平成25年3月28日判決言渡
平成24年\(行コ\)301号課徴金納付命令決定取消請求控訴事件
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 金融庁長官が控訴人に対し平成22年12月9日付けでした金融商品取引法
(以下「金商法」という。なお,本件においては,特に断らない限り,平成23年法律第49号による改正前の規定を掲げる。)185条の7第1項に基づく課徴金の納付命令の決定(平成○年度(判)第○号金融商品取引法違反審判事件。以下「本件決定」という。)のうち,納付すべき課徴金の額300万円を超える部分(控訴人が平成21年7月10日付けで関東財務局に提出した有価証券届出書(以下「本件有価証券届出書」という。)の虚偽記載に係る課徴金の納付を命ずる部分)を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は,その発行する株式が東京証券取引所市場第一部に上場されている株式会社である控訴人が,重要な事項につき虚偽の記載がある有価証券届出書(本件有価証券届出書)を関東財務局長に提出し,これに基づく募集により,320個の新株予約権証券を185億8088万4000円(当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額を含む。)で取得させたなどとして,処分行政庁(金融庁長官)から,納付すべき課徴金の額を8億3913万円(うち本件有価証券届出書の虚偽記載に係る部分は8億3613万円)とする課徴金の納付命令の決定(本件決定)を受けたことについて,①主位的に,金商法172条の2第1項1号所定の課徴金の額を判断するいわゆる基準時は課徴金の納付命令の決定時と解すべきであるとし,上記の時点までの事情に照らすと本件決定における本件有価証券届出書の虚偽記載に係る課徴金の額の算定には誤りがあると主張して,本件決定のうち本件有価証券届出書の虚偽記載に係る課徴金の納付を命ずる部分(本件決定のうち納付すべき課徴金の額300万円を超える部分)の取消しを,②予備的に,同号が課徴金の額の算定に当たっての基礎として定める「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」は,新株予約権証券を取得させた時点において当該証券に係る新株予約権の行使によって払い込まれることが合理的に見込まれる額と解すべきであると主張して,これとは異なる前提に立って課徴金の額の算定がされた同じく本件有価証券届出書の虚偽記載に係る課徴金の納付を命ずる部分のうち納付すべき課徴金の額4億0500万円を超える部分(上記①のとおり取消しを求める部分の一部)の取消しを,それぞれ求める事案である。
原判決は,金商法172条の2第1項1号所定の課徴金については,重要な事項につき虚偽の記載がある発行開示書類に基づく募集により有価証券を取得させた時点で課徴金の納付命令の決定をする要件は満たされ,その時点における事情を基礎に課徴金の額を算定すべきものと解するのが相当であるとし,また,同号にいう「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」については,当該新株予約権証券を取得させた時点においてそれに係る新株予約権の行使に際して払い込むことが予定されていた価額(当初行使価額)をいうものと解するのが相当であるとして,本件決定のうち本件有価証券届出書の虚偽記載に係る課徴金の納付を命ずる部分は適法であるとして,控訴人の請求を棄却した。
これを不服として控訴人が控訴をした。
2 関係法令の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張の要点は,次のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」の1ないし4(3頁5行目から33頁5行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(当審における控訴人の主張)
(1) 本件決定及び原判決は,金商法172条の2第1項1号(以下「本号」という。ただし,新株予約権証券の場合)の課徴金について,新株予約権証券を取得させた時点における事情を基礎に一定の額を一律かつ機械的に算定するものであり,「当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」とは,当該新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)をいうものであるとする。
上記解釈は,新株予約権証券を取得させた時点においてそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)が常に一義的に確定することを前提として初めて成り立つものである。なぜなら,その確定がなければ,新株予約権証券を取得させた時点における事情を基礎に一定の額を一律かつ機械的に算定するということはできないからである。
