平成25年3月6日判決言渡
平成24年\(行ケ\)21号選挙無効請求事件
主文
1 原告の請求を棄却する。ただし,平成24年12月16日に行われた衆議院議員選挙の小選挙区東京都第1区における選挙は,違法である。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 平成24年12月16日に行われた衆議院議員選挙の小選挙区東京都第1区
における選挙を無効とする。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,平成24年12月16日に施行された衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,小選挙区東京都第1区の選挙人である原告が,衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割りに関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記選挙区における選挙も無効であると主張して,公職選挙法204条に基づき提起した選挙無効訴訟である。
2 前提となる事実
(1) 本件選挙の小選挙区選挙は,平成24年12月16日に公職選挙法〔公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)による改正後,かつ,衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律(平成24年法律第95号(以下「緊急是正法」という。)による改正前のもの。以下同様〕13条1項,別表第一(以下「本件区割規定」という。)により定められた選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)の下で施行された(争いがない事実)。
(2) 原告は,本件選挙の小選挙区選挙東京都第1区の選挙人である(争いがない事実)。
(3) 本件選挙の当日である平成24年12月16日時点における小選挙区選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は72選挙区であった。なお,各都道府県単位でみると,本件選挙当日における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は,議員1人当たりの選挙人数が最も少ない高知県と最も多い東京都との間で1対2.040であった。(乙10)
(4) 衆議院議員の選挙制度としては,公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)及びその一部を改正する平成6年法律第10号及び同第104号により,小選挙区比例代表並立制が採用されている。
本件選挙施行当時,本件区割規定により,衆議院議員のうち小選挙区選出議員の定数は300人とされ(公職選挙法4条1項),小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出するものとされていた。なお,総選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条,36条)。
小選挙区選挙における選挙区割りの基準については,衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「区画審設置法」という。)3条が定めている(以下,緊急是正法に基づく改正前の同規定を「本件区割基準規定」といい,これによって定める選挙区割りの基準を「本件区割基準」という。)。
区画審設置法によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものとされ(同法3条1項),さらに,本件区割基準においては,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当した上で(以下,このことを「1人別枠方式」という。),これに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとされていた(緊急是正法に基づく改正前の区画審設置法3条2項)。そして,選挙区の改定に関する上記の勧告は,統計法5条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(区画審設置法4条1項),さらに,区画審は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,上記の勧告を行うことができるものとされている(同法4条2項)。
区画審は,平成12年10月に実施された国勢調査の結果に基づき,衆議院小選挙区選出議員の選挙区に関し,区画審設置法3条2項に従って各都道府県の議員の定数につきいわゆる5増5減を行った上で,同条1項に従って各都道府県内における選挙区割りを策定した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した(弁論の全趣旨)。
上記法律により改定された後の衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りを定める規定が本件区割規定であり,その定める選挙区割りが本件選挙区割りである。
