(原審の執行停止申立事件記録中の疎乙15)は,議事次第として「1.Bにおける昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法に関わる経過,2.利用者団体との使用料率についての協議等,3.その他」という記載がある配付文書のほか,「Bにおける昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法に関わる経過」と題する資料1及び「昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議における検討事項について」と題する資料3である。資料3には,利用者団体に属する事業者に対する優遇措置など,一定の基準を満たす利用者に対する優遇措置,包括使用料と曲別使用料,利用者に対する応諾義務,外国の著作権管理団体との相互管理契約に関する昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の検討課題が具体的に記載されている。
(2) 査第66号証(疎甲3,疎乙16)は,申立人が平成14年10月3日に開催した昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議の第4回会議の議事録であり,その開示部分(原審の執行停止申立事件記録中の疎乙13)には,議題として「1.公取研究会ヒヤリング想定問答,2.その他の検討事項」という記載があり,同年9月19日に行われた処分行政庁の事前ヒアリングの模様に関する申立人の事務局の職員からの報告を受けた申立人の執行部及び事務局の職員と顧問弁護士との間の質疑応答の内容や,処分行政庁主催の「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会」でのヒアリングに向けて作成された想定問答に関する申立人の執行部及び事務局の職員と顧問弁護士との間の討議の内容が記載されている。
(3) 査第67号証(疎甲4,疎乙17)は,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議のメンバーである申立人の顧問弁護士が平成15年3月18日に申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関して検討した結果をまとめたメモランダムであり,上記顧問弁護士から申立人宛てに発信され,申立人において管理していたものである。そして,その開示部分(原審の執行停止申立事件記録中の疎乙14)には,申立人の音楽著作権に係る-15-著作権等管理事業が処分行政庁の主催する「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会」で取り上げられるに至った事実経緯,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点や,同問題点に関して検討した結果である法律的意見が記載されている。
2 争点(1)(「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるか)に
ついて
(1) 行政事件訴訟法25条2項にいう「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」か否かは,処分の執行等により維持される行政目的の達成の必要性を踏まえた処分の内容及び性質と,これによって申立人が被ることとなる損害の性質及び程度とを,損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し(同条3項参照),処分の執行等による行政目的の達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるか否かという観点から判断すべきものである。
(2) そこで,まず,本件処分により達成されるべき行政目的をみると,独占禁止法70条の15第1項所定の事件記録の閲覧謄写請求権は,審判手続における被審人の防御権行使等のためだけに認められたものではなく,審判手続に参加し得る者が参加又は意見陳述の要否を検討し,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独禁法違反行為の被害者が差止請求訴訟又は損害賠償請求訴訟を提起しあるいは維持するための便宜を図る趣旨をも含むものと解されるのであって(最高裁平成15年9月9日第三小法廷判決・裁判集民事210号595頁参照),本件処分により達成される行政目的は,違反行為の被害者とされる本件申請者が違反行為をしたとされる申立人に対し差止請求訴訟又は損害賠償請求訴訟を提起しあるいは維持するための便宜を図り,これにより違反行為に対する抑止的効果を挙げて,一般消費者の利益を確保するとともに国民経済の民主的で健全な発達を促進するという昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の目的(昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="1" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第1条第1項">1条)を達成することであるということができる。
-16-もっとも,本件申請人が申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起するか否か等は,専ら本件申請人の意向次第であって,また,本件処分の効力が停止されても,それが長期間にわたるなどしたために,本件申請人が申立人に対して損害賠償請求訴訟を提起する機会を失うというようなことがなければ,本件処分による上記行政目的の達成ができなくなるというわけではないところ,記録上,本件処分の効力の停止により本件申請人が申立人に対して損害賠償請求訴訟を提起する機会を失うような具体的な事情は認められない。
(3) これに対し,本件処分の効力を停止しない場合に申立人が被ることとなる損害についてみると,本件書証の開示部分の記載内容は前記1で認定したとおりであって,これによれば,本件申請人に対して本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されれば,申立人は,音楽著作物の利用者との間の音楽著作物の利用許諾契約の内容などの申立人の事業運営上の重要事項や,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点等に関するその顧問弁護士との間におけるやり取りの内容を,本件申請人に知られることとなる。このように,申立人の事業運営上の重要事項等が競争事業者である本件申請人に知られることによって,申立人の事業運営に著しい支障が生じるおそれがあると一応いうことができる。
そして,このような損害は,その性質上,一旦生じてしまえば,たとえ後に本案事件において勝訴判決を得たとしても,原状を回復することが不可能又は著しく困難なものであるといえる。
(4) 前記(2)(3)によれば,本件処分により達成されるべき行政目的に関して,本件処分の効力の停止により本件申請人が申立人に対して損害賠償請求訴訟を提起する機会を失うような具体的な事情は認められないのに対し,申立人が本件処分の執行により被る損害は,原状を回復することが不可能又は著しく困難なものであるというのであるから,本件においては,本件処分の効力を停止することにより申立人が被る損害の発生を避ける必要性,緊急性が,-17-本件処分の効力を停止せずにその行政目的の達成を図る必要性を上回るものといわなければならない。
したがって,本件申立てについては,本件処分の執行により生ずる「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるということができる。
(5) なお,相手方は,本件書証の開示部分の記載内容や本件決定に目的外使用を禁ずる旨の条件が付されていることからすると,本件処分の執行により申立人に生ずる不利益は重大な損害と評価することができないと主張するが,本件書証の開示部分の記載内容は前記1で認定したとおりであって,このことに,本件申請人が申立人の競争事業者であることを考え併せると,たとえ本件申請人が開示された情報を損害賠償請求訴訟での利用という目的以外には使用しなかったとしても,競争事業者に情報が伝わる以上は,前記(4)のとおり,申立人は,本件処分の執行により本件書証の謄写がされてしまうと,原状を回復することが不可能又は著しく困難な損害を被ることとなると認められるのであって,相手方の上記の主張は採用できない。
3 争点(2)(「本案について理由がないとみえるとき」に当たるか)について
(1) 次の事実は,記録上明らかである。
ア申立人は,本案事件において,前記第2の2(1)アと同じく,本件書証の謄写により弁護士との秘密交通権等が侵害されること,本件審査基準に定める不開示情報である「事業者の秘密」等が記載されていることなどの判断要素を考慮しなかったために,「正当な理由」があることが明らかであるにもかかわらず本件処分がされたものであって,処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し違法であると主張している。