しかして,新株予約権の行使価額が例えば「新株予約権の行使の日の前日の市場価額(終値)」といったような計算式(算定方法)で定められていた場合,新株予約権証券を取得させた時点では,それに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)は一義的には確定しない。被控訴人は,上記場合には,「新株予約権証券を取得させた日の前日の市場価額(終値)」を代入して算定すればよい旨を主張するが,これは,新株予約権証券を取得させた時点で当初行使価額が確定しないことを自認するものである。
したがって,上記解釈は成り立ち得ない。
(2) 憲法違反本件決定(及び原判決)のように,本号(ただし,新株予約権証券の場合)について,課徴金の額を判断する基準時は新株予約権証券を取得させた時点であり,「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」とは当該新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)であると解釈し,これを本件に適用して,その課徴金の額を8億円余とするのは,憲法29条2項,22条1項,13条に違反する(適用違憲)。
本号については,控訴人の主張するような解釈適用をすべきである。仮に本号について本件決定(原判決)のような解釈しか採り得ないとすれば,本号の括弧書部分は上記の憲法各条項に違反して無効である(法令違憲)。
その理由は,以下のとおりである。
アいわゆる森林法判決(最高裁昭和62年4月22日大法廷判決・民集4
1巻3号408頁)については,近時,アメリカ型の二重の基準論(及び規制目的二分論)による理解よりも,ドイツ連邦憲法裁判所で用いられている三段階審査論による理解の方が適切であるという見解が有力になっている。三段階審査論とは,憲法上の権利侵害が主張された場合に,①第1段階で,憲法上の権利の保障範囲を確定し,②第2段階で,その憲法上の権利に対して正当化を要する制限といえるだけの強さの干渉が加えられたのかを確認し,③第3段階で,憲法上の権利に対する制限が例外的に正当化されるべき憲法上の条件を充足しているかを審査する手法である。
本件のような財産権侵害の正当性が問題となる場合には,①にいう保障範囲にある権利について,②にいう正当化を要する権利制限がされていることは明らかである。③にいう制限の正当化事由に関しても,規制目的(違反行為の抑止)それ自体の正当性は認められるところである。そうであるとすると,本件において憲法問題を検討するに当たってのアメリカ型の審査基準とドイツ型の審査基準の違いは,主として規制手段の審査基準の相違にあるといえる。
上記第3段階において,規制目的の正当性を確認した上で規制手段の審査基準として用いられるのが,「比例原則」である。「比例原則」とは,手段の適合性(目的との適合性),手段の必要性(目的達成のための必要最小限度性),利益の均衡(狭義の比例性)という三つの観点での審査を内容とするものである。
イ適用違憲
本件決定(及び原判決)における解釈適用について,上記のような憲法上の比例原則を検討すると,以下のとおり,手段の必要性及び利益の均衡を欠くというべきである。
金商法の課徴金制度は,一貫して,違反行為の抑止という目的を達成する手段として「違反者が違反行為によって得た経済的利得相当額を基準」とする金銭(課徴金)の賦課を採用してきたところ,本件では,現実の資金調達額は0円(新株予約権の消却後は資金調達見込額を含めても0円)であり,発行時において想定されていた資金調達額は約90億円であった。
そうであるにもかかわらず,185億円強の資金調達がされることを前提にして8億円を超える課徴金を課すのは,他に合理的な課徴金の金額の算出方法がある以上,必要最小限度の手段であるという余地はなく,手段の必要性が認められない。
また,仮に手段の必要性を認めるとしても,本件では,違反行為の抑止のために過度な不利益を課していることは明らかであり,利益の均衡を欠いている。
以上のとおりで,本件において本件決定(原判決)の採用した解釈により本号を適用して8億円を超える課徴金を課すのは,規制目的との関係において前記の「必要性」及び「利益の均衡」を欠くため,憲法29条2項,22条1項,13条に違反する。
ウ法令違憲
(ア) 本号の括弧書部分は,平成20年改正で追加されたものであるが,その改正の際,新株予約権証券に関して課されることとなる課徴金の額の合理性や「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」という文言(内容)の明確性の検討が不十分なままであったのであり,そもそもその根拠となる立法事実を欠いており,法令として違憲(一部違憲無効)である。
(イ) 立法事実を欠くことについて本件新株予約権証券が発行された平成21年度(平成21年4月1日から平成22年3月31日)に発行された新株予約権証券について調査したところ,69種類の新株予約権証券が発行されているが,①平成24年8月23日時点で新株予約権が一個も権利行使されていないものが30%に上り(一部しか権利行使されていないものも含めると76%になる。),②全部又は一部が権利行使されていないもののうち約85%が,消却や放棄,行使期間の徒過等によって,既に権利行使の可能性が消滅しているし,③行使価額の修正条項が付されたもの(17種類)であって現に権利行使されたもの(14種類)のうち,修正後の行使価額で権利行使されたものは78%(11種類)に上る。
