平成25年3月29日判決言渡
平成21年\(行コ\)213号公金支出差止等請求(住民訴訟)控訴事件
主文
1 原判決主文1項(1)(4)及び2項を,次のとおり変更する。
(1) 本件訴えのうち,以下の部分をいずれも却下する。被控訴人東京都水道局長に対し,α1ダムに関し,特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金,水源地域対策特別措置法12条1項1号に基づく水源地域整備事業の経費負担金及び財団法人aの事業経費負担金の支出の差止めを求める訴えのうち,平成24年12月21日までにされた支出の差止めを求める部分被控訴人東京都建設局総務部企画計理課長に対し,α1ダムに関し,河川法63条に基づく受益者負担金の支出命令の差止めを求める訴えのうち,同日までにされた支出命令の差止めを求める部分被控訴人東京都都市整備局総務部企画経理課長に対し,α1ダムに関し,水源地域対策特別措置法12条1項2号に基づく水源地域整備事業の経費負担金及び財団法人aの事業経費負担金の支出命令の差止めを求める訴えのうち,同日までにされた支出命令の差止めを求める部分被控訴人東京都財務局経理部総務課長に対し,α1ダムに関し,東京都水道局長が特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金を支出するについて,これを補助するために行う一般会計から水道事業特別会計に対する繰出金の支出命令の差止めを求める訴えのうち,同日までにされた支出命令の差止めを求める部分
(2) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 その余の本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人東京都水道局長は,α1ダムに関し,次の各負担金を支出してはな
らない。
(1) 特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金
(2) 水源地域対策特別措置法12条1項1号に基づく水源地域整備事業の経
費負担金
(3) 財団法人aの事業経費負担金
3 被控訴人東京都水道局長が国土交通大臣に対しα1ダム使用権設定申請を取
り下げる権利の行使を怠る事実が違法であることを確認する。
4 被控訴人東京都知事は,α1ダムに関し,以下の各課長に,各負担金又は繰
出金の支出命令をさせてはならない。
(1) 東京都建設局総務部企画計理課長に,河川法63条に基づく受益者負担金
(2) 東京都都市整備局総務部企画経理課長に,水源地域対策特別措置法12条1項2号に基づく水源地域整備事業の経費負担金
(3) 東京都都市整備局総務部企画経理課長に,財団法人aの事業経費負担金
(4) 東京都財務局経理部総務課長に,東京都水道局長が特定多目的ダム法7条に基づく建設費負担金を支出するについて,これを補助するために行う一般会計から水道事業特別会計に対する繰出金5(1)被控訴人東京都建設局総務部企画計理課長は,α1ダムに関し,河川法63条に基づく受益者負担金の支出命令をしてはならない。
(2) 被控訴人東京都都市整備局総務部企画経理課長は,α1ダムに関し,水源地域対策特別措置法12条1項2号に基づく水源地域整備事業の経費負担金の支出命令をしてはならない。
(3) 被控訴人東京都都市整備局総務部企画経理課長は,α1ダムに関し,財団法人aの事業経費負担金の支出命令をしてはならない。
(4) 被控訴人東京都財務局経理部総務課長は,α1ダムに関し,東京都水道局長が特定多目的ダム法7条に基づく建設経費負担金を支出するについて,これを補助するために行う一般会計から水道事業特別会計に対する繰出金の支出命令をしてはならない。
6 被控訴人東京都知事は,東京都を代表して次の損害賠償請求をせよ。
bに対し,149億0473万5146円及びうち18億6418万9492円に対する平成16年9月10日から支払済みまで,うち130億4054万5654円に対する平成20年10月16日から支払済みまで各年5分の割合による遅延損害金
7 被控訴人東京都水道局長は,東京都を代表して次の損害賠償請求をせよ。
(1) cに対し,11億2500万円及びこれに対する平成16年9月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
(2) dに対し,2億0500万円及びこれに対する平成16年9月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
第2 事案の概要
1 α1ダムは,国を事業主体としてα2川水系α3川に新築が計画されている多目的ダムであり,水源地域対策特別措置法2条2項に規定する指定ダムである。
東京都は,α1ダムに関する特定多目的ダム法(以下「特ダム法」という。)に基づくダム使用権設定予定者であり,同法7条に基づきα1ダムの建設に要する費用(以下「建設費負担金」という。)を負担し,河川法63条に基づきα1ダムに係る受益者負担金を負担し,水源地域対策特別措置法(以下「水特法」という。)12条1項に基づきα1ダムに係る水源地域整備事業の経費を負担し,財団法人a(以下「本件基金」という。)の事業経費負担金を負担している。
被控訴人東京都水道局長(以下「被控訴人水道局長」という。)は,東京都が経営する水道事業及び工業用水道事業に関して東京都を代表する権限を有する者である。
被控訴人東京都建設局総務部企画計理課長(以下「被控訴人建設局課長」という。)は,被控訴人東京都知事(以下「被控訴人知事」という。)から河川法63条に基づく受益者負担金(以下「受益者負担金」という。)の支出命令権限を委任されている者である。
被控訴人東京都都市整備局総務部企画経理課長(以下「被控訴人都市整備局課長」という。)は,被控訴人知事から水特法12条1項に基づく経費負担金(以下「水特法負担金」という。)及び本件基金の事業経費負担金(以下「基金負担金」という。)の支出命令権限を委任されている者である。
被控訴人東京都財務局経理部総務課長(以下「被控訴人財務局課長」という。)は,被控訴人知事から東京都水道局長の支出する建設費負担金の支出を補助するための東京都の一般会計から水道事業特別会計に対する繰出金(以下「一般会計繰出金」という。)の支出命令権限を委任されている者である。
bは,平成16年9月10日以前の1年間において東京都知事の地位にあった者,cは,平成15年9月9日から平成16年7月15日まで東京都水道局長の地位にあった者,dは,平成16年7月16日から平成16年9月9日まで東京都水道局長の地位にあった者である。
本件は,東京都の住民である控訴人らが,α1ダムのダム使用権は東京都の水道事業に不要であり,東京都はα1ダムにより治水上の利益も受けない上,α1ダムのダムサイトがダム建設に不適格でありダム湖には地すべりの危険があって,α1ダムが河川法上の河川管理施設としての性状と機能を有しておらず,また,α1ダムの建設計画が環境保護法令に違反する違法な事業であって,α1ダムに関する建設費負担金,受益者負担金,水特法負担金,基金負担金及び一般会計繰出金の各支出が違法であると主張して,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,次の(1)(3)(4)の差止めを求め,ダム使用権設定予定者の地位が地方自治法237条の「財産」に当たり,被控訴人水道局長が,α1ダムにより東京都が治水上の利益を受けないにもかかわらずダム使用権設定申請を取り下げない行為が「財産の管理を怠る事実」に当たると主張して,地方自治法242条の2第1項3号に基づき次の(2)の違法確認を求め,東京都知事であったbが,違法な支出をしない義務を負うにもかかわらず,その義務に反して受益者負担金,水特法負担金,基金負担金,一般会計繰出金の各支出をし,東京都水道局長であったc及びdが,違法な支出をしない義務を負うにもかかわらず,その義務に反して建設費負担金,水特法負担金及び基金負担金の各支出をして東京都に損害を与えたと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被控訴人知事に対し,次の(5)アの損害賠償の請求を,被控訴人水道局長に対し,次の(5)イ,ウの損害賠償の請求をすることを求める事案である。
(1) 被控訴人水道局長に対し,建設費負担金,水特法負担金及び基金負担金の支出の差止め
(2) 被控訴人水道局長が国土交通大臣に対しα1ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実の違法確認