イこれに対し,原判決は,申立人の主張に係る「弁護士・依頼者秘匿特権」や「職務活動の法理」の法理について,今後,具体的な権利ないし利益としてのこれらの法理の概念が我が国においても成熟し,実定法上に定められるに至ることは十分にあり得るとしつつ,憲法その他関係法令の規定を-18-精査しても,我が国の現行の法制度の下で,弁護士ないしその依頼者が,その間の意思疎通の内容や弁護士が依頼者からの依頼に基づいて作成した成果物で,公正取引委員会の審判手続の事件記録の一部となっているものについて,同委員会が利害関係人による閲覧又は謄写に応ずることを拒否できる正当な理由となるべき具体的な権利ないし利益としての上記の各法理が存在することを肯認できない,また,本件書証の記載は本件審査基準の「事業者の秘密」等には当たらないとして,申立人の主張を排斥した。
ウ申立人は,原判決に対し,控訴を提起したが,現時点において,原判決が排斥した主張以外の新たな法的主張をしていなし,本件申立てにおいても,従前にはなかった新たな法的主張や疎明方法を提出していない。
(2) 前記(1)でみたとおり,本件の本案訴訟においては,すでに,原審において審理がされた後,原判決において,本案訴訟に係る申立人の主張は全て排斥され,本件処分については独占禁止法70条の15第1項所定の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当せず適法であるとされたものであるが,申立人が原判決に対し控訴を提起し,今後,控訴審において本件処分の適法性について審理がされることや,独占禁止法70条の15第1項の謄写拒否事由の存否については,原判決が我が国で初めての裁判例であって,高等裁判所以上のレベルでの裁判例が存在しないことを考慮すると,本件処分の適法性については,現時点で申立人から新たな法的主張や疎明方法が提出されていないことを考えても,なお,控訴審での審理を経る必要がない程度に申立人の本案事件での主張に理由がないことが明らかであるとまでいうことはできないから,本件申立てにつき,「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとまでいうことはできないと解すべきである。
4 争点(3)(公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときにあたるか)に
ついて-19-相手方は,本件処分の執行が停止されると,本件申請人が本件書証の開示部分を謄写した書面の交付を受けることができなくなり,ひいては,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の適正な運用に資するものとして広く事件記録の利用を可能なものとした同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">70条の15第1項の趣旨が没却されることとなりかねないと主張するが,前記2(2)でみたとおり,記録上,本件処分の効力が停止されることにより本件申請人が申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起する機会を失うというべき事情は認められず,その他,本件処分の効力を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるべき事情はうかがえない。
したがって,本件申立ては,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に当たらないというべきである。
5 執行停止の期間について
本件申立ては,本件の本案訴訟の判決確定までの本件処分の効力の停止を求めるものである。しかしながら,前記3の「本案について理由がないとみえるとき」に当たるかの判断は,事柄の性質上,本案事件の控訴審判決の結論及び内容によって影響を受け得るものであり,控訴審判決が言い渡された後でもなお「本案について理由がないとみえるとき」に当たるかについては,本案事件の控訴審判決を踏まえて改めて判断されるべきであると考えられる。したがって,本件処分の効力停止の期間は,本案事件の控訴審判決の言渡しまでの間とするのが相当である。
6 以上の次第で,本件申立てについては,本件処分の効力を本案事件の控訴審
判決の言渡しまでの間停止することを求める限度でこれを認容し,その余を却下することとし,申立費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条ただし書を適用して,主文のとおり決定する。
平成25年3月15日-20-東京高等裁判所第19民事部裁判 長裁判官貝阿彌誠裁判官生島弘康裁判官氏本厚司
(原審における裁判の表示)
主文
1 処分行政庁が平成23年5月9日付けでした公正取引委員会平成○
年(判)第○号事件の事件記録の謄写に応ずる旨の決定(公官審第○号)のうち査第66,第67,第79号証に係る部分の効力は,本案事件の第1審判決の言渡しまでの間,これを停止する。
2 申立人のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は相手方の負担とする。
理由
第1 申立て
処分行政庁が平成23年5月9日付けでした公正取引委員会平成○年(判)第○号事件の事件記録の謄写に応ずる旨の決定(公官審第○号。以下「本件決定」という。)のうち査第66,第67,第79号証に係る部分の執行(効力)は,-21-本案事件の判決が確定するまでの間,これを停止する。
第2 事案の概要
本件は,音楽著作物の著作権に係る著作権等管理事業を営む一般社団法人である申立人が,処分行政庁から昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法」という。)7条1項の規定に基づく排除措置命令(以下「本件排除措置命令」という。)を受け,これを不服として昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="49" kou="6" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第49条第6項">49条6項の規定に基づく審判請求をし,審判手続が進んでいたところ,処分行政庁において,利害関係人から昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">70条の15第1項の規定に基づく事件記録(別紙記載のもの。以下「本件事件記録」という。)の謄写申請を受け,同申請に係る本件事件記録の謄写に応ずる旨の本件決定(ただし,個人情報の一部及び事業者の秘密に該当する情報の一部については不開示としている。)をしたことから,本件事件記録のうち査第66,第67,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="79" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項第79号">第79号証についてはその謄写を拒む正当な理由(昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">同項後段)があり,本件決定のうち査第66,第67,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="79" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項第79号">第79号証に係る部分(以下「本件処分」という。)は処分行政庁が裁量権の範囲を逸脱してした違法なものであると主張して,本件処分の取消しを求める訴えを提起するとともに,この取消しの訴えを本案として,行政事件訴訟法25条2項の規定に基づき,本案事件の判決が確定するまでの間,本件処分の執行(効力)の停止をするよう申し立てるものである。
1 昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の定め
(事件記録の閲覧謄写等)
第70条の15① 利害関係人は,公正取引委員会に対し,審判手続が開始された後,事件記録の閲覧若しくは謄写又は排除措置命令書,課徴金納付命令書,審判開始決定書若しくは審決書の謄本若しくは抄本の交付を求めることができる。この場合において,公正取引委員会は,第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるときでなければ,事件記録の閲覧又は謄写を拒むことができない。
-22-② 公正取引委員会は,前項の規定により謄写をさせる場合において,謄写した事件記録の使用目的を制限し,その他適当と認める条件を付することができる。
2 前提事実等
一件記録(本案事件の記録を含む。以下同じ。)によれば,以下の事実を一応認めることができる。なお,認定の根拠を各末尾に付記した(以下,号証番号の枝番については,特に必要がない限り,その記載を省略する。)。