(5)本件選挙の前回に行われた平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「前回選挙」という。)は,本件選挙と同一の選挙区割り(本件選挙区割り)により施行された。前回選挙当日における小選挙区選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。なお,各都道府県単位でみると,同選挙当日における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は,議員1人当たりの選挙人数が最も少ない高知県と最も多い東京都との間で1対1.978であった。(弁論の全趣旨)最高裁平成22年\(行ツ\)207号同23年3月23日大法廷判決(民集65巻2号755頁,以下「平成23年大法廷判決」という。)は,その結論において,前回選挙当時,小選挙区選挙の選挙区割りについて,その基準を定める本件区割基準規定及びこれに基づき定められた本件区割規定は憲法の規定に違反するに至っていたものとすることはできない旨判示した。しかし,同判決は,本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,遅くとも前回選挙時においては,その立法時の合理性が失われたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていた旨,そして,これに基づき定められた本件選挙区割りも,憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていた旨判示した。また同判決においては,衆議院には,選挙における投票価値の平等についてより厳格な要請があることに照らし,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要がある旨の指摘がされている。(当裁判所に顕著な事実)
(6) 平成23年大法廷判決後,本件選挙までの間に,平成24年11月16日に緊急是正法が成立し,同月26日公布された(乙5の2,乙6)。
緊急是正法は,平成22年の国勢調査の結果に基づく小選挙区選挙区の改定案の作成に当たり,各選挙区間における人口較差を緊急に是正するため,公職選挙法及び区画審設置法の一部改正について定めるものであり(緊急是正法1条),1人別枠方式を定めた区画審設置法3条2項を削除し(本件区割基準の是正),さらに,小選挙区選出議員の定数を5人削減して295人とするとともに,1人別枠方式に基づく選挙区割りを定めている本件区割規定の改定を別に法律を定めて行うこととし(緊急是正法2条),今次の新たな選挙区割りを行うための基準等を定めた(同法附則3条)ものである。そして,区画審設置法3条2項の削除を定めた部分については法律公布日において施行されたが(同附則1条本文),本件区割規定の改定に関する部分は,緊急是正法に従って改正された後の公職選挙法13条1項に規定する法律の施行の日から施行することとされ(同附則1条ただし書),本件選挙時点では未施行のままであった。
本件区割規定の改定については,今次の改定の特例として,各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は,高知県,徳島県,福井県,佐賀県及び山梨県の5県については1ずつ削減してそれぞれ2とし,その他の都道府県については従前どおりとすることとされ(同附則3条1項),この改定案に係る区画審の勧告は,同法の施行日(平成24年11月26日)から6か月以内にできるだけ速やかに行うこととされた(同附則3条3項)。そのため,是正の範囲は必要最小限の改定にとどめることとし(乙7),改定案作成の基準として,①選挙区間における人口較差の基準を2倍未満とし,②改定の対象とする小選挙区を,㋐人口の最も少ない都道府県(鳥取県)の区域内の選挙区,㋑小選挙区の数が減少することとなる県(高知県,徳島県,福井県,佐賀県及び山梨県)の区域内の小選挙区,㋒人口の最も少ない都道府県(鳥取県)の区域内における人口の最も少ない小選挙区の人口以上であって,かつ,当該人口の2倍未満であるという基準を満たさない小選挙区,及び,㋓㋒の小選挙区を㋒に記載の基準に適合させるために必要な範囲で行う改定に伴い改定すべきこととなる小選挙区に限ることとされた(同附則3条2項)。
なお,緊急是正法による改正後の都道府県間における議員1人当たりの人口の最大較差は,人口が最も少ない鳥取県と最も多い東京都との間で1.788倍となる(乙8の2)。
3 原告の主張
(1) 主位的主張
本件選挙の小選挙区選挙における選挙区割りを定めた本件区割規定は,憲法前文,憲法56条2項,同59条,同67条,同60条2項,同61条,同44条ただし書,同13条,同15条及び同14条によって要求されている「人口比例選挙の保障」に反するものである。
ア「主権者の多数決」論
憲法は,前文の第1段落第1文の冒頭に「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」と定めている。これは,主権者である日本国民の多数意見による国家権力支配の法理(国民主権の法理)を採用することを表現するものである。憲法は,同法理により,主権者である日本国民が,国会議員を特別の代理人として用いて,国会における議事について賛否の投票をさせ,国会議員の多数決という手続を踏んで,国民の多数意見により決議を行うことによって国家権力を実質的に国民の多数意見で行使すべきことを求めている。
これを実現するためには,国会議員の多数意見を日本国民の多数意見と等価なものとすることが必須であり,これを保障するために,人口比例選挙により国会議員を選出することを要する。そのために,憲法は,正当な選挙として,国会議員を選出した選挙区の議員1人当たりの登録有権者(主権者)の数が同数であること,すなわち,投票価値の等価値を求めていると解すべきである。
イ投票価値の等価値は憲法上の要請であるから,別個の憲法上の要請に基
づかない限り,国会の考慮するその他の政策目的や理由によって,これを制約することはできない。
したがって,選挙区間に人口較差を生じさせる選挙区割りは,均一な人口の選挙区にしようとする誠実な努力によって,その較差を縮小させること若しくは排除することが可能である場合には,憲法上許容される適法な目的を達成するために必要なものであることが立証されない限り,憲法に違反することになる。
ウ本件選挙施行時の小選挙区選挙における衆議院議員1人当たりの登録有
権者数(在外選挙人名簿登録者を含め,東京都第1区48万1954人,高知県第3区20万4930人)の較差は,2.352対1である。
上記較差は,適正な選挙区割りを行うことにより縮小させることが可能であり,このような場合には上記較差を許容すべき憲法上適法な目的の存在は被告において立証すべき責任があるところ,この点の立証はされていない。