(3) 被控訴人知事に対し,以下の行為の差止め
ア被控訴人建設局課長に,受益者負担金の支出命令をさせる行為
イ被控訴人都市整備局課長に,水特法負担金及び基金負担金の支出命令をさせる行為
ウ被控訴人財務局課長に,一般会計繰出金の支出命令をさせる行為
(4) 以下の支出命令を行う行為の差止め
ア被控訴人建設局課長に対し,受益者負担金の支出命令
イ被控訴人都市整備局課長に対し,水特法負担金及び基金負担金の支出命令
ウ被控訴人財務局課長に対し,一般会計繰出金の支出命令
(5) 以下の各損害賠償請求
アbに対し,149億0473万5146円及びうち18億6418万9492円に対する平成16年9月10日から,うち130億4054万5654円に対する平成20年10月16日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金
イcに対し,11億2500万円及びこれに対する平成16年9月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
ウdに対し,2億0500万円及びこれに対する平成16年9月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
2 原審は,被控訴人らの訴えのうち,被控訴人水道局長に対し,建設費負担金,
水特法負担金及び基金負担金の支出の差止めを求める部分のうち,原審口頭弁論終結日である平成20年11月25日までにされた支出の差止めを求める部分,被控訴人水道局長が国土交通大臣に対しα1ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実が違法であることの確認を求める部分,被控訴人知事に対し,被控訴人建設局課長に受益者負担金の,被控訴人都市整備局課長に水特法負担金及び基金負担金の,被控訴人財務局課長に一般会計繰出金の各支出命令をさせる行為の差止めを求める部分,被控訴人建設局課長に対し,同日までにされた受益者負担金の支出命令の差止めを求める部分,被控訴人都市整備局課長に対し,同日までにされた水特法負担金及び基金負担金の支出命令の差止めを求める部分,被控訴人財務局課長に対し,同日までにされた,一般会計繰出金の支出命令の差止めを求める部分に係る訴えをいずれも却下し,控訴人らのその余の請求をいずれも棄却した。
これに対し,控訴人らが控訴した。
3 法令の定め,争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張は,当
事者の当審における主張をも踏まえ,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2事案の概要」の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決6頁24行目末尾の次に,改行の上,以下のとおり加える。「(4)地方公営企業法17条の2,同法18条1項地方公営企業法17条の2は,その性質上当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てることが適当でない経費及び当該地方公営企業の性質上能率的な経営を行ってもなお,その経営に伴う収入のみをもって充てることが客観的に困難であると認められる経費で政令で定めるものは,地方公共団体の一般会計又は他の特別会計において,出資,長期の貸付け,負担金の支出その他の方法により負担するものとし(1項1,2号),同法18条1項は,地方公共団体は,上記のもののほか,一般会計又は他の特別会計から地方公営企業の特別会計に出資をすることができる旨定めている。」
(2)同8頁16行目末尾の次に,改行の上,以下のとおり加える。
「エ α1ダムは,昭和61年3月18日水源地域対策特別措置法に基づく国の指定ダムとして指定された(昭和61年政令第28号)。内閣総理大臣は,平成7年11月28日水源地域対策特別措置法4条3項に基づく水源地域整備計画を決定し,平成7年12月19日告示した(平成7年総理府告示第52号)。
オ昭和51年12月22日,国および東京都,埼玉県,千葉県,茨城県,
群馬県及び栃木県により,本件基金が設立され,本件基金は,昭和62年10月20日,α1ダムを基金の対象となるダムに指定した(乙1)」。
(3)同8頁17行目の「エ」を「カ」と改める。
(4)同9頁19行目の「平成8年2月22日,」の次に,「「α2川水系α3
川α1ダムに係る水源地域整備事業に要する下流受益者負担に関する協定書」及び「α2川水系α3川α1ダムに係る水源地域整備事業の実施及び負担金の取扱い等に関する覚書」を締結し,」を加え,同10頁7行目の「平成8年4月15日,の次に」「被控訴人知事と被控訴人水道局長との間で「α2川水系α3川α1ダムに係る水源地域整備事業に要する下流受益者負担に関する協定書」に伴う負担割合に関する覚書」が締結され,」を加える。
(5)同11頁1行目末尾の次に,改行の上,以下のとおり加え,同頁10行目
の「乙14,」の次に「16の1・2,」を加える。
「本件基金は,α2川水系及びα4川水系におけるダム等の建設に伴い必要となる水没関係住民の生活再建対策と水没関係地域の振興対策に必要な資金の貸付け,交付等の援助及び調査を行うことにより,当該ダム等の建設促進,水没関係住民の生活安定及び水没関係地域の発展に資することを目的として,昭和51年12月許可を得て設立された。本件基金の寄附行為において,本件基金は,上記目的を達成するため,関係地方公共団体等が講ずる水没関係住民の不動産取得に必要な措置に対する資金の貸付け,交付等の援助等の事業を行うものとし(4条1項),上記の事業の実施については,別に定める業務方法書によるものとされている(同条2項)。そして,「財団法人a業務方法書」は,「基金は,その事業に要する経費の負担について,ダム等ごとに,当該ダムの関係都県と協定を結ぶものとする。旨を定めている」(8条)(乙14,49)。」
(6)同13頁3行目の「地方財政法」の次に「3条2項,」を加える。
(7)同13頁13行目の「含まれるところ,」の次に「ダム使用権設定予定者
の地位は,将来ダム使用権を排他的に確実に確保できる地位であり,かつ,許可を受けさえすれば実際にダムによる流水を特定用途に供することができる権利であるから,用益物権に類似した実質を伴う権利であって,」を加え,同頁21行目の「含まれ,」の次に「,そうである以上,被控訴人水道局長はこれを適切に管理する必要があり,当該地位を保持すること自体が東京都に不利益をもたらす以上,これを放棄することも,当然に「財産」の「管理」に当たることは明らかである。したがって,」を加える。
(8)同14頁24行目の「地方財政法」の次に「3条2項,」を加える。
(9)同15頁3行目の「東京都の水道事業を実施するために」を「α1ダムに
より貯留される予定の流水を東京都が利用する利水上の必要性は全くなく,東京都の利水のために,α1ダムについてダム使用権の設定を受ける必要はない。東京都の水道事業を実施するために」と改める。
(10)同15頁5・6行目の「最少経費原則に違反し,」を「最少経費原則に
違反するとともに,地方財政法3条2項,地方公営企業法17条の2第2項にも違反し,さらに,」と改める。
(11)同15頁12行目の「また,」から同頁19行目末尾までを,次のとお
り改める。
「被控訴人水道局長による上記支出は,国土交通大臣による納付通知に基づくものであるが,当該納付通知は,被控訴人水道局長によるα1ダムのダム使用権設定申請に基づき東京都がα1ダム使用権設定予定者の地位を得ていることによるものであるところ,被控訴人水道局長は,特ダム法12条によりα1ダムの使用権設定申請を取り下げることによって容易に建設費負担金の負担を免れることができるのであり,このことは,ダム使用権設定予定者が当該ダム事業から撤退する場合の費用清算ルールを定めた特定多目的ダム法施行令の平成16年改正の趣旨からも明らかである。
そして,特ダム法12条が予定しているダム使用権設定申請を取り下げる権利(以下「撤退権」という。)の行使は,ダム使用権設定行為やこれを含む基本計画(同法4条)が違法と評価されることを前提とせず,申請者側において自由に行使することができる権利である。したがって,被控訴人水道局長が,国土交通大臣の納付通知を尊重してこれに応じた財務会計法上の措置を採る義務があることを理由として,撤退権の行使を怠ることはできないというべきであり,ダム使用権設定予定者たる地位を維持することが,それに伴う負担金支出の継続を上回る利益を水道事業にもたらさないことが客観的に認められる場合には,被控訴人水道局長は,撤退権を行使して爾後の負担金支出義務を回避すべき義務があり,これを行使することなく漫然と負担金の支払をすることは,違法な財務会計行為と評価される。