(1)当事者
ア申立人は,音楽著作物の著作権(以下「音楽著作権」という。)に係る著作権等管理事業を営む一般社団法人である。なお,音楽著作権に係る著作権等管理事業とは,我が国において,音楽著作権を有する著作者及び著作者から音楽著作権の譲渡を受けた音楽出版社から音楽著作権の管理の委託を受け,当該音楽著作物の利用を音楽著作物の利用者に対して許諾し,その対価として当該利用者から使用料を徴収し,管理手数料を控除して著作者及び音楽出版社に分配する事業である。
イ処分行政庁は,内閣府設置法49条3項の規定に基づいて,独占禁止法27条1項の規定により,同法1条の目的を達成することを任務として設置された独立行政委員会である。
(2)本件排除措置命令処分行政庁は,平成21年2月27日,申立人に対し,独占禁止法7条1項の規定に基づき本件排除措置命令をし,本件排除措置命令は,同年3月2日に排除措置命令書の謄本が申立人に送達されたことにより,その効力を生じた。(疎甲1)本件排除措置命令の理由は,申立人が,すべての放送事業者との間で放送等使用料の徴収方法を包括徴収(申立人が採用する放送等利用割合を反映させない包括徴収の方法。以下「本件包括徴収」という。)とするという内容-23-の利用許諾に関する契約を締結し,これを実施することによって,他の管理事業者の事業活動を排除することにより,公共の利益に反して,我が国における放送事業者に対する放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における競争を実質的に制限しているものであって,これは,独占禁止法2条5項に規定する私的独占に該当し,同法3条の規定に違反するものであるというものであった。(疎甲1)(3)本件排除措置命令についての審判請求申立人は,平成21年4月28日,処分行政庁に対し,独占禁止法49条6項の規定に基づき,本件排除措置命令について,その取消しを求める審判請求をし(公正取引委員会平成○年(判)第○号事件。以下「本件審判事件」という。),処分行政庁は,同年5月25日,申立人に対し,同法55条1項の規定に基づき,審判開始通知書を送付した(以下,この通知に係る審判手続を「本件審判手続」という。)。
本件審判手続は,平成21年7月27日から平成23年2月15日までの間に開かれた12回の審判期日を経て,同年6月1日に開かれた第13回審判期日に申立人の最終意見陳述が行われた。
(4)本件審判事件における証拠の採用審査官は,平成21年7月27日に開かれた本件審判事件の第1回審判期日において,申立人の違反行為を立証するため,査第66,第67号証(疎甲7,8)の証拠申出をした。(疎乙1,2)申立人は,平成21年9月14日,同年10月28日及び同年12月9日にそれぞれ開かれた本件審判事件の第2回ないし第4回審判期日において,査第66,第67号証を採用することにつき異議を述べた。(疎甲10,疎乙3ないし5)審査官は,平成22年2月23日に開かれた本件審判事件の第5回審判期日において,申立人の違反行為を立証するため,査第79号証(疎甲9)の-24-証拠申出をした。(疎乙6,7)申立人は,査第79号証については,これを採用することにつき異議を述べなかった。
審判官は,平成22年4月20日に開かれた第6回審判期日において,査第66,第67,第79号証(以下,併せて「本件書証」という。)につき採用決定をし,これを取り調べた。(疎乙8)申立人は,平成22年5月13日付けで,審判官に対し,査第66,第67号証の採用決定をしたことにつき異議の申立てをしたが,審判官は,同年6月9日に開かれた第7回審判期日において,この申立てを却下した。(疎甲11,疎乙9)(5)本件審判事件の事件記録の謄写申請株式会社A(以下「本件申請人」という。)は,音楽著作権に係る著作権等管理事業を営む申立人の競争事業者であるところ,平成22年6月9日,処分行政庁に対し,独占禁止法70条の15第1項の規定に基づき,本件審判事件に係る本件事件記録の謄写申請(以下「本件申請」という。)をした。
(疎乙10)本件申請は,謄写の目的を,申立人に対する将来の損害賠償請求訴訟の提起の準備のためとするものであった。(疎乙10)処分行政庁は,平成22年6月15日付け「審判に係る事件記録について(照会)」と題する書面により,申立人に対し,本件事件記録のうち申立人において秘匿を要する特段の事由がある部分を特定し,秘匿の必要性について具体的な理由を付して,同月29日までに書面をもって回答するよう求めた。(疎甲3)申立人は,平成22年6月29日付け「事件記録の謄写請求に対する意見書」と題する書面により,処分行政庁に対し,本件事件記録の謄写は独占禁止法70条の15第1項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めると-25-きその他正当な理由があるとき」に該当するので,審判調書及び一部の書証(本件書証はこの中に含まれていない。)を除き,不開示とすべきであるという意見を述べた。(疎甲4)(6)本件決定処分行政庁は,平成23年5月9日,本件申請人に対し,本件事件記録のうち,申立人の違反行為に関しないと認められる個人の氏名及び事業者の秘密に該当すると考えられる部分の謄写については,独占禁止法70条の15第1項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するものとし,同部分を謄写の対象から除外して不開示とし,その余の部分については,謄写に応ずる旨の本件決定をした。本件決定には,本件申請人に対し,謄写した書面を本件申請に係る目的以外に使用すること(本件申請人以外の者に閲覧させ,又は謄写させることを含む。)を禁ずる旨の条件が付されており,また,本件決定の決定通知書には,同月23日以降に謄写した書面を交付する旨付記されている。(疎乙11)処分行政庁は,平成23年5月9日付け「審判に係る事件記録の謄写について(通知)」と題する書面により,申立人に対し,本件決定をした旨通知した。(疎甲5)処分行政庁は,本件申請人に交付するために本件書証の写しを作成するに当たり,会議に出席した申立人の顧問弁護士の氏名,処分行政庁に対し申立人に関する苦情を申し入れた団体の属性,当該文書を発信した申立人の顧問弁護士の氏名,所属事務所,申立人と業務協定を締結すると仮定する団体の名称,処分行政庁に対し申立人によるカラオケ歌唱の使用料の徴収に関する申告をした者の氏名ないし名称,通信カラオケの使用料設定について開催された勉強会に招かれた者の氏名等を黒く塗りつぶす処理をした。(疎乙13ないし15)申立人は,平成23年5月13日,処分行政庁に対し,本件処分の取消し-26-を求める訴えを提起するとともに本件処分の執行停止の申立てを行う予定であることを理由に,この執行停止の申立てに対する裁判所の判断が確定するまで本件申請人に本件事件記録を謄写させないよう求める上申書を提出した。(疎乙12)(7)本案事件の提起申立人は,平成23年5月20日,相手方に対し,本件決定のうち本件書証に係る部分(本件処分)の取消しを求める訴え(本案事件)を提起した。
(疎甲6,顕著な事実)(8)審査基準の定め処分行政庁は,「独占禁止法第70条の15の規定に基づく閲覧・謄写に係る審査基準」(以下「本件審査基準」という。)を定め,事件記録の閲覧謄写の制限について,次のとおりとしている。(疎甲12)
ア利害関係人の閲覧謄写の請求の目的は一様でなく,処分行政庁は,各請求者の閲覧謄写請求の目的に応じ,具体的事件ごとに「第三者の利益を害するおそれがあるとき」,「その他正当な理由があるとき」に該当する情報を開示するか否かを判断する。
イ利害関係人のうち,当該審判事件の対象を成す違反行為の被害者からの請求があった場合において,以下の情報については不開示とする。
(ア)個人に関する情報(イ)事業者の秘密(事業者の製造原価,仕入価格を明らかにする情報や営業上のノウハウのように,非公知の事実であって,事業者が秘匿を望み,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があるものをいう。)(ウ)今後の事件処理に著しい支障を及ぼすおそれがある情報(エ)その他公益上不開示とする必要があると認める情報
3 争点
-27-本件の争点は,① 重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否か(行政事件訴訟法25条2項。争点1),② 本案について理由がないとみえるか否か(同条4項。争点2),③ 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか否か(同項。争点3)である。
4 当事者の主張の要旨
(1)重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否か(争点1)について
ア申立人
申立人は,本件処分の執行により,次のとおり,重大な権利ないし利益を侵害される。そして,この権利ないし利益の侵害は,その性質上,一旦生じてしまうと回復することが困難なものであるから,これが生ずることを避けるため,本案事件の判決が確定するまでの間,本件処分の執行を停止する緊急の必要があることは明らかである。