エよって,本件選挙区割りは憲法に違反しており,これを定めた本件区割
規定も憲法に違反している。
(2) 予備的主張
本件選挙区割りは,憲法が保障する投票価値の平等に反する。
ア前回選挙について,平成23年大法廷判決は,本件選挙区割りは憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていた旨判示した。
ただし,同判決は,平成19年6月13日大法廷判決(民集61巻4号1617頁(以下「平成19年大法廷判決」という。)において,平成17年の総選挙の時点における1人別枠方式を含む本件区割基準及び本件選挙区割りについて,前記のようにいずれも憲法が要求している投票価値の平等に反するに至っていない旨の判断が示されていたことなどを考慮して,前回選挙までの間に本件区割基準中の1人別枠方式の廃止及びこれを前提とする本件区割規定の是正がされなかったことをもって,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったものということはできないと判示して,本件区割基準及び本件選挙区割りについて,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない旨判示している。
イ本件選挙の小選挙区選挙は,同選挙と同一の本件選挙区割りの下で施行された前回選挙について,違憲状態であるとする平成23年大法廷判決があったにもかかわらず,これを改めることなく強行されたものである。同判決言渡し日から本件選挙日までには,1年8か月強の期間があった。しかし,その間,本件区割基準中の1人別枠方式の廃止及びこれを前提とする本件区割規定の是正はされておらず,その違憲状態は憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかった。
ウよって,本件選挙区割りを定めた本件区割規定は,憲法に違反している。
(3) 以上のとおり,本件区割規定は憲法に違反しているから,これに基づき
施行された本件選挙の小選挙区東京都第1区における選挙は無効である。
違憲状態の下の選挙で選出される議員は主権者の多数意見によって支持されているという保障がないにもかかわらず,これらの議員の決議によって成立した法律が主権者を法的に拘束するという事態は著しく公共の利益を害するものである。
よって,本件選挙の小選挙区選挙(東京都第1区)の違憲状態に対して,事情判決の法理を適用することは不相当であり,無効の判決をするべきである。
4 被告の主張
平成23年大法廷判決により憲法の要求に反する状態にあるとされた本件区割規定は,本件選挙までの間に改正されるに至っていないが,それでもなお,憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったということはできず,本件選挙は憲法14条1項等の憲法の規定には違反していない。その理由は,下記のとおりである。
(1) 違憲状態とされた選挙制度を是正するための合理的期間
ア「憲法上要求される合理的期間」の起算点
平成23年大法廷判決に先立つ平成19年大法廷判決は,特段の留保を付すことなく,1人別枠方式を含む選挙区割りの基準を合憲と判断していた。そうであるとすると,平成23年大法廷判決において前記のような判断が示される以前においては,国会が,1人別枠方式について,もはや合理性を失ったものであるとの認識を持ち,その改廃等の立法措置に着手すべき契機が存在したということはできず,国会が当該立法措置に着手すべきことを要求されるのは,同判決が言い渡された時点からと解すべきである。
イ「憲法上要求される合理的期間」の程度
1人別枠方式を廃止し,本件区割規定を改正するなどの投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずるために,「事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間」が経過したかどうかを検討するに当たっては,1人別枠方式が廃止されればそれだけで直ちに新たな選挙制度が構築され,投票価値の較差の問題が解消するものではないことに留意する必要がある。たとえ1人別枠方式が廃止されたとしても,全都道府県にあらかじめ1人ずつ配分されていた定数を各都道府県の選挙区にどのように再配分するかという問題が残っており,この定数再配分に当たっては,人口の流動状況等を考慮して,投票価値の較差の縮小を図るのみならず,市町村を単位とする地域ごとのまとまり具合も考慮しつつ,各都道府県内の選挙区割りの在り方の見直し等をも含めた是正を行う必要がある。
したがって,国会において,1人別枠方式を廃止した場合の定数再配分や各都道府県の選挙区割りの改定等を行うには,事柄の性質上,その審議等にかなりの時間を要する。
ウ従来の最高裁判決の判示
最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁(以下「昭和51年大法廷判決」という。)は,昭和47年12月10日施行の衆議院議員総選挙当時,各選挙区の議員1人当たりの選挙人数の最大較差が約5対1に達していた事案において,この較差は,同選挙のかなり以前から選挙権の平等の要求に反すると推定される程度に達していたと認められ,昭和39年の公職選挙法の改正時から同選挙時まで8年余りにわたって改正措置が何ら施されなかったことは,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったものと判示している。