さらに,水道事業については独立採算制の原則が法定されており,収入を確保する面での自由度は高くないことから,支出の原因となる事業の合理性の判断の自由度も高くないというべきであり,被控訴人水道局長の裁量判断の適否は,判断の基礎とされた事実に関する認識が適正であるか,その前提として事実に関する必要かつ十分な調査がなされているか,以上を基礎とした将来予測が適正になされているか,判断をなす上で重要な観点が全て取り上げられており,判断に入れるべきでない観点が入れられていないか,以上の全ての重要な観点に適正な比重が与えられた上で比較考量がなされているかを基準として判断されるべきであり,かつ,上記の事実の認識及び調査は,当時利用可能な最新の知識,知見に基づいて実施される必要があるというべきである。
被控訴人水道局長がダム使用権設定申請をした昭和60年当時,東京都の水道需要は1日最大配水量約590万立方メートルであり,経年の需要実績の傾向は600万立方メートル/日で横ばいであり,昭和61年度になされた水道需要予測では平成7年時点で約670万立方メートル/日とされ,供給能力はα5地区の地下水を含め600万立方メートル/日であった。これに対し,後記イのとおり,現在,水道需要は1日最大配水量が平成23年度480万立方メートル,平成24年度が469万立方メートルであり,経年の需要実績の傾向は減少傾向にあり,給水人口は平成32年度をピークに減少に転ずると予測されており,供給能力は687万立方メートル/日まで増加している。以上のとおり,ダム使用権設定申請当時と現時点とでは,ダム使用権設定申請に関して考慮されるべき事実関係が大きく異なっている。ところが,被控訴人水道局長は,平成4年度以降10年以上にわたり1日最大配水量の実績が減少傾向にあったにもかかわらず,事実を適正に認識せず,節水機器の普及など上記の傾向を合理的に説明できる根拠があったのに必要な調査を十分に行わず,水道需要の傾向が変化する以前の実績を含む実績値をもとに,ダム使用権設定申請の取下げをしないという判断を行っているのであり,その判断には裁量権の逸脱がある。また,保有水源の評価についても,適正に事実を認識せず,地下水を安定的に使用するために必要な施策,費用等を十分調査することなく,また,地下水の水質に関する問題点を河川水の水質に関する問題点と比較して過大に評価して適切な重み付けをせずに,α5地区の地下水を保有水源に含めず,合理的な根拠の有無について十分な調査を行わないまま保有水源量の切下げ評価を行っており,被控訴人水道局長の判断には裁量権の逸脱がある。
仮に,以上の判断が,合理的な裁量の範囲内と評価されるとしても,現実に水源の不足が発生する可能性は極めて小さく,万一の不足の際にはα5地区の地下水を活用することができ,東京都の人口が平成32年にピークを迎え,以後減少に転じると予測されており,α1ダムの完成年度も平成32年度になる見通しであること,必要性の低い新規水源に費用を支出することにより,既存の水道施設の維持更新を妨げ安定給水を阻害する要因となることを考慮すれば,ダム使用権設定申請を取り下げるとの判断がなされるはずであり,これを行わない被控訴人水道局長の判断は,重要な考慮要素を考慮せず,考慮すべきでない事項を考慮するものであって,裁量権の逸脱がある。
さらに,α1ダム事業計画は,後記オのとおり,自然環境等に極めて重大な影響を及ぼすおそれが大きく,生物多様性条約,種の保存法9条に違反する結果となることが確実であるにもかかわらず,条理及び生物多様性条約に基づき実施すべき適切な環境影響評価が実施されておらず,環境保護法令に違反する明白な違法があり,被控訴人水道局長がダム使用権設定申請を行い,これを取り下げずに建設費負担金を支出することは,先行行為に財務会計法上看過し得ない著しい瑕疵があり,違法である。」
(12)同15頁21行目冒頭から同16頁13行目末尾までを,次のとおり改
める。
「国の東京都に対する受益者負担金の納付通知は河川法63条1項に基づくものであり,東京都がα1ダムによって同項所定の「著しく利益を受ける」ことを要件として,受益者負担金の支払義務が生じるものである。したがって,東京都がα1ダムによって同項所定の「著しく利益を受ける」ことがないのであれば,国土交通大臣による納付通知は違法,無効であって,東京都は,違法,無効な納付通知に従う義務はなく,かかる違法,無効な納付通知に基づき受益者負担金を支出することは,地方財政法4条,地方自治法138条の2に基づく財務会計法規上の義務に違反した違法な行為となる。
河川法63条1項所定の「著しい利益」は,抽象的なものではなく具体的に把握することが可能なものであることが予定されており,東京都に具体的に著しい利益があるか否かを,過去の主要な洪水,高潮等及びこれらによる災害の発生を防止すべき地域の気象,地形,地質,開発の状況等を総合的に考慮(河川法施行令10条1号)して把握することを要する。そして,受益者負担金を受益都道府県が任意に支払わない場合においても,同法74条による強制徴収の制度の適用はないというべきであるから,国土交通大臣が同法63条に基づく負担金の納付通知を受益都道府県に対してした場合に,著しい利益の不存在やその過大把握等によって当該納付通知がその根拠を欠く場合には,当該都道府県にはその通知に係る負担金を負担する義務はなく,客観的に義務のない支払をすることについて免責されることもない。
なお,地方財政法25条3項は,国が地方公共団体の負担金を法令の定めるところに従って使用しなかったときに,地方公共団体は国に対し負担金の支出を拒否し,また,支出済みの負担金の返還を請求することができる旨を規定するところ,国が東京都に対して受益者負担金の支出を求めることのできる根拠が,河川法63条1項所定の「著しく利益を受ける」ことにある以上,東京都がα1ダムによって上記「著しく利益を受ける」ことがない場合には,負担金の支出を求める根拠が失われるのであるから,当初から「法令の定めるところに従って使用されることのあり得ない負担金の支出を求めるものとなり,東京都は,地方財政法25条に基づき,その負担を拒否でき,また負担を拒否すべき義務を負うことも明らかである。
したがって,国土交通大臣が河川法63条1項に基づき根拠のない納付通知をした場合には,都道府県の執行機関は,その是正のために執り得る手段を尽くす義務(地方自治法138条の2)を負い,地方自治法は,地方公共団体の負担に属する経費(232条1項)でなければ支出負担原因とすることを許さないのであるから,α1ダムの設置により東京都に河川法63条1項所定の「著しい利益」が存在しないにもかかわらず,被控訴人建設局課長が受益者負担金の支出命令を行うことは,違法な財務会計行為となる。
そして,河川法63条1項に規定する「著しい利益」とは「重大かつ明白な利益」と言い換えることができ,「著しい利益」が存在するというためには,α1ダム建設により,東京都が「一般的な利益を超過する特別の利益」といえるほどに重大な利益を受けることが明白であると判断すべき事情が存在することを被控訴人らが主張立証する必要がある。
さらに,国土交通大臣による受益者負担金の納付通知が適法というためには,α1ダムの建設計画自体に治水対策上の合理性が認められることが必要であり,その建設計画に関する行政機関の裁量判断に関しては,判断に係る事実の基礎の有無,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くかどうか,他事考慮の有無等を判断してその合理性,適切性を審査しなければならず,その結果,α1ダムの建設計画に治水対策上の合理性が認められないのであれば,国土交通大臣による受益者負担金の納付通知は違法というべきであるところ,後記ウのとおり,治水対策上α1ダムの不要性は明らかである。
また,河川法に基づくダムは,同法3条2項に定める河川管理施設としての客観的効用すなわち「河川の流水によって生ずる公利を増進し,又は公害を除却し,若しくは軽減する効用を有する施設」としての性状と機能を備えている必要があり,そのためには,ダムサイト周辺の岩盤,地質はダムを建設するための適格性があり,ダム湖周辺の地盤は安定しており地すべりの危険がないことが前提条件となるのであって,かかる前提条件を欠く場合には,当該ダムは河川法に基づく河川管理施設とはいえず,また,そのようなダムによって東京都が「著しく利益を受ける」ことはあり得ないから,当該ダムについて東京都が受益者負担金を支出することは違法である。そして,ダムサイトに危険性がないことについても被控訴人が立証責任を負うというべきであるところ,後記エのとおり,国土交通省の行ったα1ダムのダムサイトの地盤・地質に関する調査は極めて不十分なものであり,ダムサイトの基礎地盤の安全性を裏付けるものとなっておらず,また,ダム湖周辺の地盤等に地すべりの危険性があり,その危険性を確実に除去できる建設計画となっていない。したがって,α1ダムは,河川管理施設としての客観的効用を備えておらず,東京都がα1ダムについて受益者負担金を支出することは違法である。