上記調査の結果によれば,新株予約権証券を発行したとしても,新株予約権について権利行使されないことも多いのが実態であることが分かる。そうであるにもかかわらず,「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」という将来の見込額を特段の配慮もなくそのまま資金調達額とみなしたこと(すなわち,すべての新株予約権が権利行使されるものとみなしたこと)自体,合理性を欠いている。また,行使価額の修正条項が付された新株予約権については,そのほとんどが,修正後の行使価額で権利行使されているのであるから,「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」を当初行使価額と解する場合には,やはり,その金額の合理性を欠くことになる。
以上のとおりで,平成20年改正においては,新株予約権証券の発行者が資金調達額としていかなる金額を想定することが一般的であるのかという重要な点について,十分な検討がされていないというべきである。
また,新株予約権については,多種多様な設計が可能であり,行使価額の定め方ひとつをとってみても,①確定額で定められており,その修正条項がない場合,②確定額で定められているものの,その修正条項がある場合,③算定方法で定められている場合があるのであるから,法文の趣旨の明確化のためには(また,「一律かつ機械的」な算定を達成することが必要なのであれば),上記①ないし③のような細かな場合分けをし,それぞれの場合ごとに明確な算定がされるように立法上の手当がされるべきである。ところが,平成20年改正においては,これらを十把一絡げに「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」と規定した。
これは,会社法上の概念でもないし,金商法の委任を受けた内閣府令等で用いられることはあるとしても,その内容について確立した理解はない。新株予約権証券の内容を実体的に規律するのは会社法であり,金商法はその発行に際しての開示の在り方を規律するにすぎないのであるから,会社法上発行可能な内容を念頭に置いて具体的な法文を定める必要がある。以上のとおりで,平成20年改正においては,「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」という文言の明確性についても,十分な検討がされていない。
(ウ) 本号は,直接的には課徴金の賦課によって財産権を制限するものであるが,それに止まらず,本件決定(原判決)のように新株予約権証券に係る形式的な当初行使価額を前提とした課徴金を課す場合には,当初行使価額を高額に設定した上で事後にこれを引き下げて資金調達時期を調節するような設計を困難にするし,また,経済実体を無視して発行者が全く想定していない資金調達額を基礎とした課徴金を課す場合には,資本市場における新株予約権証券を用いた資金調達について過度の萎縮効果を及ぼすことが明らかである。私人による企業活動は,資金調達,投資,運用,回収,分配,再投資といった過程により営まれるところ,その資金調達を阻害することは,企業活動そのものを阻害するに等しく,営業の自由(憲法22条1項,29条)を侵害するものである。したがって,本件のように,そもそも金額の合理性や内容の明確性を欠く法令によって,経済実体の著しい無視というべき内容の金銭的不利益措置(課徴金)を課す場合には,私人の財産権のみならず,その企業活動(営業活動)の自由をも侵害し,ひいては資本市場の健全な発展の阻害さえも惹起する。以上のような性質を考えると,本件においては厳格な合憲性審査をする必要がある。
(当審における被控訴人の主張)
(1) 新株予約権の行使価額が計算式(算定方法)のみで定められていた場合であっても,新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)は一義的に確定する。
すなわち,会社法上,新株予約権の行使価額の算定方法については,いかなる算定方法であっても許容されるというわけではなく,その時々における客観的要因により一義的に確定する算定方法でなければならないと解されているところ,そのような計算方法である限り,新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)は,その時点における客観的要因を基に一義的に確定するといえる。新株予約権の行使価額が例えば「新株予約権の行使の日の前日の市場価額(終値)」といったような計算式(算定方法)で定められていた場合,その当初行使価額は,新株予約権証券を取得させた日の前日の市場価額(終値)を基にして一義的に確定する。
(2) 憲法違反をいう主張について適用違憲,法令違憲をいう控訴人の主張が失当であることは,以下のとおりである。
ア いわゆる森林法判決で示された財産権に対して加えられる規制に対する憲法適合性の判断枠組みは,その後の最高裁平成14年2月13日大法廷判決(民集56巻2号331頁)や最高裁平成15年4月18日第二小法廷判決(民集57巻4号366頁)でも踏襲されており,もはや判例上確立しているといってよい。その判断枠組みでは,規制手段の必要性について,控訴人の主張するような「目的達成のための必要最小限度性」など要求していない。控訴人の主張するドイツ由来の憲法上の比例原則による理解は,独自の見解というほかない。