(ア)申立人は,本件書証の謄写により,弁護士との秘密交通権という重大な権利を侵害される。
米国及び欧州連合(EU)の行政手続及び訴訟手続においては,本件書証のよ うな 文書 は「弁 護士 ・依 頼者 秘匿 特権(attorney-clientprivilege)」に基づき第三者に開示されることがないものである。また,弁護士の「職務活動の成果」についても,証拠の提出や開示手続での開示を免除されている(work product immunity)。これらの権利が諸外国において認められているのは,依頼者と弁護士との間における率直かつ十分な意思疎通を確保することにより,弁護士から適切な法的助言を受けるという依頼者の基本的な権利を保護するとともに,そのようにして弁護士から適切な助言を受けさせることにより,依頼者の法令遵守を促進し,社会公共の利益に資するためであるところ,これらの権利は我が国では明文化されていないが,憲法31条の規定の趣旨に照らすと,準司法手続である処分行政庁の審判手続をも含めて,これらの権利-28-と同様の権利があることを認めることができるというべきである。
(イ)本件書証には,本件審査基準に定める不開示情報のうち「事業者の秘密」又は「その他公益上不開示とする必要があると認める情報」のいずれかが記載されているのであって,申立人は,本件書証の謄写により,本件審査基準の不開示情報として保護される利益を侵害される。
本件書証には,本件審査基準に定める不開示情報のうち「事業者の秘密」が記載されている。すなわち,本件書証は,申立人と顧問弁護士とが申立人の事業全般にわたり昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の諸問題に関する法的意見を交換するために作成された資料,その意見交換記録及びこれに関する顧問弁護士作成の法律意見書である。その記載内容は,依頼者が弁護士の厳格な守秘義務を信頼して事業上の秘密を伝達し,弁護士がそれに基づいて依頼者に対してのみ助言するものであって,極めて秘密性の高い非公知の事実であり,これが開示されることにより,弁護士から適切な法的助言を受けるという申立人の基本的な権利が侵害され,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法コンプライアンスが阻害されるなど,看過し難い損害が生ずることになるから,申立人が秘匿を望み,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があることは明らかである。また,本件書証には,申立人の著作権使用料の徴収や利用報告に係る事実,音楽著作物の利用者の利用報告実態や申立人の管理システムの構造など申立人の著作権等管理事業に関する営業秘密,ノウハウ等が記載されているのであって,これらの中に非公知の事実が含まれ,これが開示されることにより,申立人の著作権等管理事業に関する営業秘密,ノウハウ等が流出し,業務に支障が生ずるおそれがあるから,申立人が秘匿を望み,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があることは明らかである。
また,本件書証には,本件審査基準に定める不開示情報のうち「その他公益上不開示とする必要があると認める情報」が記載されている。す-29-なわち,これが開示されることにより,第三者が本件書証に記載された情報を基にして取引先と交渉したり,自社のシステムの開発に流用したりする可能性を否定することはできず,そのようなことがあれば,申立人は,競争上不利な状況に置かれることになるし,それだけではなく,審判手続の外で本件書証に記載された情報に基づき様々な意見が述べられる可能性もあり,そのようなことがあれば,審判官の意思決定の中立性が損なわれる危険が生じ得る。さらに,本件書証が開示されると,弁護士との秘密交通権という重大な権利が侵害され,公益上重大な結果が生ずる。
(ウ)処分行政庁の審判手続は,司法手続に類似し,当事者に告知聴聞及び防御の機会を与えるという適正手続の保障の理念の充足を志向しているのであるから,事件記録の閲覧謄写についても,裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写と同様の取扱いをすべきである。そして,本件書証は,その謄写により,本件審判事件や他の審判に大きな影響を及ぼすだけでなく,申立人の事業上の秘密を害し,その事業活動に著しい影響を与えるのであるから,民事及び刑事の裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度においては第三者が謄写することが許されないものであり(民事訴訟法92条,刑事訴訟法53条1項,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律3条1項等),そうであるにもかかわらず,処分行政庁の審判手続上の事件記録の閲覧謄写制度においては第三者が謄写することが許されるとすると,申立人には,裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度で保護される利益が侵害されるという重大な損害が生ずることになる。
イ相手方
(ア)本件処分の執行により,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されたとしても,申立人に重大な損害が生ずるものではない-30-から,本件申立ては,行政事件訴訟法25条2項の「…処分の執行…により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」という執行停止の積極的要件に該当しない。
すなわち,本件処分は,本件書証のうち「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当する部分を謄写の対象から除外しているのであって,本件書証の開示部分には,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関し,単に申立人の問題意識が列挙されていたり(査第79号証),顧問弁護士の意見や内部における意見交換の内容が記載されていたりするにすぎない(査第66,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="25" kou="2" gou="67" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第25条第2項第67号">第67号証)。また,本件決定には,本件申請人に対し,謄写した書面を本件申請に係る目的以外に使用することを禁ずる旨の条件が付されている。そうすると,本件処分の執行により,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されることによって申立人に生ずる不利益は,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関し申立人がいかなる問題意識を有していたかを本件申請人に知られるという程度のものにすぎないことになるのであって,その程度の不利益をもって重大な損害と評価することができないことは明らかである。
(イ)申立人の主張に対する反論申立人は,本件処分の執行により,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されると,弁護士との秘密交通権,本件審査基準の不開示情報として保護される利益又は裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度で保護される利益が侵害されると主張する。しかし,我が国の法制度上,申立人が主張する「弁護士・依頼者秘匿特権」や「職務活動の成果」の法理を理由に情報の開示を制限する旨明示した規定は,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法はもちろんその他の法令においても見当たらない。また,後記の-31-とおり,「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するものとして事件記録の閲覧謄写を拒むことができるのは,利害関係人の利益等を考慮してもなお当該情報を保護すべき特別の事情がある場合に限られるのであって,顧問弁護士と法的意見を交換するために作成された資料,その意見交換記録及びこれに関する顧問弁護士作成の法律意見書であるというだけで,そこに記載された情報のすべてが機密性が高く非公知の事実であるとか,客観的にもそれを秘匿することにつき合理的な理由があるということはできない。さらに,本件で問題になっているのは昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の規定に基づく事件記録の閲覧謄写制度であり,この制度は民事及び刑事の裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度とは異なる趣旨及び要件の下に置かれているのであるから,民事及び刑事の裁判手続上で本件書証の開示部分を謄写することが許されるか否かが本件処分の適否を左右する余地はない。