さらに,α1ダム建設事業は,後記オのとおり,条理上の環境影響評価義務,生物の多様性に関する条約及び絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律等に違反する違法な事業であり,これに東京都が公金を支出することは,地方自治法2条14項,16項,地方財政法4条1項に違反し,違法である。
仮に最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決(昭和61年\(行ツ\)133号・民集46巻9号2753頁)の判断基準に従うとしても,国土交通大臣による受益者負担金の納付通知が著しく合理性を欠き,そのため予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の有無によって受益者負担金の支出が適法か否かが判断されるべきであり,その判断は,東京都がα1ダムによって河川法63条1項所定の「著しく利益を受ける」か,α1ダムが同法に基づく河川管理施設としての性状と機能を具備するか否か,α1ダム建設計画の治水対策上の合理性の有無及び環境保護法令への適合の有無に基づき判断されるべきであり,かつ,受益者負担金の支出の適法性の主張立証責任は被控訴人らにあるというべきであって,控訴人らが財務会計行為の違法性について合理的な疑いを生ぜしめる程度の立証をした場合には,適確な反証がない限り当該財務会計行為は違法と評価されるべきである。
以上のとおり,国土交通大臣による納付通知に対して,漫然と支出決定をすることは,地方財政法4条1項,地方自治法138条の2に基づく財務会計法規上の義務に違反し,違法である。」
(13)同16頁19行目の「限られるところ,」の次に「後記イ,ウのとおり,」
を加え,同頁26行目の「また,」の次に,「上記負担金が発生する原因はα1ダム建設計画にあるところ,その建設計画を行う政策自体が著しく不合理であるから,これを前提とする本件水特法経費負担協定(乙13,29)も著しく不合理であり,東京都はこれに拘束されるものではない。そして,」を加える。
(14)同17頁5行目の「支出することは」の次に「地方財政法4条に違反し」
を加える。
(15)同17頁10行目の「また,」の次に「前記のとおり著しく不合理なα
1ダム建設計画を前提とする本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定も著しく不合理であり,東京都はこれに拘束されるものではない。さらに,」を加え,同行目の「無効でないとしても,」の次に「本件基金経費負担協定自体によって,東京都が直接具体的な負担金支払債務を負うこととなるものではなく,」を加える。
(16)同17頁21行目末尾の次に,「また,同法18条の2第1項は,一般
会計から特別会計への長期貸付けを許容しているが,違法な目的に支出する原資とするための貸付けや,貸付金がそれによって手当てした水利権に見合う事業収入によって回収できる見込みを伴わない場合には,違法な公金の支出と評価されるべきものである。」を加える。
(17)同18頁3行目冒頭から同頁20行目末尾までを,次のとおり改める。
「(ア) 東京都の水需要の実績は,その保有水源量を大幅に下回っており,しかも水需要は年々減少している。
(イ) 東京都が平成15年12月に策定した水需給計画の予測では,平成17年度には1日最大配水量が590万立方メートルとなり,平成22年度から平成25年度には600万立方メートルになると予測していた。
しかし,東京都の1日最大配水量の実績は,平成4年度以降年々減少しており,平成17年度には508万立方メートルにとどまり,平成20年度には488万立方メートルにまで縮小し,平成23年度には480万立方メートル,平成24年度には469万立方メートルにまで落ち込んでいる。
その原因は,節水型機器の普及による1人1日当たり使用水量の減少や漏水量の減少にあり,今後ともこの傾向が続くと考えるのが合理的であり,これが増加傾向に転じることは考え難い。
さらに,東京都が水需要予測において用いている計画負荷率81パーセントは,年度による変動の幅を考慮しても過小であり,不合理である。
(ウ) 一方で,東京都の保有水源は618万立方メートルあり,さらに,α5地域では水道水源として1日約40万立方メートルの地下水が長年利用されており,都内の地盤沈下は20年以上前から沈静化してきている上,地下水汚染のおそれについても,α5地域の水道水源井戸のうち,汚染で休止された井戸は3パーセントにすぎず,かつ,汚染物質は技術的に除去が可能であり,除去装置を設置すれば休止することなく利用し続けることが可能である。したがって水道用地下水源を現状どおり使用し続けることに何の支障もなく,その水源量は,α1ダムから得る予定の水源量にほぼ匹敵する。東京都は,これを水道水源として算入せず,α1ダム等で得られた河川水源に全面転換する水需給計画を策定しているが,何ら合理的な理由はない。
(エ) さらに,東京都が水需給予測において使用している利用量率である河川水源全体として93.4パーセントは利用量率の実績97から99パーセントに比して過小であり,実態と乖離している。
(オ) 以上に基づき,東京都の保有水源量を正しく評価すると687万立方メートル/日となり,東京都は平成24年の1日最大配水量469万立方メートルに対し,約220万立方メートル/日の余裕水源を抱えており,十分な余裕がある。
(カ) また,東京都が主張する利水安全度1/10(10年に1回の渇水)への対応についても,国土交通省が1/10渇水年における供給可能量の減少率を算定するに当たって用いたα6上流ダム群の貯水量の減少量とダム貯水量の減少量の実績値は大きく乖離している。事実に即して正しく計算すれば,1/10渇水年においてα2川の開発水量が21パーセントも減少することはなく,切下げ率を零としてもダム貯水量が底を突くことはほとんどない。
(キ) さらに,東京都が前記のとおり大量の余裕水源を抱えて水余りの状況になっていることから,渇水の影響を受けにくくなっており,仮に,渇水により給水制限が行われる場合においても,給水圧の調整にとどまり,生活への影響は軽微である。その上,α1ダムがあれば取水制限日数を大幅に短縮することが可能であるとして国土交通省の示す計算結果も,現実を無視した無意味なものである。
(ク) 平成17年3月29日,東京都水道局の事業評価監視委員会がα1ダム及びα7導水事業に東京都が参画することを妥当と判断するに当たり示されたα1ダムの費用便益比1.92についても,架空の渇水被害額を根拠とするものであり,渇水被害を現実に即して科学的に求めれば,費用便益比が1を大きく下回ることとなるのは確実である。
(ケ) 以上によれば,α1ダムによる利水の必要はないというべきである。」
(18)同19頁3行目冒頭から同頁16行目末尾までを,次のとおり改める。
「しかし,現状において,カスリーン台風が再来したとしても,α8地点における流量は毎秒1万6750立方メートルにとどまり,α8地点下流における堤防の余裕高が存在することから,洪水が溢れる可能性は存在しない上,α1ダムが建設されても,α9川における水位低減は数センチメートルにすぎず,治水計画上α1ダムの不要性は明らかである。」
(19)同20頁21行目末尾の次に,改行の上,以下のとおり加える。
「オ 環境保護法令等の違反α1ダム建設予定地周辺においては貴重な自然環境や生物の存在が明らかとなっており,ダム建設により環境に著しい影響を与えるおそれがあり,国には,条理上の環境影響評価義務及び生物多様性条約に基づく環境影響評価義務があるところ,国土交通省が「建設省所管事業に係る環境影響評価に関する当面の措置方針について」(昭和53年7月1日建設事務次官通達)に基づき実施した環境影響評価及びその後追加して実施された調査は,不十分であり適正を欠き,上記環境影響評価義務に違反する上,種の保存法9条にも違反するものであって,α1ダムの事業計画は違法である。さらにα1ダム予定地には極めて大きな価値を有する遺跡群が存在し,国は,これらについて発掘調査を完遂し,環境影響評価を行い,これを保護,保存する義務を負うところ,これらが全く実施されておらず,α1ダム建設事業には重大かつ明白な違法がある。」