最高裁昭和58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁(以下「昭和58年大法廷判決」という。)は,昭和50年の公職選挙法(議員定数配分規定)の改正後,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差が,改正法の施行日(昭和51年12月5日)から起算して約3年半後の昭和55年6月に施行された衆議院議員総選挙当時に1対3.94まで拡大していた事案について,較差の程度,推移からみて,同選挙時を基準としてある程度以前において憲法の選挙権の平等の要求に反する状態に達していたものと推認せざるを得ないが,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものと断定することは困難であると判示している。これに対し,最高裁昭和60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁(以下「昭和60年大法廷判決」という。)は,同じ議員定数配分規定の下で上記施行日から起算して約8年後の昭和58年12月に施行された衆議院議員総選挙当時に上記最大較差が更に拡大して1対4.40にまで至っていた事案について,憲法上要求される合理的期間内の是正がされなかったものと判示している。
エ上掲の各最高裁判決の事案は,いずれも投票価値の最大較差が主として
人口異動に起因して生じたものとみられるものであり,人口異動に応じて頻繁に定数配分を変更することが困難であり,それを要求することは相当でないことが考慮されている点で,1人別枠方式を取り入れた区割基準自体の不合理性が問題となっている本件の事案とは異なる。そして,平成23年大法廷判決が指摘している1人別枠方式の廃止については,前記のとおり,あらかじめ都道府県に1人ずつ配分されていた定数の再配分はもとより,市町村を単位とする選挙区のまとまり具合に配慮しつつ,各都道府県内の選挙区割りの在り方の見直し等をも含めた是正内容となるものであり,現行選挙制度の全体的,抜本的な作り替えをするに匹敵する検討と作業を要するものであるから,このような是正を行うについての国会における審議等には,かなりの時間を要することは容易に推測されるところである。
さらに,これまでの最高裁判決で示された「憲法上要求される合理的期間」に関する判断をみると合理的期間内に投票価値の較差の是正がされなかったと判断されたのは,公職選挙法の改正時から約8年という比較的長い期間を経ており,しかも,この間に投票価値の最大較差が著しく拡大していた事案に関するものである。これに対し,本件の場合,平成23年大法廷判決の言渡日から本件選挙当日である平成24年12月16日までの期間は約1年9か月にすぎず,この間に,選挙区間の選挙人数の最大較差は,前回選挙当日が1対2.304であったものが本件選挙当日には1対2.425であり(いずれも高知県第3区と千葉県第4区との対比),人口異動等の影響で僅かに増大しているにすぎない。
(2) 国会による較差是正のための取組平成23年大法廷判決の後,国会は,衆議院議員選挙制度に関する各党協議会において,協議を重ねた。その結果,本件選挙までの間に,平成24年11月16日,1人別枠方式の廃止及び衆議院議員定数の「0増5減」を内容とする緊急是正法が成立し,平成23年大法廷判決においてもはや合理性が失われ,投票価値の較差を拡大する要因となっている旨判示された1人別枠方式を廃止する立法措置が講じられた。緊急是正法のうち1人別枠方式の廃止に係る部分については本件選挙前に施行されるに至った。本件選挙時までには,具体的な区割りの改定や定数是正にまでは至らなかったが,区画審は,緊急是正法に従い,勧告期限である平成25年5月26日までに区割りの改定案が勧告できるよう,その作成に向けた作業を進めているところである。
(3) まとめ以上のとおり,平成23年大法廷判決の後,本件選挙当日までに約1年9か月が経過しているものの,その期間内に,1人別枠方式を廃止して,各都道府県にあらかじめ配分されていた定数を再配分するほか,選挙区割り全体の見直しを行うという立法措置を講ずることは困難であり,期間的に不十分というべきである。さらに,この間に,国会においては,投票価値の較差是正を図るための具体的な立法措置が行われ,1人別枠方式の廃止を含む緊急是正法が成立するに至っており,現在も引き続き是正に向けての区割り改定作業が継続されている。また,投票価値の較差の状況の変動としては,本件選挙当日の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対2.425であり,前回選挙時の1対2.304から僅かに増大しているにすぎない。
以上の事情を総合すれば,平成23年大法廷判決によって憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていると判断された本件選挙区割りについて,本件選挙までに,憲法上要求される合理的期間内における是正措置がされなかったと評価することはできないというべきである。したがって,本件区割規定は,いまだ憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとはいえず,本件選挙区割りの下で施行された本件選挙のうち原告の選挙区(東京都第1区)における小選挙区選挙は無効なものではなく,原告の請求は理由がない。
第3 当裁判所の判断
1 投票価値の平等について
憲法14条1項に定める法の下の平等は,選挙権に関しては,国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するものであり,同15条1項等の各規定に明記されている差別の禁止にとどまらず,選挙権の内容,すなわち各選挙人の投票価値の平等もまた,憲法の要求するところであると解するのが相当である。