(2)本案について理由がないとみえるか否か(争点2)について
ア相手方
本件処分は,適法なものであるから,本件申立ては,行政事件訴訟法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」という執行停止の消極的要件に該当する。
すなわち,本件申請人は,音楽著作権に係る著作権等管理事業を営む者であり,本件審判事件の対象を成す違反行為の被害者であるから,独占禁止法70条の15第1項の「利害関係人」に該当し,また,本件書証は,本件審判手続において採用決定がされたものであるから,同項の「事件記録」に該当する。そして,本件書証の開示部分については,次のとおり,同項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するということはできないから,本件処分は適法なものである。
-32-(ア)独占禁止法70条の15の趣旨独占禁止法70条の15第1項の事件記録の閲覧謄写制度は,被審人が審判手続においてその内容を正確に了知して攻撃防御活動を十分に遂行することができるようにするだけでなく,違反行為の被害者や審決の結果について関係のある第三者などが審判手続への参加を検討したり損害賠償請求訴訟等を提起したりするために処分行政庁の調査活動の成果を利用することができるようにするという意義をも有している。
また,同項後段の規定は,申請人の権利利益の保護(閲覧謄写の目的の確保)に配慮しつつ,個人のプライバシー,事業者の秘密,審査手法に係る情報,係属中の審判の運営に影響を与え得る情報等を保護する観点から一定の場合には閲覧謄写の範囲を制限するという処分行政庁の取扱いに法的根拠を付与するため,平成21年法律第51号による改正によって定められたものである。
(イ)独占禁止法70条の15第1項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」の意義独占禁止法70条の15第1項の趣旨が前記のとおりであることに照らすと,同項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するか否かは,申請人の権利利益の保護(閲覧謄写の目的の確保)に配慮しつつ,個人のプライバシー,事業者の秘密,審査手法に係る情報,係属中の審判の運営に影響を与え得る情報等を保護する観点から判断すべきである。
そして,独占禁止法70条の15第1項の趣旨や,事件記録の閲覧謄写を利害関係人に限り認め,謄写した書面の使用目的を制限することにより事件記録の内容が拡散,伝播することを可及的に防止する仕組みを採用していることによれば,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法は,申請人が利害関係人に該当することが疎明され,申請に係る事件記録が閲覧謄写の目的と関連する-33-と認められる場合には,広く事件記録の閲覧謄写に応ずることを要請しており,例外的に,利害関係人の利益や,謄写した書面の使用目的を制限することにより事件記録の内容が拡散,伝播する範囲を可及的に限定することができることを考慮してもなお,個人のプライバシー,事業者の秘密,審査手法に係る情報,係属中の審判の運営に影響を与え得る情報等を保護すべき特別の事情がある場合に限り,同項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当し,事件記録の閲覧謄写を拒むことができるという立法政策を採用したものと解するのが相当である。
このような理解は,独占禁止法70条の15第1項の文理ともよく整合するところであり,本件審査基準も,その運用に当たってはこのような観点を踏まえて解釈されている。
(ウ)本件書証の開示部分につき「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するということはできないこと申立人は,処分行政庁が主催する「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会」において,処分行政庁から音楽著作権に係る著作権等管理事業に関する諸問題について意見を述べるよう求められたことから,平成14年8月,理事長を初めとする執行部,事務局の職員,顧問弁護士等をメンバーとする昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議を立ち上げ,著作権に関する仲介業務に関する法律が廃止され著作権等管理事業法が施行されたことにより著作権等管理事業者が文化庁長官の許可制から登録制に移行したことによって新規事業者が音楽著作権に係る著作権等管理事業に参入することに伴い発生する申立人の業務における昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題等について検討を行うこととした。
査第79号証は,申立人が平成14年8月9日に開催した昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法-34-検討会議の第1回会議において配付された資料であり,その開示部分には,包括使用料と曲別使用料について「旧仲介業務法のもとで認可された包括使用料の額を複数の管理事業者が参入した現状において,引き続き適用していくことは,新規事業者の参入を妨げるなど昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独禁法上の問題が生じるおそれはないか。」など申立人の問題意識に基づく音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点が列挙されている。査第66号証は,申立人が同年10月3日に開催した昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議の第4回会議の議事録であり,その開示部分には,概ね,本件包括徴収を含む申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関してされた意見交換の内容が記載されている。査第67号証は,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議のメンバーである顧問弁護士が平成15年3月18日に申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関して検討した結果をまとめたメモランダムであり,その開示部分では,「使用料規程では,使用料の徴収方法として包括使用料(ブランケット方式)と曲別使用料が定められているが,この包括使用料の定めは昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上問題があるか。」という点について検討が行われ,上記の点が私的独占となるおそれがあること,他の管理事業者が出現したことを受けて使用料を減額する必要はないものの私的独占等にならないか十分に注意して使用料制度を運営することが肝要であることが記載されている。
本件申請人は,本件審判事件の対象を成す違反行為に基づく将来の損害賠償請求訴訟の提起の準備のために本件申請をしたものであるところ,本件書証は,いずれも本件包括徴収による放送等使用料の徴収を含む申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関し内部的に検討する過程で作成された資料であるから,本件包括徴収による放送等使用料の徴収が昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法に違反す-35-ることを申立人が認識していたこと等を証するものであって,本件申請人が提起を予定する損害賠償請求訴訟に資するということができる。このことによれば,本件書証は,本件申請の目的と関連すると認められるから,独占禁止法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">70条の15第1項の趣旨からすると,その謄写に応ずるべきものである。
そして,本件書証の開示部分には,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関し,単に申立人の問題意識が列挙されていたり,顧問弁護士の意見や内部における意見交換の内容が記載されていたりするにすぎないのであって,本件申請人の利益等を考慮してもなお当該情報を保護すべき特別の事情があるということはできず,独占禁止法70条の15第1項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するということはできない。
イ申立人