(20)同21頁8・9行目の「徴収されるものであり,」の次に,以下のとお
り加える。
「受益者負担金は,国土交通大臣の行う河川の管理により同法60条1項の規定に基づき当該管理に関する費用の一部を負担する都府県以外の都府県が「著しく利益を受ける」場合に当該都府県に負担させるものであって,当該都府県が「著しく利益を受ける」か否かの判断は国土交通大臣の権限に属するのである。河川法63条2項は,国土交通大臣は同条1項の規定により当該利益を受ける都府県に河川の管理に要する費用の一部を負担させようとするときは,あらかじめ,当該都府県を統轄する都府県知事の意見をきかなければならない旨を規定するが,当該意見照会は,負担すべき金額及び納付期限について意見を求めるだけのものであって当該都府県が「著しく利益を受ける」か否かについて意見を求めるものではない。」
(21)同21頁13行目の「これを拒むことは許されない。」の次に,以下の
とり加える。
「特ダム法12条は,ダム使用権の設定申請が取り下げられた場合の建設費負担金の還付について定めるにすぎず,ダム使用権設定申請を取り下げる権利を定めるものではない。そして,同条ただし書きに「新たにダム使用権設定予定者が定められるまでその還付を停止することができる。」とあることから明らかなように,ダム使用権設定申請の取下げは,従前のダム使用権の設定者に代わる新たなダム使用権設定予定者を定めることを予定したものであるから,その取下げは,将来にわたって水源を必要とすることがないという確証があって初めてできるのであり,ダムのような構築物の法定耐用年数が80年とされているのであるから,そのような長期間にわたってダムにより創出される水利を利用する必要がない場合でない限り,ダム使用権設定の申請を取り下げることができないという制約がある。」
(22)同21頁18行目末尾の次に,改行の上,「なお,α1ダム建設事業は
国の直轄事業であり,それが環境保護法令に違反するか否かは都が判断すべき事項ではなく,その適否が都の財務会計上の判断に影響を与えるものではない。」を加え,同頁19行目の「なお,」を削除する。
(23)同22頁10行目末尾の次に,改行の上,以下のとおり加える。
「α1ダム建設事業は国土交通大臣が作成した各基本計画に基づき行われているところ,国土交通大臣は,α1ダムがα2川水系全体の洪水被害の軽減及び首都圏の各自治体にとっての新たな水源確保に資すると判断して基本計画を作成したものであり,そこには当該計画自体から看取できる瑕疵は見当たらない。
なお,指定の期限までに建設費負担金を納付しないときは,国土交通大臣は,延滞金を徴収するとともに国税滞納処分の例により強制徴収をすることができるのであり,単に,ダム使用権設定の申請が却下されるにとどまるものではなく、また、指定の期限までに受益者負担金を納付しないときも、国土交通大臣は、督促の上、国税の滞納処分の例により、滞納処分をすることができるのである。」
(24)同22頁13行目の「α1ダム建設地の」から同頁22行目の「いずれ
も」までを,次のとおり改める。
「東京都及び被控訴人らに,α1ダム建設計画自体の適法性及び妥当性を審査する権限はなく,α1ダムの建設計画自体に重大かつ明白な瑕疵がなく,被控訴人らが,建設費負担金及び受益者負担金の納付命令に従う義務があることは前記のとおりであるところ,水特法負担金は,指定ダムを利用して流水をその用に供し又は指定ダムにより災害が防止若しくは軽減される地方公共団体が当該ダムの水源地域の整備事業に必要な経費を負担するものであり,基金負担金は,水特法に基づく水源地域整備事業を補完する本件基金の経費を負担するものであって,α1ダムについて,東京都に新たな水道水源となるダムが与えられること及びα2川の水害防止・軽減の利益が下流に位置する東京都にあることを前提として,東京都が建設費負担金及び受益者負担金の納付通知を受けているのであり,その建設がなされる以上,東京都が水特法負担金の負担義務に応じることが違法とされる理由はない。
なお,水源地域対策事業に関する協定や合意における協議の定めは,協定や合意に係る疑義についての協議を定めるものであって,支出についての拒否権を定めるものでも,支出の際に協定や合意の有効性を判断する権限を与えるものでもない。
したがって,」
(25)同24頁15行目末尾の次に「なお,東京都は,平成24年3月,「東
京水道施設再構築基本構想」を策定し,その中で将来の水道需要の見通しを示し,1日最大配水量はピーク時におおむね600万立方メートルになると見通した。」を加える。
(26)同24頁16行目の「都が保有する」の次に「利水安全度1/5(5年
に1回程度発生する渇水時に必要な水を安定的に取水できること)として算出した」を加え,同頁17行目の「これに,」を「そのうち取水の安定性が高い安定水源から得られる水量は日量536万立方メートルにすぎない上,上記水源量に」と改め,同頁18行目の「(計画当時の」から同頁20行目の「水源量)」までを削除し,同頁25行目の「570万立方メートル程度ないし」を削除する。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,(1)被控訴人水道局長に対し,建設費負担金,水特法負担金及び基金負担金の支出の差止めを求める訴えのうち,当審の口頭弁論終結日である平成24年12月21日までにされた支出の差止めを求める部分,(2)被控訴人水道局長が国土交通大臣に対しα1ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実の違法確認を求める訴え,(3)被控訴人知事に対し,α1ダムに関し,①被控訴人建設局課長に受益者負担金の,②被控訴人都市整備局課長に水特法負担金及び基金負担金の,③被控訴人財務局課長に一般会計繰出金の各支出命令をさせることの差止めを求める訴え,(4)①被控訴人建設局課長に対し,受益者負担金の,②被控訴人都市整備局課長に対し,水特法負担金及び基金負担金の,③被控訴人財務局課長に対し,一般会計繰出金の各支出命令の差止めを求める訴えのうち,平成24年12月21日までにされた支出命令の差止めを求める部分は,いずれも不適法であるから却下し,控訴人らのその余の請求を棄却するのが相当と判断する。
その理由は,次のとおりである。
2 差止めの訴えの利益について
被控訴人水道局長に対し,建設費負担金,水特法負担金及び基金負担金の支出の差止めを求める訴え,被控訴人建設局課長に対し受益者負担金の支出命令の差止めを求める訴え,被控訴人都市整備局課長に対し水特法負担金及び基金負担金の支出命令の差止めを求める訴え,被控訴人財務局課長に対し一般会計繰出金の支出命令の差止めを求める訴えのうち,当審における口頭弁論終結日である平成24年12月21日までにされた支出の差止めを求める部分については訴えの利益を欠き,不適法であるから却下すべきである。その理由は,原判決32頁2行目の「原告らは,から同頁9行目末尾までに記載のとおり」(ただし,同頁7・8行目「平成20年11月25日」を「平成24年12月21日」と改める。)であるから,これを引用する。
3 争点1について
当裁判所も,被控訴人水道局長がダム使用権設定申請を取り下げないことが,地方自治法242条の「財産の管理を怠る事実」に該当せず,被控訴人水道局長が国土交通大臣に対してα1ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実が違法であることの確認を求める訴えは,不適法であり却下すべきものと判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決27頁26行目冒頭から同30頁9行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決28頁26行目の「納付先である」から同29頁1行目の「(同法
2条1項),」までを削除する。
(2)同29頁18・19行目の「地方財政法」から同頁21行目の「考え難い
から,」までを「地方財政法8条の規定する「地方公共団体の財産」がこれと異なるものとは解されず,また,地方公営企業法上の「資産」の解釈によって,地方自治法上の「財産」の意義が左右されるものと解することもできないのであるから,」と改める。
(3)同30頁8行目の「(前記第1の2)」を「(前記第1の3)」と改める。
4 争点2について