もっとも,投票価値は,選挙制度の仕組みと密接に関連するものであり,その仕組みのいかんにより,結果的に各投票が選挙の結果に及ぼす影響力に何程かの差異を生ずることがあるのを免れない。憲法において,両議院議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねていること(43条2項,47条)からすれば,憲法は,前記投票価値の平等についても,これをそれらの選挙制度の決定について国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけではなく,国会は,他にしんしゃくすることのできる事項をも考慮して,公正かつ効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決定することができるのであり,前記投票価値の平等も,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。そして,国会が,選挙制度の仕組みの決定について上記裁量を有することからすれば,国会が具体的に定めた選挙制度の仕組みにおいて,投票価値の平等が制約を受けることがあったとしても,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,憲法に違反する制約であるとの評価を受けることはないと解される。(昭和51年大法廷判決,昭和58年大法廷判決,昭和60年大法廷判決,平成19年大法廷判決及び平成23年大法廷判決など参照)
2 原告の主位的主張について
原告の主位的主張に係る論理は必ずしも明らかではないが,投票価値の平等が憲法上保障される根拠として,憲法が国民主権の原理の下で,国民が選任した国会議員の多数決により政策上の意思決定を行う代表民主制の統治機構を採用していることから,このような意思決定を正当化する根拠として,当然に人口比例選挙,すなわち,選挙区の議員1人当たりの登録有権者(主権者)の数が同数であること(投票価値の等価値)も憲法によって要求されている旨主張するものと解される。そして,原告は,これを前提として,憲法上の要請以外の政策的目的ないしは理由によって投票価値の等価値を制限することは許されない旨を主張していると解される。
当裁判所も,投票価値の平等を可能な限り尊重し,人口比例の選挙に近づけていくことは,憲法上の要請であると考えているものである。しかし,憲法が,両議院議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねていると解すべきことは前記1で述べたとおりであり,国民主権の原理及び代表民主制の統治機構上の理念から,原告の主張するような厳格な投票価値の平等(人口比例選挙)の要請が論理必然的に導き出されると解することは困難である。また,これらの原理等から当然に,憲法が,憲法上の要請以外の理由による投票価値の平等に対する制限を容認していないと解することもできない。
よって,原告の上記主張は採用することができず,投票価値の平等は,憲法14条1項に定める法の下の平等によって基礎づけられるものと解することが相当である。
3 本件選挙区割りを定める本件区割規定の合憲性について
(1) 前記のとおり,憲法は,両議院議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねており,国会は,選挙制度の仕組みの決定について裁量権を有している。もっとも,この裁量権の行使は,国会がこれを付与された趣旨に照らして合理的なものでなければならない。投票価値の平等は憲法の要求するところであるから,常にその絶対的な形における実現を必要とするものではないとしても,単に国会の裁量権の行使の際における考慮事項の一つであるにとどまるものではない。したがって,国会が決定する具体的な選挙制度において現実に投票価値の不平等の結果が生じる場合には,国会が正当に考慮することのできる重要な政策的目的ないしは理由に基づく結果として合理的に是認することができるものでなければならず,かかる合理性を基礎付ける事実は,被告において主張立証しなければならないと解するのが相当である。
そこで,以下,上記の見地から,本件区割規定の合憲性について検討する。
(2) 本件選挙区割りを定めた本件区割規定は,本件区割基準に基づき,①各都道府県間で,1人別枠方式により各都道府県にあらかじめ1を配分した上で,その余の数を人口に比例して各都道府県に配分する方法により選挙区数の配分(定数配分)をし,②各都道府県内において配分された定数を基にした選挙区割りを行うという方法により求められた区割りを,選挙区割りとして定めたものである。
そして,本件選挙区割りにおいて,上記方法による区割りの結果として,前記のとおり,①の段階で各都道府県間において,議員1人当たりの選挙人数に最大2倍を超える較差が生じており,②の選挙区割りによりこれが拡大し,各選挙区間において,議員1人当たりの選挙人数に最大2.425倍の較差が生じている。したがって,上記較差は,1人別枠方式を採用したことが主要な原因となって生じているものと認めることができる。
(3) 平成23年大法廷判決は,1人別枠方式について,以下のとおり,遅くとも前回選挙時において,合理性が失われており,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていたとの判示をした。
ア1人別枠方式については,相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し,人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とする旨の説明がされている。しかし,小選挙区選挙によって選出される議員は,いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず,全国民を代表して国政に関与することが要請されているのであり,相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄であって,地域性に係る問題のために,殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとはいい難い。
イ1人別枠方式の意義は,新しい選挙制度(小選挙区比例代表並立制)を導入するに当たり,直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県間の定数配分を行った場合には,人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減されることになるため,国政における安定性,連続性の確保を図る必要があると考えられたこと,何よりもこの点への配慮なくしては選挙制度の改革の実現自体が困難であったと認められる状況の下で採られた方策であるということにあるものと解される。しかし,遅くとも前回選挙時においては,小選挙区比例代表並立制は定着し,安定した運用がされるようになった段階に至っていたと評価することができ,もはや1人別枠方式の上記のような合理性は失われていたものというべきである。
