法人税更正処分取消等請求控訴事件 - 東京高判平成25年03月14日(国税判例)

東京高等裁判所(東京都)

事件番号:平成24(行コ)237

目次

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平成25年3月14日判決言渡
平成24年\(行コ\)237号法人税更正処分取消等請求控訴事件

主文

1   本件控訴を棄却する。

2   控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1    当事者の求めた裁判

1    控訴人
原判決を取り消す。

山形税務署長が平成20年11月25日付けで控訴人に対してした平成18年4月1日から平成19年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税の更正のうち所得金額零円,納付すべき税額につきマイナス(還付金の額に相当する税額)471万5204円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

訴訟費用は一,二審とも被控訴人の負担とする。
2    被控訴人
主文同旨
第2    事案の概要

1    本件は,国等からの収用事業に係る資産の買取りの申出に応じて事業用資産を譲渡しこれにより取得した補償金をもって原判決別紙1-1記載の資産(以下「本件取得資産」という。)を取得した控訴人が,租税特別措置法(以下「措置法」という。)64条1項(平成19年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づく課税の特例(圧縮記帳)を適用して本件事業年度の法人税の確定申告をしたところ,山形税務署長(処分行政庁)から平成20年11月25日付けで上記課税の特例の圧縮限度額の計算に誤りがあることを理由として法人税の更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」といい,本件更正と併せて「本件更正等」という。)を受けたため,本件更正は措置法64条1項が定める圧縮限度額の計算を誤った違法なものであると主張して,処分行政庁の所属する国に対し,本件更正等の一部取消し等を求める事案である。


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    原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が前記裁判を求めて控訴した。

    2    法令の定め等,前提事実,課税処分の根拠,争点及び当事者の主張の要旨は,次項において当審における控訴人の補足主張の要旨を付加するほか,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし5に摘示されたとおりであるから,これを引用する(以下,原判決を引用する場合は,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴人」と,「別紙」を「原判決別紙」と,それぞれ読み替える。。


    3    当審における控訴人の補足主張の要旨圧縮限度額の計算の基礎となる代替資産の取得価額(争点1)について
    ア措置法64条1項は,圧縮限度額算定の基礎となる「その取得価額」について,「当該代替資産につき」と規定しているのみであって,これに「損金経理により帳簿価額を減額したもの」等の制限は付していない。同項は,上記「当該代替資産」との文言より前において,「代替資産」を「当該収用等により譲渡した資産と同種の資産その他これに代わるべき資産として政令で定めるもの」と定義している。自然な条文解釈に従えば,「当該代替資産」の意義は,同項を受けた措置令39条2項ないし4項によって確定されるのであって,その後の「その帳簿価額を損金経理により減額し」という文言は,「当該代替資産」の解釈に何らの影響も与えない。損金経理による帳簿価額の減額等を圧縮限度額算定の基礎となる代替資産の取得価額の要件であるとすることは,圧縮限度額算定の基礎となる代替資産の取得価額の選択に当たり,損金経理による帳簿価額の減額等という条文にない要件を付け加えるものであって,不当である。


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      また,措置法64条1項は,「当該代替資産につき,その取得価額・・・に・・・差益割合・・・を乗じて計算した金額・・・の範囲内で」の部分と「その帳簿価額を損金経理により減額し・・・たときは」の部分とで分けて考えるべきである。前半部分が,① 代替資産の認識,② 差益割合の計算,③ 圧縮限度額の計算に関するものであり,後半部分が,④ 損金経理の対象資産の決定,⑤ 損金経理に関するものであり,これを混同してはならない。そして,上記文言等からすれば,「当該代替資産」は,損金経理により帳簿価額を減額するなどしたか否かにかかわらず,常に圧縮限度額の計算の基礎となるものである。