本件処分は,次のとおり違法なものであるから,本件申立ては,行政事件訴訟法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当しない。
(ア)本件書証は,本件排除措置命令で問題にされている放送の分野における利用許諾に関する契約だけでなく申立人の事業全般について申立人の職員らと顧問弁護士とが昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法コンプライアンスの観点から一般的に検討するために開催された社内会議の議事録(査第66号証),同社内会議に基づく申立人の顧問弁護士の法律意見書(査第67号証)及び同社内会議の準備過程で作成された顧問弁護士への質問事項を含む資料(査第79号証)である。
処分行政庁は,独占禁止法70条の15第1項の規定により,事件記録の閲覧謄写を認めるか否かにつき裁量権を付与されているが,この裁-36-量権は合理的な判断要素の選択や判断過程を経て行使されなければならず,その行使が社会通念に照らして著しく合理性を欠く場合には,裁量権の範囲を逸脱し違法となる。そして,処分行政庁は,事件記録の閲覧謄写を認めるか否かの判断のために本件審査基準を定めているところ,本件処分は,本件書証の謄写により弁護士との秘密交通権という重大な権利が侵害されること,本件書証には本件審査基準に定める不開示情報のうち「事業者の秘密」又は「その他公益上不開示とする必要があると認める情報」が記載されていること,本件書証は裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度においては第三者が謄写することが許されないものであることなどの判断要素を考慮しなかったために,「正当な理由」があることが明らかであるにもかかわらずされたものであって,処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し違法である。
(イ)また,本案事件においては,弁護士との秘密交通権の保護,本件審査基準に定める不開示情報該当性の有無,裁判手続上の訴訟記録の閲覧謄写制度との比較との関係で,本件処分が「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するのにされたもので処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し違法であるか否かという新たな争点について慎重な審理検討が行われるのであって,本件処分が一旦執行されると本案事件の意義が失われることをも考慮すると,本件申立てが「本案について理由がないとみえるとき」に該当するというのは相当でない。
(3)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか否か(争点3)について
ア相手方
前記のとおり,事件記録の閲覧謄写制度は,違反行為の被害者や審決の結果について関係のある第三者などが審判手続への参加を検討したり損害賠償請求訴訟等を提起したりするために処分行政庁の調査活動の成果-37-を利用することができるようにするという意義をも有しているところ,本件処分の執行が停止されると,本件申請人が本件書証の開示部分を謄写した書面の交付を受けることができなくなり,ひいては,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の適正な運用に資するものとして広く事件記録の利用を可能なものとした同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">70条の15第1項の趣旨が没却されることとなりかねないのであり,本件申立ては,行政事件訴訟法25条4項の「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」という執行停止の消極的要件に該当する。
イ申立人
本件申請人が本件審判事件の対象を成す違反行為の被害者であるとしても,現時点においては申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起していないし,また,本件書証は,本件審判事件の争点との関連性が希薄なもので,本件申請人が損害賠償請求訴訟を提起するのに支障を生じさせるものではないのであって,本件申立ては,行政事件訴訟法25条4項の「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」という執行停止の消極的要件に該当しない。
第3 当裁判所の判断
1 一件記録(特に,疎甲第7ないし第9号証,疎乙第13ないし第15号証)によれば,以下の事実を一応認めることができる。
(1)査第79号証(疎甲9)は,申立人が平成14年8月9日に開催した昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議の第1回会議において配付された資料であり,その開示部分(疎乙15)議事次第としては,「1.Bにおける昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法に関わる経過,2.利用者団体との使用料率についての協議等,3.その他」という記載がある配付文書のほか,「Bにおける昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法に関わる経過」と題する資料1及び「昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議における検討事項について」と題する資料3によって構成されている。そして,資料3には,利用者団体に属する事業者に対する優遇措置等,一定の基準を満たす利用者に対する優遇措置,包括使用-38-料と曲別使用料,利用者に対する応諾義務,外国の著作権管理団体との相互管理契約に関する昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の検討課題が具体的に記載されている。
(2)査第66号証(疎甲7)は,申立人が平成14年10月3日に開催した昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議の第4回会議の議事録であり,その開示部分(疎乙13)には,議題として「1.公取研究会ヒヤリング想定問答,2.その他の検討事項」という記載があり,同年9月19日に行われた処分行政庁の事前ヒアリングの模様に関する申立人の事務局の職員からの報告を受けた申立人の執行部及び事務局の職員と顧問弁護士との間の質疑応答の内容,処分行政庁のヒアリングに向けて作成された想定問答に関する申立人の執行部及び事務局の職員と顧問弁護士との間の討議の内容が記載されている。
(3)査第67号証(疎甲8)は,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法検討会議のメンバーである申立人の顧問弁護士が平成15年3月18日に申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点に関して検討した結果をまとめたメモランダム(この文書は,上記顧問弁護士から申立人宛てに発信され,申立人において管理していたものである。)であり,その開示部分(疎乙14)には,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業が処分行政庁の主催する「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会」で取り上げられるに至った事実経緯,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点,同問題点に関して検討した結果である法律的意見が記載されている。
2 重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否か(争点1)について行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行政事件訴訟法3条3項に規定する裁決,決定その他の行為を除く。以下「処分」という。)については,その取消訴訟が提起されても,処分の効力,処分の執行又は手続の続行(以下「処分の執行等」という。)は妨げられないものとされており(同法25条1項。いわゆる執行不停止の原則),裁判所は,処分の執行等によ-39-り生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があり,その旨の申立てがあった場合に限り,その処分の執行等の全部又は一部の停止(以下「執行停止」という。)をすることができる(同条2項本文)。そして,重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされ(同条3項),他方,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,又は本案について理由がないとみえるときは,執行停止をすることができない(同条4項)。