当裁判所も,被控訴人知事に対し,被控訴人建設局課長,被控訴人都市整備局課長及び被控訴人財務局課長に,受益者負担金,水特法負担金,基金負担金及び一般会計繰出金の支出命令をさせないことを求める訴えは,不適法であり却下すべきであると判断する。その理由は,原判決30頁13行目冒頭から32頁1行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。
5 争点3について
(1) 建設費負担金について
アα1ダムが,特ダム法4条1項の規定に基づき国土交通大臣が定めた基本計画(乙2)が作成された多目的ダムであり,東京都は,昭和60年11月9日,特ダム法15条に基づき,建設大臣(当時)に対してα1ダムの使用権の設定を申請し,α1ダムの建設に関する基本計画においてダム使用権設定予定者と定められたこと,α1ダムによって開発される水利権のうち,東京都のため毎秒5.779立方メートル(1日約50万立方メートル)の設定が予定されていること(前記争いのない事実等(2)),特ダム法7条1項が,ダム使用権設定予定者は,多目的ダムの建設に要する費用のうち,政令で定めるところにより算出した額の費用を負担しなければならない旨を定め,同法施行令9条1項は,上記負担金につき,毎年度,国土交通大臣が当該年度の事業計画に応じて定める額を,同大臣が当該年度の資金計画に基づいて定める期限までに納付する旨を定めていること(前記法令の定め(1)),国土交通大臣が,東京都に対し,特ダム法に基づく建設費負担金につき負担予定額及び納付期限を決定し,通知したこと(前記争いのない事実等(3)ア)は前判示のとおりであり,被控訴人水道局長による建設費負担金の支出は,上記通知を原因とするものである。
イ地方自治法242条の2の規定に基づく住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は職員(以下「職員等」という。)による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであり,同法242条の2第1項1号の規定に基づく差止めの請求は,このような住民訴訟の一類型として,財務会計上の行為を行う職員等に対し,職務上の義務に違反する財務会計上の行為の差止めを求めるものであるから,同号により差止めを求めることができるのは,仮にこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,当該職員等の財務会計上の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である(最高裁昭和61年\(行ツ\)133号平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁参照)。
そして,職員等の財務会計上の行為が,これに先行する原因行為に基づく場合において,当該原因行為が行政組織上独立の権限を有する他の機関の権限に基づいてされた行為であるときは,職員等は,上記のような独立の権限を有する他の機関の固有の権限内容にまで介入し得るものではないことからすれば,法が特に職員等に対しその先行する原因行為の適法性を審査した上で,適法な場合に限り,その内容に応じた財務会計上の行為をすべき義務を課しているときを除き,当該原因行為について重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるなど,当該原因行為が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正の見地から看過し得ない瑕疵があるときでない限り,これを尊重してその内容に応じた財務会計上の行為をすることが違法と認めることはできないと解するのが相当である。
また,当該原因行為が契約である場合,職員等はその契約上の義務の履行のため必要な措置を執らなければならないのであるから,当該原因行為が無効であるとき,又は,当該原因行為が無効ではないものの違法であって,当該職員等が,当該原因行為について取消権・解除権を有しているとき,若しくは,当該原因行為が著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在し,当該職員等に,当該原因行為を解消することができる特殊な事情が存在するときでない限り,上記原因行為を尊重してその内容に応じた財務会計上の措置を採るべき義務があり,これを拒むことは許されないものと解するのが相当であって,当該職員等が,上記原因行為に応じて行う支出行為が,財務会計法規上の義務に違反する違法なものになるものではないというべきである(前記最高裁平成4年12月15日第三小法廷判決,同平成17年\(行ヒ\)304号同平成20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号1頁,同平成21年(行ヒ)第162号同年12月17日第一小法廷判決・集民232号707頁参照)。
ウ被控訴人水道局長による建設費負担金の支出が,国土交通大臣による納付通知を原因とするものであることは前判示のとおりである。
また,職員等の財務会計上の行為が,これに先行する原因行為に基づく場合において,当該原因行為が行政組織上独立の権限を有する他の機関の権限に基づいてされた行為であるときは,職員等は,上記のような独立の権限を有する他の機関の固有の権限内容にまで介入し得るものではないことからすれば,法が特に職員等に対しその先行する原因行為の適法性を審査した上で,適法な場合に限り,その内容に応じた財務会計上の行為をすべき義務を課しているときを除き,当該原因行為について重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるなど,当該原因行為が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正の見地から看過し得ない瑕疵が存するときでない限り,これを尊重してその内容に応じた財務会計上の行為をすることが違法と認めることはできないと解するのが相当であることは前判示のとおりである。
そして,特ダム法7条1項が,ダム使用権設定予定者は,多目的ダムの建設に要する費用のうち,政令で定めるところにより算出した額の費用を「負担しなければならない」旨を定め,同法施行令9条1項は,上記負担金につき,毎年度,国土交通大臣が当該年度の事業計画に応じて定める額を,同大臣が当該年度の資金計画に基づいて定める期限までに納付する旨を,同法施行例11条の3は,国土交通大臣は,負担金を徴収しようとするときは,負担金の額を決定し,負担金の徴収を受ける者に通知する旨を,各定めており(前記法令の定め(1)),同法36条1項は,同法7条1項の負担金を納付しない者があるときは,国土交通大臣は,督促状によって納付すべき期限を指定して督促しなければならない旨を,同条3項は,この督促を受けた者がその指定する期限までにその納付すべき金額を納付しないときは,国土交通大臣は,国税滞納処分の例により,負担金等及び延滞金を徴収することができる旨を,各定めているのである。これらの各規定においても,被控訴人水道局長に対し,建設費負担金の支出について,原因行為である国土交通大臣による納付通知の適法性を審査した上で,これが適法な場合に限りその支出をすべき義務を課することをうかがわせる規定は存在しないことに加えて,これらの規定の定める,ダム使用権設定予定者に負担が義務付けられることなどの建設費負担金の性質,その額の決定及び督促・徴収の方法等における国土交通大臣とダム使用権設定予定者の権限の配分関係をも総合すれば,法が被控訴人水道局長に対し,建設費負担金の支出について原因行為たる国土交通大臣による建設費負担金の納付通知の適法性を審査した上で,これが適法な場合に限り上記建設費負担金の支出をすべき義務を課しているものとは認められず,国土交通大臣による上記納付通知について重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるなど,当該納付通知が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正の見地から看過し得ない瑕疵があるときでない限り,これを尊重してその内容に応じてした被控訴人水道局長による建設費負担金の支出が違法であるということはできないと解するのが相当である。
そして,その違法ないし瑕疵が明白であるというためには,行為の外形上違法ないし瑕疵が一見看取できるものでなければならないと解される(最高裁昭和41\(行ツ\)52号同44年2月6日第一小法廷判決・集民94号233頁参照)。