ウ加えて,本件選挙区割りの下で生じていた選挙区間の選挙人数の較差は,前記のとおり,前回選挙時,最大で2.304倍に達し,較差2倍以上の選挙区の数も増加してきており,1人別枠方式の不合理性が投票価値の較差としても現れてきていたものということができる。
エそうすると,本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,遅くとも前回選挙時においては,立法時の合理性が失われたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていたものといわなければならない。そして,本件選挙区割りについては,前回選挙時において上記の状態にあった1人別枠方式を含む本件区割基準に基づいて定められたものである以上,これもまた,前回選挙時において,憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていたものというべきである。
(4) 本件選挙時において,前記第2の2(6)のとおり,本件区割基準規定のうち1人別枠方式を定めた部分は緊急是正法により削除されていた。
しかし,本件選挙は,上記削除前の本件区割基準に基づいて決定された選挙区割り(本件区割規定の定める本件選挙区割り)を維持したままで施行されたものであり,その選挙区割りは,上記削除にかかわらず,前回選挙と同様に,1人別枠方式を含む本件区割基準に基づいて定められたものとみるべきである。
そして,1人別枠方式による選挙区割りに合理性が認められないことは,平成23年大法廷判決の上記(3)の判示により明らかである。さらに,本件選挙時における小選挙区選挙区間の選挙人数の較差は前回選挙時に比べて拡大している。すなわち,前記第2の2(3),(5)によれば,前回選挙当日における小選挙区選挙区間の選挙人数の最大較差は,1対2.304であったのが,本件選挙当日には1対2.425に拡大し,較差が2倍以上となっている小選挙区は,前回選挙当日には45選挙区であったのが本件選挙当日には72選挙区に拡がっており,各都道府県単位でみても,議員1人あたりの選挙人数の最大較差は,前回選挙当日では1対1.978であったのが,本件選挙当日には1対2.040に拡大している。以上のとおり,1人別枠方式の不合理性が,投票価値の較差として,前回選挙時に存在した較差以上に拡大して現れていると認めることができる。
以上によれば,本件選挙時において,本件選挙区割りには現実に投票価値の不平等の結果が生じているところ,これは,選挙区割りを定めるについて合理性を認めることができない1人別枠方式を含む本件区割基準に基づき本件選挙区割りが定められたことによるものであって,被告は,上記結果を生じる本件選挙区割りの合理性を基礎付ける事実について,立証できていない。よって,本件選挙区割りは憲法の要求する投票価値の平等に反する違憲状態にあると認めることが相当である。
(5) 上記のとおり,本件選挙区割りは,憲法の要求する投票価値の平等に反する違憲状態にあるから,憲法上要求される合理的な期間内にこれが是正されないときは,本件選挙区割りを定める本件区割規定は憲法の上記要求に反し違憲と評価されることになると解することが相当である。
したがって,本件選挙までに,国会において,かかる違憲状態を是正するために憲法上要求される合理的期間を過ぎていれば,本件区割規定は違憲と評価され,これに基づいて施行された本件選挙の東京都第1区の小選挙区選挙は違法となり,合理的な期間内であれば,同規定は違憲状態ではあるが合憲と評価され,同選挙は適法なものとなる。そこで,以下,この点について検討する。
ア平成19年大法廷判決は,平成17年9月11日実施の総選挙の時点では,なお1人別枠方式を維持することにある程度の合理性があったと判示している。このこと等を考慮すると,国会が,1人別枠方式の合理性が失われており,本件選挙区割りが憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていたものと認識できたのは,平成23年大法廷判決が言い渡されたときと認めるのが相当である。そうだとすると,国会が,平成23年大法廷判決が言い渡された後,憲法上要求される合理的期間内にこれを是正しないときには,選挙制度の具体的仕組みの決定について国会が有する裁量権の限界を超えると判断され,本件選挙区割りを定める本件区割規定が憲法に違反すると評価されるに至るものと解するのが相当である。
そこで,国会が,平成23年大法廷判決が言い渡された時点から本件選挙時までの1年8か月余の間に,憲法上要求される合理的期間が経過したにもかかわらず,国会が上記状態を是正しないまま本件選挙時に至ったかどうかについて検討する。
イ被告は,平成23年大法廷判決の指摘に従い,1人別枠方式を廃止して選挙を行うためには,現行の選挙制度の全体的,抜本的な作り替えをするのに匹敵する検討と作業を要するものであるから,是正を行うについての国会における審議等には,かなりの期間を要し,選挙区割りが憲法が要求している投票価値の平等に反し違憲であるとされた過去の事例に比較して,より以上の期間を要すると主張する。