また,控訴人は,本件のような場合には,私人の財産権のみならず,その企業活動(営業活動)の自由をも侵害し,ひいては資本市場の健全な発展の阻害さえも惹起するから,性質上,厳格な合憲性審査をする必要があると主張するが,企業活動(営業活動)の自由は無制限に認められるものではなく,特に,重要な事項につき虚偽の記載等がある有価証券届出書等の発行開示書類を提出する行為は,市場の公正性,透明性を害する反社会性の高い行為であって,当該行為に基づく資金調達の自由を保護すべき必要性はないから,控訴人の上記主張も失当である。
イ本件決定及び本号の規制目的及び必要性について上記の規制目的は,有価証券の新規発行時に重要な事項につき虚偽の記載等がある有価証券届出書等の発行開示書類を提出した者に対して課徴金を賦課することにより,そのような違反行為を抑止する点にある。
金商法の目的である市場機能を十分に発揮し幅広い投資家の参加する厚みのある市場を構築するためには,市場の公正性,透明性の確保が重要であるところ,重要な事項につき虚偽の記載等がある有価証券届出書等の発行開示書類を提出する行為は,そのような市場の公正性,透明性を害するものであるから,これを抑止することは社会経済政策の実現として正当な規制目的ということができ,かつ,その必要性も高いといえる。
そして,このような社会経済政策の実現のための規制立法については,立法府の合理的裁量が広く認められるべきである。
ウ本号の規制内容の合理性について違法行為の抑止という規制目的に鑑みれば,一律かつ機械的な算定方法を定めることで制度の積極的かつ効率的な運営を可能として抑止効果を確保し,また,少なくとも違反者が期待し得た利益相当額を課徴金として賦課することによって違法行為抑止の実効性を高めるため,現に違反者が得た利益相当額ではなく,違反行為の時点における「得べかりし利益」を課徴金額算定の基準とすることには,合理性がある。
また,違反者は,虚偽記載等のある有価証券届出書等に基づき有価証券を取得させた時点で,当該有価証券による資金調達の可能性が具現化し,その時点で「得べかりし利益」を期待することができるようになるのであるから,有価証券を取得させた時点から課徴金の賦課を可能とする必要がある。そして,有価証券を取得させた時点において,違反者は,新株予約権証券の発行価額のみならず,これに当初行使価額を合算した額を資金調達額の最高額として期待し得るのであるから,当該資金調達額を基に算定された経済的利得額を「得べかりし利益」として課徴金額を算定することには合理性がある。
エ本号によって規制される財産権の種類,性質及び制限の程度本号は,違反者に対して金銭的負担を課すものであるが,前記のとおり,重要な事項につき虚偽の記載等がある有価証券届出書等の発行開示書類を提出する行為は,市場の公正性,透明性を害する反社会性の強い行為であって,そのような行為の抑止のために一定の金銭的負担が課されることはやむを得ない。また,その金額は,違反者が違反行為によって「得べかりし利益」に限定されており,違法行為の抑止の観点から過度の不利益を課すものではない。
この点,「得べかりし利益」を課徴金額とすることにより,現に違反者が得た利益との乖離が生じる可能性はあるが,現に違反者が得た利益をもって課徴金額とすれば,違反者が現にいかなる利益を得たのかについての調査や評価などといった極めて難解な問題に直面し,これらの立証や認定が実際上極めて困難となるため,制度の積極的かつ効率的な運営を可能として抑止効果を確保することが不可能になる。また,違反者は,違反行為により「得べかりし利益」の獲得が期待し得た以上,当該違反行為の結果として当該「得べかりし利益」に相当する金銭的負担が課されることもやむを得ないと解すべきである。
したがって,現に違反者が得た利益と離れた額の課徴金額を課すことになったとしても,なおその合理性は否定されない。
オ以上のとおりであって,本号の規制目的は正当であり,規制の必要性も認められ,規制内容も合理性を欠くものではないから,本号が立法府の広範な合理的裁量の範囲内にあることは明らかである。
したがって,本号の括弧書が違憲となる余地はなく,また,本件決定に運用違憲の問題が生じることもない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件決定は適法であって控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり原判決を補正し,後記2に当審における当事者の主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第3当裁判所の判断」の1ないし3(33頁7行目から45頁16行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 34頁26行目末尾に「なお,平成20年改正前は,「重要な事項につき虚偽の記載がある発行開示書類」と規定されていたが,同改正により,「重要な事項につき虚偽の記載があり,又は記載すべき重要な事項の記載が欠けている発行開示書類」と改められた(以下,「重要な事項につき虚偽の記載がある」というときは,特に断らない限り後者の意味である。)」を加える。