エ控訴人らは,α1ダムにより貯留される予定の流水を東京都が利用する利水上の必要性は全くなく,東京都の利水のためにα1ダムについてダム使用権の設定を受ける必要はなく,東京都の水道事業を実施するために客観的必要のない水利権を確保するための費用を支出することは違法であると主張する。
しかし,特ダム法7条1項は,ダム使用権設定予定者は,多目的ダムの建設に要する費用のうち,建設の目的である各用途について,多目的ダムの流水の貯留を利用して流水を当該用途に供することによって得られる効用から算定される推定の投資額及び当該用途のみに供される工作物でその効用と同等の効用を有するものの設置に要する推定の費用の額並びに多目的ダムの建設に要する費用の財源の一部に借入金が充てられる場合においては,支払うべき利息の額を勘案して,政令で定めるところにより算出した額の費用を負担しなければならない旨定め,同法施行令1条の2が,その算定方法について定めるところ,証拠(乙2ないし4,25ないし27各枝番)及び弁論の全趣旨によれば,当初計画において,東京都(水道)の負担額が建設に要する費用の額に1000分の54を乗じて得た額と定められ,平成13年9月27日第1回計画変更(平成○年国土交通省告示第○号)により完成予定時期を平成22年度とする変更が,平成16年9月28日第2回計画変更(平成○年国土交通省告示第○号)により建設に要する費用の概算額を約4600億円,河川法59条,60条及び63条に基づく国等の負担額を建設に要する費用の額に1000分の546を乗じて得た額とするなどの変更がされ,国土交通大臣は,特ダム法施行令9条1項,11条の3に基づき,毎年度,当該年度の事業計画に応じて負担金の額を決定し,通知しているものであることが認められる。そして,特ダム法は,ダム使用権設定予定者が流水の貯留を利用して流水をその用に供する利水上の必要性があることを建設費負担金の負担の要件と規定するものではなく,東京都がダム使用権設定の申請をし,基本計画においてダム使用権設定予定者の地位にある以上,ダム使用権に基づいて東京都に本件ダムによる流水の貯留を利用することに利水上の必要性があるか否かに関わらず,建設費負担金を支払う義務を負うこととなるというべきである。
したがって,東京都の水道事業を実施するためにα1ダムによる水利権について利水上の必要性があるか否かによって,上記納付通知が違法となり瑕疵があることとなるものではないというべきである。
以上によれば,上記納付通知に,重大かつその外形上一見看取できるような明白な違法や瑕疵があるとは認められないばかりでなく,そもそもこれが違法であるとも認められないのである。
オ(ア) もっとも,特ダム法12条は,ダム使用権設定予定者のダム使用権の設定の申請が却下され,又は取り下げられたときは,その者がすでに納付した第7条1項の負担金を還付するものとする旨規定し,ダム使用権設定申請の取下げを特に制約する規定は置いていない。したがって,ダム使用権設定予定者は,ダム使用権の設定の申請を取り下げることにより,建設費負担金の負担義務を免れることができるものということができる。そうすると,被控訴人水道局長が,ダム使用権の設定申請をする行為が合理性を欠く場合には,その建設費負担金の支出について,被控訴人水道局長は,ダム使用権の設定申請を取り下げることによって,その負担義務を免れるよう務めるべき財務会計法規上の義務があると解する余地があるというべきであり,また,ダム使用権の設定申請には上記のような瑕疵がないとしても,その後の事情の変更により,ダム使用権設定予定者たる地位を維持することが,合理性を欠くと認められる場合においても同様であって,被控訴人水道局長は,ダム使用権の設定申請を取り下げることによって,建設費負担金の負担義務を免れるよう務めるべき財務会計法規上の義務を負うと解すべき余地があるということができる。
そこで,α1ダムに係るダム使用権の設定申請及びダム使用権設定予定者たる地位を維持することが,合理性を欠くと認められるか否かにつき,検討する。
(イ) 控訴人らは,東京都がα1ダムにおいて確保しようとしている水利権は,東京都の水道事業に必要のないものであって,被控訴人水道局長がα1ダムのダム使用権の設定申請をした昭和60年当時と比較して東京都の水道需要が減少傾向にあり,他方,東京都は十分な水源を保有しているのであるから,水需給計画を見直し,ダム使用権設定申請を取り下げる権利を行使することによって建設費負担金の支出を回避すべきであり,これを行わずに建設費負担金の支払を継続することは違法であると主張する。
しかし,東京都の営む水道事業は,清浄にして豊富低廉な水の供給を図り,もって公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とし(水道法1条),東京都は,水道が国民の日常生活に直結し,その健康を守るために欠くことのできないものであり,かつ,水が貴重な資源であることにかんがみ,水源及び水道施設並びにこれらの周辺の清潔保持並びに水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講ずる義務を負い(同法2条1項),地域の自然的社会的諸条件に応じて,水道の計画的整備に関する施策を策定し,これを実施しなければならず(同法2条の2第1項),水道事業者として,事業計画に定める給水区域内の需用者から給水契約の申込みを受けたときは,正当な理由がなければこれを拒んではならず(同法15条1項),水道により給水を受ける者に対し,常時水を供給しなければならない義務を負い,渇水によって都民の生活が影響を受けないよう努力する責務を負っているというべきである。そして,α1ダムに係るダム使用権の設定の申請も,このような責務を果たすために行われるものであり,上記の義務を全うし,将来の経済,社会の発展にも対応することができるよう,長期的な水道需要及び供給能力を合理的に予測し,その必要性を判断すべきものである。
(ウ) 東京都の水道需要予測について及び保有水源量については,次のとおり補正するほかは,原判決35頁4行目冒頭から同57頁3行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。
①原判決35頁6行目の「そこで,から同頁7行目の」「検討するに,」までを削除し,同行目の「証拠(」の次に「甲48,」を加え,同頁10行目の「直近では」を「α1ダムのダム使用権の設定申請を行った昭和60年に近接する昭和61年度の水道需要予測においては,1日最大配水量の実績値が590万立方メートルであり平成7年における予測値を670万立方メートルとしていたこと,」と改め,同頁24・25行目の「推計したこと」の次に「,さらに,東京都は,平成24年3月に「東京水道施設再構築基本構想」を策定し,1日最大配水量は,ピーク時におおむね600万立方メートルとなる旨の見通しを示したこと」を加える。
②同36頁25行目の「平成15年12月の予測」の次に「及び前記「東京水道施設再構築基本構想」における予測」を加え,同36頁26行目・同37頁1行目の「行われたものであって,合理的なものということができる。」を「行われたものであり,直ちに合理性を欠くものとは認められない。」と改める。
③同37頁10・11行目の「直ちに不合理であるということはできない。」を「直ちに合理性を欠くものとは認められない。」と改め,同頁26行目の「直ちに不合理なものであるということはできない。」を「直ちに合理性を欠くものであるとまでは認められない。」と改める。
④同39頁18・19行目の「算出過程に不合理な点があると認めるに足りる証拠はない。」を,次のとおり改める。
「算出過程が直ちに合理性を欠くものとは認められない。また,証拠(甲48,49,50の1ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,前記「東京水道施設再構築基本構想」における予測は,昭和51年度から平成22年度までの35年間を実績期間として,同期間の使用水量実績を,生活用水,都市活動用水及び工場用水の3用途に区分し,各用途の使用水量実績をもとに,本件指針に示された各時系列傾向分析の傾向曲線(平均増減数,平均増減率,修正指数曲線式,べき曲線式,ロジスティック曲線式)を用いてモデル式を構築し,その中から実績値と計算値の相関性が最も高い傾向曲線を採用(ただし,生活用水の1日平均使用水量については,生活用水1人1日使用水量に人口を乗ずることにより算出)して算出したものであることが認められ,その算定方法が直ちに合理性を欠くものとは認められない。」⑤同40頁8・9行目の「漸減傾向にあり,」から同頁11行目の「同様の」までを「漸減傾向にあることが認められるが,その要因が控訴人らの主張する節水型機器の普及や漏水量の減少にあると認めるに足りる証拠もないのであるから,その」と改める。