確かに,本件選挙区割りについて,1人別枠方式の廃止を反映する是正を行うためには,全ての都道府県に1人ずつ配分された定数の再配分を行った上で,定数の変更が行われる都道府県内の選挙区割りを見直すことが必要となる(なお,小選挙区選挙についても,各都道府県を単位として定数配分を行うことが投票価値の大きな較差を是正し平等を実現するためには限界があるとされる場合には,それ自体の見直しが必要になることについては,最高裁平成23年\(行ツ\)51号同24年10月17日大法廷判決(最高裁HP)の説示するとおりである。)。しかし,平成23年大法廷判決によって,1人別枠方式が不合理であることを理由として,これに基づく選挙区割りが違憲の状態にあることが確定された状況下では,早期にこれを是正することが要請されるのであり,選挙区割りを決定する上での憲法上の基本的な要請である投票価値の平等の見地に従って上記再配分を行うことに特段長期の期間を要するとは考え難い。都道府県別の選挙区の定数の配分について,従前の配分の基準を規定していた本件区割基準において考慮されていなかったその余の事情を新たに考慮することによって違憲状態の是正を遅らせることは,選挙制度の仕組みの具体的決定について,国会が裁量を有すること考慮しても許容されるものではない。また,都道府県内の選挙区割りの見直しについて,対象となる選挙区数が相当数に上ることは容易に予想されるものの,選挙区の改定は特別の事態ではなく,区画審設置法において,区画審による選挙区の改定案の作成及び内閣総理大臣への勧告のための期間として,統計法5条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされていること(区画審設置法4条),さらには,緊急是正法においても,選挙区割りの改定案に係る区画審の勧告が前記のとおり同法の施行日から6か月以内に行われることを予定していること(緊急是正法附則3条3項)に照らせば,国会において,本件選挙時までに,区画審による改定案の策定,勧告の手続を経て本件区割規定の是正を行うことが困難であったと認めるには足りないというべきである。
なお,被告は,最高裁判所の判例上,憲法が要求している投票価値の平等に反する状態について憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかったと判断された判例である昭和51年大法廷判決及び昭和60年大法廷判決を挙げて,是正に要する期間として長期間が必要であると主張する。しかし,これらの判例において参照されている8年余等の期間は,問題とされた選挙の直前における選挙区割規定(公職選挙法)の改正が行われた時点から当該選挙までの期間であり,選挙区割りが憲法に反する状態であることを国会において認識し得た時点からのものではない(各事案に鑑みれば,是正そのものに必要な期間としてではなく,選挙区間の人口較差が次第に拡大する過程で,国会において,選挙区間の投票価値の較差が違憲状態に至ったと判断するために必要な期間として,相当な期間を要することを念頭に認定されたものと解することが相当である。)から,これをもって,本件において,憲法が要求している投票価値の平等に反する状態が憲法上要求される合理的期間内に是正されたかどうかを認定するための根拠とすることは相当ではない。よって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ次に,被告は,平成23年大法廷判決の後に,国会による投票価値の較差是正のための取組が行われていると主張するので,この点について検討する。
証拠(乙1ないし9,枝番を含む。)によれば,次の事実を認めることができる。
(ア) 区画審は,平成23年3月28日,平成23年大法廷判決の判示内容を踏まえて,小選挙区選挙区間における投票価値の較差をできるだけ速やかに是正し,違憲状態を早期に解消するために,1人別枠方式の廃止やこれを含む本件区割基準に基づいて定められた本件選挙区割りの改定を行わなければならないことを確認した(乙1の1及び2)。
(イ) 国会では,衆議院選挙制度に関する各党協議会が設置され,第1回会合が平成23年10月19日に開催されて以降,投票価値の較差の是正について,衆議院議員選挙制度の抜本改革及び衆議院議員定数削減といったテーマとともに協議が重ねられた(乙2の1ないし7)。
(ウ) 上記各党協議において,投票価値の較差是正に関しては,遅くとも平成24年2月8日の協議会の時点では異論がなく,緊急対応として法案を提出すべき旨の意見も出されていた。しかし,定数削減び選挙制度の抜本改革と同時決着を目指す方向で協議が継続され,投票価値の較差是正のための法案提出は見送られた(乙2の1ないし4)。
平成24年4月25日開催の第16回会合では,次回の衆議院議員総選挙のための緊急措置として,1人別枠方式を廃止し,小選挙区選出議員の定数を「0増5減」すること,これと併せて,比例代表選出議員の定数を75削減し,ブロック比例代表制を全国比例代表制に改め,比例代表選出議員の定数100のうち3割を連用制(有権者が小選挙区と比例代表で計2票を投じ,小選挙区で獲得議席の少ない政党に優先的に比例代表の議席を割り振る制度のこと)とすることなどを内容とする「座長とりまとめ私案」が提案された。しかし,1人別枠方式の廃止及び小選挙区選出議員の定数の「0増5減」以外の提案について意見がまとまらず,結局,採用されるには至らなかった(乙3の1及び2)。
なお,上記協議の過程において,平成23年大法廷判決に対応する小選挙区選挙区間における投票価値の較差の是正に関しては,「0増5減」案以外の提案があったことを認めるに足りる証拠は存在しない。
(エ)第180回国会において,Aは,平成24年6月18日,1人別枠方式の廃止,小選挙区選出議員の定数の5人削減(「0増5減」案)及び比例代表選出議員の定数の40人削減等を内容とする「公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」を衆議院に提出し,同法案は,同月26日,衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会に付託された。他方,Bは,同年7月27日,同国会において,「衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」(以下「緊急是正法案」という。)を衆議院に提出し,緊急是正法案は,同年8月23日,上記特別委員会に付託された。(乙4の1及び2,乙5の1)その後,A提出に係る上記法律案は審議未了により廃案とされたが,B提出に係る緊急是正法案については,継続審理案件とされ,第181回国会において,衆参両院で可決され,同年11月16日に緊急是正法が成立し,同月26日,公布された(乙4の1,乙5の1及び2,乙6)。