      イ措置法64条1項所定の課税の特例の趣旨は,非任意である収用等に係る資産の譲渡益について直ちに課税をされることにより,新たな資産が取得できなくなるといった不合理な取扱いを生じさせないように,課税を繰り延べることにある。以下に述べる設例のとおり,控訴人の見解によれば,同項の趣旨を全うすることができるが,被控訴人の見解によるならば,これを全うすることができない。すなわち,法人が,A,B及びC(帳簿価額合計180万円)の資産を一括で譲渡し,差引補償金合計300万円を取得した上で,事業の用に供するため,X(200万円),Y(200万円)及びZ(100万円)の代替資産を取得し,Xについてのみその帳簿価額を損金経理により減額して,Y及びZについては減額しないこととした場合,控訴人の見解によれば,X,Y及びZを一体として捉えるから,圧縮限度額が120万円となり,これを圧縮損として計上することによって図らずも生じた120万円の譲渡益と相殺することができる。ところが,被控訴人の見解によるならば,圧縮限度額が80万円にとどまり,圧縮損として80万円までしか計上することができず,一部の譲渡益について直ちに課税が生じてしまうことになる。

      ウ被控訴人の見解は,実務上の取扱いにも整合しない。すなわち,一つの代替資産を構成する複数の資産がある場合において,それらのうち帳簿価額を損金経理により減額するなどした資産の取得価額のみが圧縮限度額の計算の基礎とされるとの記述や,「圧縮限度額の計算の基礎となる代替資産」という用語は,実務書(甲18ないし20)のどこにも記載がない。


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        また,措置法64条1項に基づく正しい圧縮記帳実務の処理手順では,圧縮限度額は損金経理による帳簿価額の減額等に先立って,これとは完全に独立して計算されるため,損金経理により帳簿価額を減額した代替資産の取得価額のみが圧縮限度額の計算の基礎とされるということにはならない。

        圧縮限度額の計算方法(争点2)について
        ア措置令39条4項と同趣旨の同条3項(当時の39条の2第3項)の制定当時の資料(甲23,24)では,立案担当者あるいは当局の要職にあった執筆者が,同項を適用する場合には,一組の資産を一個の代替資産とみるべきと記しており,同条4項の適用が選択された場面でも,複数の資産の総体をもって一個の資産とみなされると解すべきである。

        イ仮に,措置令39条4項が適用される場合でも代替資産を構成する個々の資産について個別に圧縮限度額を計算するのであれば,同項は事業の用に供する限り代替資産をほぼ無限定に認めたものであるため,同項制定前に同条2項及び3項によって処理していた代替資産は全て同条4項によって処理すればよいことになり,同条2項及び3項をあえて残置させる意味は乏しくなる。それにもかかわらず,同条2項及び3項が存在するのは,圧縮限度額を個々の資産ごとに計算する場合には2項を,一組の資産ごとに計算する場合には3項を,個々の資産の総体である代替資産全体で計算する場合には4項を,それぞれ選択するという裁量の余地を納税者たる法人に与えた趣旨と解するのが相当である。

        第3   当裁判所の判断


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          1    当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり原判決を補正し,次項において当審における控訴人の補足主張についての判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」第3に説示されたとおりであるから,これを引用する。

          (原判決の補正)
          原判決15頁13行目末尾に,次のとおり加える。

          「なお,この点に関し,控訴人は,個々の資産につき帳簿価額を付するという処理は,措置法上の圧縮記帳を適用して圧縮損を計上した後に,法人税法あるいは会計等の要請に基づき,個々の減価償却資産につき,減価償却を行うために必要とされているものにすぎず,このことと措置法64条1項の圧縮限度額の計算とは別次元のものとして切り離して考えるべきであるなどと主張する。しかしながら,措置法64条1項は,代替資産につき,圧縮限度額の範囲内でその帳簿価額を損金経理により減額するなどすることを要件として,その減額するなどした金額を当該事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入することを認める旨規定しているのであるから,個々の資産につき帳簿価額を付することと圧縮限度額の計算とが,別次元のものとして切り離されるとするのは相当でなく,むしろ関連付けられているものというべきである。したがって,控訴人の上記主張を採用することはできない。」原判決16頁8行目の「法人は,」の次に「課税の繰延べを受けることの利害得失その他諸般の事情を考慮して」を加え,同10行目の「圧縮限度額が」から同11行目末尾までを「圧縮限度額の合計額が変動する結果となったとしても何ら不都合は生じないし,同項が許容する圧縮限度額の合計額の上限までが変動するわけではないから不合理又は不公平な結果を招くわけでもないというべきである。」と改める。