これらの執行停止の要件に関する規定の趣旨に照らすと,行政事件訴訟法25条2項本文にいう重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否かについては,処分の執行等により維持される行政目的の達成の必要性を踏まえた処分の内容及び性質と,これによって申立人が被ることとなる損害の性質及び程度とを,損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し,処分の執行等による行政目的の達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるか否かの観点から判断すべきものであるということができる。
このような観点から,本件処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否かについて検討する。
(1)まず,本件処分により達成される行政目的について検討するに,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法は,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とし(昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="1" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第1条第1項">1条),この目的に資するために,処分行政庁は,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法の適正な運用を図るため,必要な事項を一般に公表することができる(昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="43" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第43条第1項">43条),何人も,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法の規定に違反する事実があると思料するときは,処分行政庁に対し,その事実を報告し,適当な措置をとるべきことを求めることができ,この報告があったときは,処分行政庁は,事件について必要な調査をしなければならない(昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="45" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第45条第1項">45条)と規定するほか,-40-審決の結果について関係のある第三者の参加の制度(昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.003" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の3第1項">70条の3)や,関係のある公務所又は公共的な団体の参加及び意見陳述の制度(70条の4,5)を規定している。また,違反行為の被害者は,違反行為をした事業者等に対し,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="24" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第24条第1項">24条の規定に基づく差止請求をすることができるとされているほか,民法709条の規定に基づく損害賠償請求をすることができるのに加えて独占禁止法25条の無過失責任の規定に基づく損害賠償請求をすることもできるとされている。このような昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法の規定やその趣旨,目的等に照らすと,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">70条の15第1項の規定に基づく事件記録の閲覧謄写制度は,審判手続における被審人の防御権の行使等のためだけに認められたものではなく,審判手続に参加し得る者が参加又は意見陳述の要否を検討し,違反行為の被害者が差止請求訴訟又は損害賠償請求訴訟を提起しあるいは維持するための便宜を図る趣旨をも含むものと解するのが相当であり(最高裁平成14年\(行ヒ\)242号同15年9月9日第三小法廷判決・裁判集民事210号595頁参照),このように解されることによれば,本件処分のように違反行為の被害者がした事件記録の謄写申請に対し処分行政庁がした謄写に応ずる旨の決定については,それにより達成される行政目的は,違反行為の被害者が違反行為をした事業者等に対し差止請求訴訟又は損害賠償請求訴訟を提起しあるいは維持するための便宜であるということができる。
そして,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法が一般消費者の利益を確保するとともに国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とすることは,前記のとおりであり,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法の定める審判制度は,公益保護の立場から昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法違反の状態を是正することを主眼とするものであって,違反行為による被害者の個人的利益の救済を図ることを目的とするものではなく,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="24" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第24条第1項">24条及び昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="25" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第25条第1項">25条が違反行為につき差止請求及び無過失損害賠償責任を定めているのは,これによって個々の被害者の受けた損害のてん補を容易にすることにより,排-41-除措置命令等とあいまって違反行為に対する抑止的効果を上げようとするものであるから(最高裁昭和60年\(オ\)933号,第1162号平成元年12月8日第二小法廷判決・民集43巻11号1259頁参照),違反行為の被害者が違反行為をした事業者等に対し差止請求訴訟又は損害賠償請求訴訟を提起しあるいは維持するための便宜というのは,違反行為の被害者の個人的利益のためだけのものではなく,一般消費者の利益を確保するとともに国民経済の民主的で健全な発達を促進するという昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)">同法の目的を達成するためのものでもあるということができる。
(2)次に,本件処分の効力を停止しない場合に申立人が被ることとなる損害について検討するに,本件書証の開示部分の記載内容が前記1で説示したとおりであることによれば,申立人は,本件処分の効力が停止されず,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されると,音楽著作物の利用者との間の音楽著作物の利用許諾契約の内容など申立人の事業運営上の重要事項を競争事業者である本件申請人に知られることとなると一応認めることができる。
また,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されると,申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点等に関するその顧問弁護士との間におけるやり取りの内容を第三者である本件申請人に知られることとなると一応認めることができる。そして,後記のとおり,申立人が主張する弁護士との秘密交通権という権利が我が国において認められるか否かについては,本案事件における慎重な検討・判断を必要とするところであるが,仮にこのような権利が我が国において認められる場合には,申立人は,顧問弁護士との間におけるやり取りの内容を本件申請人に知られることによって弁護士との秘密交通権という権利を侵害される不利益を被るものと認められることになる。
-42-申立人が被るこれらの不利益は,いずれも申立人の事業運営に著しい支障を生じさせるものであるから,申立人は,本件処分の効力が停止されなければ,重大な損害を被ることとなると一応いうことができる。