(2) 36頁18行目の「同号において,」の次に「「新株予約権の行使に際して払い込まれた金額」という文言ではなく」を加える。
(3) 43頁の13行目から23行目までを次のとおり改める。「ウ前記ア②の点についてみるに,新株予約権の行使価額については,その発行時点では確定額ではなく計算式(算定方法)で定められる場合もあることは,控訴人の指摘するとおりである(会社法236条1項2号)。
しかしながら,そのような場合であっても,新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)は一義的に確定する。すなわち,会社法236条1項2号にいう「その算定方法」については,その時々における客観的要因により一義的に確定する算定方法でなければならないと解されるところ,そのような算定方法(計算式)である限り,新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)は,その時点における客観的要因を基にして一義的に確定するというべきである。例えば新株予約権の行使価額が「新株予約権の行使の日の前日の市場価額(終値)」という算定方法で定められていた場合,その当初行使価額は,新株予約権証券を取得させた日の前日の市場価額(終値)を基にして一義的に確定する。
上記のように当初行使価額が一義的に確定する以上,課徴金の額は,新株予約権証券を取得させた時点で,その当初行使価額等を基礎にして一律かつ機械的に算定することができるというべきである。」
2 当審における当事者の主張に対する判断
(1) 新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)が一義的に確定することは,前判示のとおりである。
なお,以下のとおり,金商法の他の規定(ただし,これに基づく企業内容等の開示に関する内閣府令の規定を含む。)もそのことを予定しているといえる。
金商法は,①有価証券(新株予約権証券を含む(2条1項9号))の募集又は売出しは,発行者が当該有価証券の募集又は売出しに関し内閣総理大臣に届出をしているものでなければ,することができない(4条1項本文),ただし,発行価額又は売出価額の総額が1億円未満の有価証券の募集又は売出しで内閣府令で定めるものについては,この限りでない(4条1項但書,同条項5号),②発行者は,その募集又は売出しにつき4条1項本文の規定の適用を受ける有価証券については,この規定による届出がその効力を生じているのでなければ,これを募集又は売出しにより取得させ,又は売り付けてはならない(15条1項),③15条1項の規定に違反した者は,5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する,と規定している(197条の2第1項3号)。これらの規定によれば,同法は,有価証券を募集により取得させ,又は売出しにより売り付けた時点で,当該有価証券の発行価額又は売出価額の総額が一義的に確定していることを予定しているといえる。しかして,同法4条1項5号にいう内閣府令に当たる企業内容等の開示に関する内閣府令2条4項によれば,上記①の「発行価額又は売出価額の総額が1億円」未満というのは,募集又は売出しに係る有価証券が新株予約権証券である場合には,「当該新株予約権証券の発行価額又は売出価額の総額に当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額の合計額を合算した金額が1億円」未満とされることになる。
そうすると,以上の諸規定は,新株予約権証券を募集により取得させ,又は売出しにより売り付けた時点で,当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額も一義的に確定していることを予定しているといえる。
(2) 憲法違反をいう控訴人の主張について本号(金商法172条の2第1項1号)について,課徴金の額を判断する基準時は有価証券を取得させた時点であり,「新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」とは当該新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)であると解すべきこと,そして,このような解釈の下に本号を本件に適用すると,本件有価証券届出書の虚偽記載に係る納付すべき課徴金の額は8億3613万円となることは,これまでに説示してきたとおりである。
控訴人は,本号につき上記のような解釈をしてこれを本件に適用することは憲法29条2項,22条1項,13条に違反し(控訴人主張のような解釈をすべきである。),仮に上記のような解釈しか採り得ないとすれば本号の括弧書部分は上記の憲法各条項に違反して無効であると主張する。
これまでに説示してきたところによれば,本号については上記のような解釈しか採り得ないというべきであるから,結局,本号(括弧書部分)が憲法29条2項,22条1項,13条に違反するかどうかを検討すべきことになる。