緊急是正法について,国会において,平成23年大法廷判決によって指摘された違憲状態を早期に解消することを目的とするものとして法案の趣旨及び内容の説明が行われている(乙7の特別委員会議録6頁)。
(オ) 緊急是正法の施行を受けて,区画審は,平成24年11月26日,同法附則3条3項による区割りの改定案の勧告期限である平成25年5月26日までの今後の審議の進め方を確認した(乙8の1及び3)。
また,区画審は,策定した審議の進め方に従い,平成24年12月10日に緊急是正法に基づく区割りの改定案の作成方針(素案)の審議を行った。また,区画審では,今後,区割りの改定案を勧告するまでの間に,区割りの改定案の作成方針の審議,決定や,具体的な区割りの審議が予定されている。(乙9の1及び2)(カ)上記(ア)ないし(オ)で認定した事実によれば,国会内においては,平成23年大法廷判決への対応として,緊急是正法の内容(「0増5減」案)によって衆議院小選挙区における投票価値の較差を是正することについては,大きな異論はなく,法案化及び審議が遅延したのは,政党間に意見の対立があった衆議院議員の定数削減問題等を同時に決着させようとしたためであり,上記是正を先行させれば,本件選挙までの間に緊急是正法に基づく選挙区割りの是正が十分に実現し得たものと認めることができる。
したがって,国会における投票価値の較差の是正のための緊急是正法の立法に至る経過については,同法による投票価値の較差の是正内容が平成23年大法廷判決に沿うものであるかどうかについて判断するまでもなく,これを根拠として,平成23年大法廷判決から本件選挙までの間に憲法上要求される合理的期間が経過していないと認めることは相当ではない。
エ小括以上によれば,憲法が要求している投票価値の平等に反する状態に至っていた本件選挙区割りは,平成23年大法廷判決時点を起点として,その後,憲法上要求される合理的期間内における是正が行われないまま本件選挙時に至ったと認めることが相当である。
したがって,本件選挙の選挙区割りを定めた本件区割規定は,本件選挙当時,憲法が要求している投票価値の平等に反し,違憲であったというべきである。
4 本件選挙の効力について
(1) 選挙区割規定が憲法が要求している投票価値の平等に反して違憲である場合,これを是正するためには,当該規定の改正という立法手続を要することになる。これを考慮すると,上記違憲を理由とする選挙無効訴訟においては,選挙区割規定が違憲と判断される場合においても,これに基づく選挙を常に無効とすべきものではない。選挙を無効としない場合には,憲法の要求する投票価値の平等が実現されず,選挙人の基本的権利である選挙権が制約されているという不利益など当該選挙の効力を否定しないことによる弊害が生じる。他方,選挙を無効とした場合には,当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で選挙区割規定の是正を行わざるを得ないなど一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することによってもたらされる不都合等が生じる。そこで,裁判所としては,上記弊害,不都合等,その他諸般の事情を総合的に考慮し,いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して,選挙を無効としないのが相当か否かを判断するのが相当である(昭和51年大法廷判決参照)。なお,選挙を無効とした場合に,不都合が存在すると判断される場合においては,選挙は無効とするものの,その効力は判決確定後一定期間が経過した後に始めて発生するという将来効に限定する判決をすることも含めて上記考察を行うことが相当である。
(2) 上記判断基準に照らし,本件選挙の効力を無効とするのが相当か否かについて検討する。
平成23年大法廷判決によって,本件選挙区割りの下での選挙区間の較差が憲法が要求している投票価値の平等に反する状態にあることが明確に判示され,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要がある旨の強い警鐘が鳴らされたにもかかわらず,国会において本件区割規定の是正が早急に行われないままに本件選挙が施行されるに至った経過は,看過することができない。
しかし,国会においては,上記状態を是正するについて合理的な期間を経過したといわざるを得ないものの,平成23年大法廷判決によって指摘された違憲状態を早期に解消することを目的とするものとして緊急是正法を制定するなど,同判決の判示に従って違憲状態にある本件選挙区割りを是正する対応を示しており,今後,これを憲法が要求している投票価値の平等にかなったものに是正していくことが期待できる。国会においては,早急な是正が望まれるところである。
その他,緊急是正法の下で,本件選挙後,選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が2倍未満に是正されることが予定されていること等本件に現れた諸般の事情を併せ考察すると,本件は,前記の一般的な法の基本原則に従い,本件選挙が憲法に違反する選挙区割規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示し,主文において本件選挙の違法を宣言するにとどめるのが相当である。
第4 結論
以上のとおり,原告の請求は,本件選挙を違法とする主張については理由があるものの,本件の諸般の事情を総合的に考慮すると,選挙自体はこれを無効としないこととするのが相当である。よって,事情判決の制度の基礎に存する一般的な法の基本原則を適用して,本件請求を棄却した上で,小選挙区東京都第1区における本件選挙が違法であることを主文において宣言するにとどめることとし,訴訟費用については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書を適用してすべて被告の負担とすることとする。