(3)前記のとおり,行政事件訴訟法25条2項本文にいう重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否かについては,処分の執行等により維持される行政目的の達成の必要性を踏まえた処分の内容及び性質と,これによって申立人が被ることとなる損害の性質及び程度とを,損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し,処分の執行等による行政目的の達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるか否かの観点から判断すべきものであるところ,前記(1)によれば,本件処分により,違反行為の被害者である本件申請人が申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起するための便宜が図られ,ひいては,そのことにより,一般消費者の利益を確保するとともに国民経済の民主的で健全な発達を促進するという昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の目的が達成されることとなるのであるが,本件申請人が申立人に対して損害賠償請求訴訟を提起するか否か等は,専ら本件申請人の意向いかんによるものであって,必ずそうなるというものではなく,また,本件処分の効力が停止されても,それが長期間にわたるなどし,本件申請人が申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起する機会を失うようなことがない限りは,本件処分による上記行政目的の達成は相応に確保されるということができる(なお,本件処分の効力が停止されると,本件申請人が申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起する機会を失うような具体的な事情は,一件記録によるも認めることができない。)。これに対して,前記(2)によれば,申立人は,本件処分により本件書証の謄写がされてしまうと,申立人の事業運営上の重要事項を競争事業者である本件申請人に知られることとなり,また,仮に弁護士との秘密交通権という権利が我が国において認められる場合には,本-43-来秘匿されるべき申立人の音楽著作権に係る著作権等管理事業の実務についての昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法上の問題点等に関するその顧問弁護士との間におけるやり取りの内容を第三者である本件申請人に知られることとなるという重大な損害を被ると一応認めることができるのであって,これらの損害は,いずれもその性質上,一旦生じてしまったときには,たとえ後に本案事件において勝訴判決を得たとしても,原状を回復することが不可能又は著しく困難なものであることを考慮すると,本件においては,本件処分による上記行政目的の達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるというのが相当である。
そうすると,本件処分については,処分の執行等により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるということになる。
(4)この点について,相手方は,本件書証の開示部分の記載内容や本件決定に目的外使用を禁ずる旨の条件が付されていることからすると,本件処分の執行により申立人に生ずる不利益は重大な損害と評価することができないと主張するが,本件書証の開示部分の記載内容が前記1で説示したとおりであることと本件申請人が申立人の競争事業者であることとを考慮すると,前記のとおり,本案の判断により本件書証の開示部分に謄写が許されるべきでないものが含まれているとされた場合,申立人は,本件処分により本件書証の謄写がされてしまうと,重大な損害を被ることとなると一応認めることができるのであって,相手方の主張は採用することができない。
3 本案について理由がないとみえるか否か(争点2)について申立人は,本案について,前記第2の4(2)イのとおり,本件処分は,本件書証の謄写により弁護士との秘密交通権という重大な権利が侵害されること,本件審査基準に定める不開示情報である「事業者の秘密」等が記載されている-44-ことなどの判断要素を考慮しなかったために,「正当な理由」があることが明らかであるにもかかわらずされたものであって,処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し違法であると主張する。
そこで,検討するに,我が国において申立人が主張する弁護士との秘密交通権という権利を定める明文の規定は存在せず,その存否について判断を示した適切な判例ないし裁判例も見当たらないが,疎甲第13ないし第23号証によれば,主要国の中には,弁護士と依頼者との間でされたコミュニケーションについて秘匿特権を認め,その保障が競争法違反に対する調査手続にまで及ぶものとする国が存在し,我が国においても,立法論ではあるものの,処分行政庁の手続について弁護士と依頼者との間の秘匿特権を認めるべきであるという意見が存在すると一応認めることができることからすると,申立人が主張する弁護士との秘密交通権という権利が我が国において認められるか否かについては,本案事件における慎重な検討・判断を必要とするというべきである。また,前記2(2)のとおり,申立人は,本件処分の効力が停止されず,本件申請人に本件書証の開示部分を謄写した書面が交付されると,音楽著作物の利用者との間の音楽著作物の利用許諾契約の内容など申立人の事業運営上の重要事項を競争事業者である本件申請人に知られることとなると一応認めることができるところ,この申立人の事業運営上の重要事項が本件審査基準に定める不開示情報である「事業者の秘密」に該当するか否かについては,本案事件における個別的具体的な検討・判断を必要とするというべきである。そうすると,本件処分が独占禁止法70条の15第1項の「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するのにこれに該当しないものとしてされた違法な処分であるか否かを判断するために,上記の点ほかの申立人の主張について,本案事件の審理を経る必要がないということはできない。
一件記録に照らしてみても,現段階で,本件処分が「第三者の利益を害する-45-おそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」に該当するのにこれに該当しないものとしてされた違法な処分であるという申立人の主張について,本案事件の第1審の審理を経ることなく直ちに理由がないとみえるとまではいい難く,本件申立てが本案について理由がないとみえるときに該当するということはできない。
4 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか否か(争点3)について相手方は,本件処分の執行が停止されると,本件申請人が本件書証の開示部分を謄写した書面の交付を受けることができなくなり,ひいては,昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" unique_name="昭和22年4月14日法律第54号">独占禁止法の適正な運用に資するものとして広く事件記録の利用を可能なものとした同法昭和二十二年法律第五十四号(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)" jou="70.015" kou="1" gou="0" iroha="" kakko="0" fusoku="0" betsuhyo="0" yousiki="0" figure="0" name="第70条の15第1項">70条の15第1項の趣旨が没却されることとなりかねないと主張するが,前記2(3)のとおり,本件においては,本件処分の効力が停止されることにより本件申請人が申立人に対し損害賠償請求訴訟を提起する機会を失うというべき事情は認められず,その他,本件処分の効力を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるべき事情はうかがえない。
5 執行停止の期間について前記3の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか否かの判断は,事柄の性質上,本案事件の第1審判決の結論によって影響を受けるものであり,この点については,本案事件の第1審判決の結論を踏まえて改めて判断するのが相当である。
したがって,本件処分の執行停止(効力停止)の期間は,本案事件の第1審判決の言渡しまでの間とするのが相当である。
第4 結論
よって,本件申立ては,本件処分の効力を本案事件の第1審判決の言渡しまでの間停止することを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当であるからこれを却下することとし,申立費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条ただし書を適用して,主文のとおり決定す-46-る。
平成23年6月9日東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官川 神裕
裁判官内 野俊夫
裁判官須 賀康太郎-47-