          原判決16頁17行目の「相当であると主張する。から同19行目の」「すぎないのであって,」までを次のとおり改める。


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            「相当である,このように解さずに,一方で差益割合は一括で算出し,他方で圧縮限度額は代替資産ごとに算出することとすると,計算の簡易化という上記通達の趣旨を著しく損なうことになるなどと主張する。しかしながら,上記通達は,差益割合を算出するに当たって,複数の譲渡資産についてそれぞれ差益割合を個別的に計算することによる煩雑さ等を避けるための取扱いを定めているにとどまり,圧縮限度額を算出するに当たっての取扱いについては何ら言及していないのであるから,」原判決16頁24行目末尾に,次のとおり加える。

            「そして,帳簿価額は代替資産ごとに付せられ,損金経理により減額するかどうかは代替資産ごとに検討することが避けられないのであるから(控訴人の見解によっても,損金経理の対象となる資産を決定し,個々の資産について損金経理により帳簿価額の減額が行われることになる。,圧縮限度)額を代替資産ごとに算出することとしても,必要な手間が著しく増大するものとはいえない。したがって,控訴人の上記主張は,いずれも採用することができない。」
            2   当審における控訴人の補足主張について圧縮限度額の計算の基礎となる代替資産の取得価額(争点1)について
            ア控訴人は,損金経理による帳簿価額の減額等を圧縮限度額算定の基礎となる代替資産の取得価額の要件であるとすることは,条文にない要件を付け加えるものであって不当である,また,措置法64条1項は,「当該代替資産につき,その取得価額・・・に・・・差益割合・・・を乗じて計算した金額・・・の範囲内で」の部分と「その帳簿価額を損金経理により減額し・・たときは」・の部分とで分けて考えるべきであるなどと主張する。

            しかしながら,措置法64条1項は,損金の額に算入するための要件として,代替資産につき,圧縮限度額の範囲内でその帳簿価額を損金経理により減額するなどすることを規定しているのであるから,帳簿価額を損金経理により減額するなどした代替資産の取得価額のみを圧縮限度額の計算の基礎とすることが,条文にない要件を付け加えたことにはならない。


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              措置令39条2項ないし4項は,代替資産の範囲について定めるものではあるが,それは,その文言に照らしても,代替資産となり得るもののいわば外延を定めたものであって,それに加えて措置法64条1項に上記のような要件が定められている以上は,措置令39条2項ないし4項に該当する代替資産の全てが当然に損金の額を算出する際の基礎となるとはいえず,措置法64条1項の要件を満たしたもののみを基礎として,損金に算入される額が定まると解するのが,条文に即した無理のない解釈であるというべきである。そして,同項の構造からみても,全体が一体として,財産を収用されるなどした法人がその補償金で代替資産を取得した場合に損金に算入するための要件及びその算入可能額を規定したものと解するのが合理的であって,控訴人のいうように,「当該代替資産につき,その取得価額・・・に・・・差益割合・・・を乗じて計算した金額・・・の範囲内で」の部分と「その帳簿価額を損金経理により減額し・・・たときは」の部分とで分けて考えるべきものと解することは不自然かつ不合理であるといわなければならない。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

              イ控訴人は,具体的な設例をあげて,控訴人の見解によれば,措置法64条1項の趣旨を全うすることができるが,被控訴人の見解によるならば,これを全うすることができないなどと主張する。

              しかしながら,引用に係る原判決においても説示されているとおり,法人が,措置法64条1項で認められた課税の特例(繰延べ)を活用するか否か,活用する場合にどの範囲で活用するかは,当該法人の選択に委ねられているものであって,当該法人が,その一部のみを活用するとの選択をし,その結果,圧縮損に計上される額が一部にとどまって一部の譲渡益に直ちに課税が生じたとしても,不都合な結果であるとはいえない。そして,課税の特例の活用方法が法人の選択に委ねられた結果,損金に算入される額に差異が生ずることは避けられないが,その上限は,譲渡資産や取得資産及びそれぞれの対価等の前提条件が同一であれば,一定額に定まるものであるから,課税の公平に反するともいえない。これを控訴人の設例に則していえば,Xのみならず,Y又はZについても,帳簿価額を損金経理により減額するという選択をすれば,圧縮限度額の合計額を120万円とし,これを圧縮損として計上することが可能になるのであり,いずれの選択をするかは,まさに当該法人の判断に委ねられているものである(なお,どのような選択をしても,圧縮限度額の合計額の上限は120万円である。。