そこで,以下では,本号について,まず,憲法29条2項に違反するかどうかを検討し,次に,憲法22条1項,13条に違反するかどうかを検討することとする。
ア 財産権は,それ自体に内在する制約があるほか,立法府が社会全体の利益を図るために加える規制により制約を受けるものであるが,この規制は,財産権の種類,性格等が多種多様であり,また,財産権に対し規制を要求する社会的理由ないし目的も,社会公共の便宜の促進,経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから,社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで多岐にわたるため,種々様々でありうる。したがって,財産権に対して加えられる規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較考慮して決すべきものであるが,裁判所としては,立法府がした上記比較考慮に基づく判断を尊重すべきものであるから,立法の規制目的が上記のような社会的理由ないし目的に出たとはいえないものとして公共の福祉に合致しないことが明らかであるか,又は規制目的が公共の福祉に合致するものであっても規制手段が上記目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであって,そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り,当該規制立法が憲法29条2項に違背するものとして,その効力を否定することができるものと解するのが相当である。(最高裁昭和62年4月22日大法廷判決・民集41巻3号408頁(以下「森林法判決」という。),最高裁平成14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁参照)そこで,上記のような観点から検討する。なお,控訴人は,森林法判決につき,ドイツ連邦憲法裁判所で用いられている三段階審査論による理解が適切であるとして,手段の必要性につき「目的達成のための必要最小限度性」という観点での審査をすべきであるかのように主張するが,上記のとおりであって,「目的達成の必要最小限度性」までは要求されず,上記主張は採用することができない。
イ本号は,重要な事項につき虚偽の記載があり,又は記載すべき重要な事項の記載が欠けている発行開示書類(以下「重要な事項につき虚偽の記載等がある発行開示書類」という。)を提出した発行者が,当該発行開示書類に基づく募集により有価証券(新株予約権証券を含む。)を取得させたとき,当該発行者に対し,当該取得させた有価証券の発行価額の総額(当該有価証券が新株予約権証券であるときは,当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額を含む。)の100分の2.25(当該有価証券が株券等(新株予約権証券を含む。)である場合にあっては,100分の4.5)に相当する額の課徴金を課すというものであって,その立法の経緯等は,前記引用に係る原判決説示(33頁9行目から34頁26行目まで)のとおりである。
本号は有価証券の発行者の財産権に対して規制を加えるものであるが,その規制目的は,重要な事項につき虚偽の記載等がある発行開示書類を提出して当該発行開示書類に基づく募集により有価証券を取得させた発行者に対して課徴金を賦課することにより,そのような金商法に違反する行為を抑止するというものである。上記のような違反行為は,有価証券市場の公正性と投資者の信頼を著しく害するものであるから,これを防止する必要があるというべきである。本号は,上記のような違反行為を抑止することによって,国民経済上重要な役割を果たしている有価証券市場の公正性とこれに対する投資者の信頼を確保するという経済政策に基づく目的を達成するためのものと解することができるところ,このような目的が正当性を有し公共の福祉に適合するものであることは明らかである(この点については,控訴人も肯認しているものと解される。)。
ウそこで,本号の規制手段(課徴金の賦課)が上記の規制目的を達成するための手段として必要性又は合理性に欠けていることが明らかであるかどうかについて検討することとするが,これまでに説示してきたところ(前記引用に係る原判決の説示を含む。)によれば,本号の規制手段は,新株予約権証券を取得させた場合につき当該取得をさせた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)を基礎にして課徴金の額を算定するという点を除けば,上記の必要性及び合理性に欠けるところはないといえる(控訴人も,上記の点についてのみ,上記の必要性及び合理性に欠けると主張しているものと解される。)ので,以下,上記の点について検討する。
新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)を基礎にして課徴金の額を算定することとすると,その後の現実の資金調達額が当初行使価額を大幅に下回ったような場合には,一見すると,過度な不利益を課すことになるかのように思われる。例えば,本件のように,その後,すべてが消却されて,現実の資金調達額が零になった場合や,新株予約権の行使価額がいわゆる修正条項により減額されて,現実の資金調達額が当初行使価額を大幅に下回ることになったような場合等である。控訴人は,特に,このことが不合理であると主張するものである。