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                )したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

                ウ控訴人は,被控訴人の見解は,実務上の取扱いにも整合しないなどと主張する。

                しかしながら,控訴人の指摘する実務書(甲18ないし20)においても,帳簿価額を損金経理により減額するなどしていない資産の取得価額までもが圧縮限度額の計算の基礎となる代替資産の取得価額となる旨を明言したものはなく,他方,帳簿価額を損金経理により減額するなどした資産の取得価額のみが圧縮限度額の計算の基礎となると解することと矛盾する記載があるというわけでもないから(むしろ,措置法64条1項の文理上,帳簿価額を損金経理により減額するなどした資産の取得価額のみが圧縮限度額の計算の基礎となることは当然のことであるとして言及していないものともみられる。,実務書の記載を根拠とする控訴人の主張に理)由はない。また,控訴人が主張する,圧縮限度額が損金経理による帳簿価額の減額等に先立ってこれと完全に独立して計算されるという扱いが,実務の当然の処理手順であることを裏付けるに足る的確な証拠はない(むしろ,圧縮限度額の合計額の上限がまず計算され,これを踏まえて選択された代替資産ごとの圧縮限度額の範囲内で損金経理による帳簿価額の減額が行われるというのが,措置法64条1項の趣旨にかなった処理手順であると解される。。したがって,控訴人の上記主張も採用することができな)い。


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                  圧縮限度額の計算方法(争点2)について
                  ア控訴人は,措置令39条4項と同趣旨の同条3項(当時の39条の2第3項)の制定当時の資料(甲23,24)には,同項を適用する場合,一組の資産を一個の代替資産をみるべきと記されており,同条4項の適用が選択された場面でも,複数の資産の総体をもって一個の資産とみなされると解すべきであるなどと主張する。

                  しかしながら,これらの記述は,代替資産の範囲について定めた同条3項の趣旨に関する説明にすぎず,控訴人の主張するような意味まで読み込むことができるかは疑問であり,かえって,譲渡資産に係る補償金等の額を複数の代替資産で相互に融通する旨の記載もあり(甲23,24),それは個々の代替資産について帳簿価額を損金経理により減額するなどしたことを意味するとも解されるのであるから,帳簿価額を損金経理により減額するなどした資産の取得価額のみを圧縮限度額の計算の基礎となる代替資産の取得価額であるとし,圧縮限度額は個々の資産ごとに計算する方法により求められるべきものと解釈することと何ら矛盾せず,むしろ整合するものとさえいえる。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

                  イ控訴人は,措置令39条4項の制定後も同条2項及び3項が存在するのは,圧縮限度額を個々の資産ごとに計算する場合には2項を,一組の資産ごとに計算する場合には3項を,個々の資産の総体である代替資産全体で計算する場合には4項を,それぞれ選択するという裁量の余地を納税者たる法人に与えた趣旨と解するのが相当であるなどと主張する。


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                    しかしながら,同条2項ないし4項の規定によれば,同条4項が適用される場合に代替資産を構成する個々の資産について個別に圧縮限度額を計算するものと解したとしても,同条2項及び3項で処理していた代替資産が全て同条4項によって処理し得るような関係にあると認めることはできない。したがって,同条2項及び3項の存在意義が上記のような趣旨であることを前提とする控訴人の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。

                    その他,控訴人(従前の控訴人代理人)がるる主張する内容は,いずれも独自の見解に立つものか,的確な証拠に基づかないものであるといわざるを得ず,租税法律主義(憲法84条)違反をいう点を含め,いずれも採用することができない。

                    3    結論よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

                    東京高等裁判所第14民事部
                    裁判長裁判官設 樂一
                    裁判官尾 立美子


                       11ページ

                      裁判官門 田友昌


                        裁判所名

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