しかしながら,このことから直ちに上記の必要性又は合理性に欠けるということにはならない。その理由は,後記エのとおりである。
エ金商法の定める課徴金の制度は,有価証券市場の公正性と投資者の信頼を害する同法違反の行為について,既存の刑事罰を科すほどに至らない程度の違反行為であってもこれを放置しないという観点から,これを抑止するための行政上の措置として金銭的な負担を課すものであり,そのような行政上の措置であることからして,また,制度の積極的かつ効率的な運営により抑止効果を確保するために,課徴金の額の算定基準が明確で,その算定が容易であることが必要である。
本号所定の課徴金の額についても,このような観点から,予め設けた基準に従い,重要な事項につき虚偽の記載等がある発行開示書類に基づく募集により有価証券を取得させることによって当該発行者が得ることが一般に想定される経済的な利得の額に相当するものとして,当該取得をさせた時点における事情を基礎に一定の額を一律かつ機械的に算定する方式(すなわち,発行価額の総額の100分の2.25又は100分の4.5とする方式)を採ったものである。そして,当該有価証券が新株予約権証券であるときは,発行者としては,新株予約権証券自体の発行価額だけではなく,これに当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使の際に払い込まれる金額を合計した額を資金調達額と想定して虚偽の記載等に及ぶのが通常であると考えられることを考慮して,発行開示書類の虚偽記載等に対する十分な抑止となるよう,上記発行価額の総額につき,「当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」(当初行使価額)を含むものとしたのである。
重要な事項につき虚偽の記載等がある発行開示書類に基づく募集により新株予約権証券を取得させた発行者(違反者)としては,当該取得をさせた時点で,当該新株予約権証券を市場の流通に置いており,当該新株予約権証券に基づく資金調達の可能性が具現化したものということができ,その時点で,当初行使価額を基にした「当該発行者が得ることが一般に想定される経済的な利得の額」に相当する「得べかりし利益」を期待することができるようになるのであるから,当該新株予約権証券を取得させた時点におけるそれに係る新株予約権の行使価額(当初行使価額)を含む発行価額を基にして課徴金の額を算定することとしても,それなりの合理性があり,少なくとも,合理性がないことが明らかであるとはいえない。
他方,新株予約権証券を取得させた後の事情も斟酌して課徴金の額を算定する方法を採ることは,課徴金の額の算定基準が明確で,その算定が容易でなければならないという要請を満たすものとすることが難しいし,前記のような課徴金制度の積極的かつ効率的な運営も困難となるばかりでなく,既に虚偽記載等がある発行開示書類に基づく募集により新株予約権証券を取得させた違反者が,その虚偽記載等が発覚した後の行為(例えば当該取得させた新株予約権証券の消却等)によって課徴金の額の減免を得るといった事態が生じかねず,かくては,違反行為の抑止という目的を十全に実現することができないというべきである。また,「当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき金額」を控訴人主張のような「当該新株予約権証券を取得させた時点で見込まれる合理的な資金調達見込額」とする方法も,課徴金の額の算定基準が明確で,その算定が容易でなければならないという要請に反するといわなければならない。
以上のような諸点に照らすと,本号の規制手段は,前記の規制目的を達成するための手段として必要性又は合理性がないことが明らかであるということはできない。
オ以上のとおりで,本号が憲法29条2項に違反するということはできない。
カ控訴人は,本号が,企業の資金調達を阻害して企業活動(営業活動)の自由を侵害するもので,憲法22条1項に違反すると主張する。しかし,企業活動(営業活動)の自由は無制限に認められるものではなく,特に,重要な事項につき虚偽の記載等がある発行開示書類を提出する行為は,有価証券市場の公正性及び投資者の信頼を著しく害する行為であって,そのような行為に基づく資金調達の自由を保護すべき必要性はないから,控訴人の主張は失当である。
また,控訴人は憲法13条に違反するとも主張するところ,その主張は,必ずしも明確ではないが,憲法29条に違反することを前提として憲法13条にも違反すると主張するものと解される。しかし,憲法29条に違反するといえないことは前判示のとおりであるし,他に憲法13条に違反するという点も見当たらないから,この主張も失当である。
3 よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第19民事部
裁判長裁判官貝 阿彌誠
裁判官生 島弘康
裁判官木 山智之