⑥同41頁9行目末尾の次に,改行の上,以下のとおり加える。「控訴人らは,前記「東京水道施設再構築基本構想」における予測については,平成23年度の1日最大配水量の実績が480万立方メートルであるのに,平成27年度に592万立方メートルに増加するとしているのは不合理であり,同予測は,過去35年間に遡った実績値に基づき,最近の減少傾向を反映しないロジスティック式を採用し,有収率について既に達成された実績値である96パーセントよりも低い94パーセントとし,負荷率についても30年以上前の値である79.6パーセントとするなどの恣意的な手法をとっていると主張し,また,平成32年度以降は,東京都の人口が減少に向かい,α1ダムの必要性は失われていくと主張し,証人e(当審,以下「e証人」という。)の証言中には,同旨の供述があり,同人作成の意見書(甲49)中にも同旨の記載がある。
しかし,水道施設の計画,設計にあたっては,長期的な展望に基づいた総合的な基本計画を策定することが必要とされている(乙124)ことに照らすと,e証人の上記供述及び陳述書の上記記載から直ちに,過去35年間に遡る長期間の実績値に基づき予測を行ったことが合理性を欠くものとは認めるに足りず,時系列傾向分析においてロジスティック曲線式を用いた点についても,実績値との相関関係が最も高い傾向曲線を採用したものと認められることからすると,合理性を欠くものとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。さらに,東京都の人口が平成32年度以降減少に向かうとの点についても,水道事業者の負担する前判示の義務を考慮すれば,将来予測されるピーク時における需要に応え得るよう水道施設の整備を図ることが直ちに合理性を欠くものとは認められない。」⑦同41頁21・22行目の「以上の計算過程に何ら不合理な点は窺えない。」を,次のとおり改める。
「以上の計算過程が直ちに合理性を欠くものとは認められない。また,控訴人らは,前記「東京水道施設再構築基本構想」における予測については,有収率を,既に達成された実績値である96パーセントよりも低い94パーセントとしている点が不合理であると主張し,e証人の証言中には,同旨の供述があり,同人作成の意見書(甲49)中にも同旨の記載がある。
しかし,有収率については,漏水率により左右され,災害等の影響を受けて低下することもあり得ることが認められること(証人f(原審),弁論の全趣旨)及び証人fの証言(原審)並びに,水道事業者の負担する前判示の義務に基づく給水の安定性確保の観点をも総合考慮すると,e証人の上記供述及び陳述書の上記記載から直ちに,平成15年12月の予測と同率の94パーセントとしたことが,合理性を欠くものとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」⑧同43頁3行目の「不合理であることを窺わせる証拠はない。」を「直ちに合理性を欠くものであると認めるに足りる証拠はない。」と改め,同頁21行目の「不合理であるとはいえない。」を,次のとおり改める。
「直ちに合理性を欠くものとは認められない。控訴人らは,前記「東京水道施設再構築基本構想」における予測については,負荷率を79.6パーセントとしたことについても不合理であると主張する。しかし,上記予測は,その依拠した実績期間中の負荷率の最低値を採用したことが認められ,前判示のとおり,国内の主要都市の計画負荷率が上記の割合を下回る例も存在することが認められることをも併せ考えると,上記の割合が直ちに合理性を欠くものとは認めるに足りない。」⑨同44頁8行目の「採用することは,むしろ合理的な理由があるといえる」を「採用することが直ちに合理性を欠くものであるとはいえない」と改める。
⑩同44頁18行目冒頭から同45頁10行目末尾までを,次のとおり改める。
「しかし,平成24年3月に策定された前記「東京水道施設再構築基本構想」においても水道需要予測が行われたこと,そこでは1日最大配水量がピーク時におおむね600万立方メートルとなる旨の見通しが示されているところ,その算定方法が直ちに合理性を欠くものとは認められないことは,いずれも前判示のとおりであるから,被控訴人水道局長が,平成15年以降,水需給計画の再検討を行わなかったことが直ちに合理性を欠くものとは認めるに足りないというべきである。」⑪同45頁12・13行目の「平成25年度における」を削除し,同頁14行目の「不合理な点があるとは認められない。」を「直ちに合理性を欠くものとは認められない。」と改める。
⑫同48頁18行目の「なっているから,」から同頁24行目末尾までを,次のとおり改める。
「なっており,そのような場合,本件指針においても利用量率を減ずることが可能とされている,利用量率は取水量を分母として計算すべきところ,東京都の評価は原水量を分母として計算しており不当である等として,東京都全体の計画上の利用量率93.4パーセントが現状とかけ離れたものであると主張する。
しかし,水道事業者の負担する前判示の義務に基づき安定給水を確保する観点から,厳しい条件下における運用を考慮して計画上の利用量率を設定することが直ちに合理性を欠くとは認められず,東京都の設定する利用量率が本件指針に反するものと認めるにも足りないのであるから,控訴人ら主張の点も,上記利用量率の設定が直ちに合理性を欠くものとは認められないとの上記の判断を左右するに足りるものではない。」⑬同50頁13・14行目の「不合理である」を「直ちに合理性を欠くもの」と改め,同頁20行目冒頭から同頁24行目末尾までを「しかし,a判示の各点を考慮すれば,現時点でα5地区の地下水利用を削減する必要があるとはされていないと認める余地があるとしても,これを将来にわたっての安定的な水源として扱わず,保有水源に含めないことが直ちに合理性を欠くものといえないとの上記判断は左右されないというべきである。」と改める。
⑭同51頁18行目の「とみなすことができるとはいえない。を」「として扱わないことが直ちに合理性を欠くものであるとはいえない。」と改める。
⑮同53頁26行目の「上記判断に特段不合理な点はない。」を「上記判断が直ちに合理性を欠くものとは認められない。」と改め,同54頁13行目の「不合理であることを窺わせる証拠はない。」を「合理性を欠くものとは認められない。」と改め,同55頁4行目冒頭から同頁13行目末尾までを,次のとおり改める。
「また,控訴人らは,利水安全度1/10では供給可能量が大幅に減少するとの判断の根拠である国土交通省による計算(乙120)は,ダム貯水量の実績と乖離しており,α2川上中流で取水した農業用水,都市用水の還元を一部しか考慮せず,α6地点の確保流量の設定においてα10川及びα11川からの流入量を無視した不合理なものであると主張し,e証人の証言中には同旨の供述がある。
しかし,e証人の上記供述によっても,水道事業者の負担する前判示の義務に基づく水供給の安全性確保の観点を考慮すると,農業用水,都市用水の還元を限定的に考慮することなどが直ちに合理性を欠くものとは認めるに足りず,また,河川管理者である国の許可を得て取水を行う立場にある東京都が,国による上記計算を前提として供給可能量を計算することが,直ちに合理性を欠くものと認めるには足りないものというべきであり,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」⑯同55頁26行目の「原告らの主張は,」から同56頁1・2行目の「平成25年度における」までを削除する。
⑰同57頁2行目の「保有水源量を」の次に「利水安全度を1/10として」を加える。
(エ) 以上に加えて,証拠(乙84,87の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,厚生労働大臣による水道水源開発等施設整備費補助金の交付を受けている地方公共団体は,厚生労働省が定めた水道施設整備事業の評価実施要領に基づき,社会経済情勢等の変化,事業の進捗状況等を踏まえたコスト縮減,代替案立案等の可能性の検討等により,原則として5年経過ごとに当該水道施設整備事業の再評価を行い,必要に応じて事業の見直し等をすることとされているところ,東京都水道局は,学識経験者等により構成される事業評価委員会を設置し,平成17年3月29日,同委員会において,α1ダム事業に関する費用便益比が1.92となり,定性的評価及び費用対効果分析の結果から,現計画による整備が適切である旨の判断が示されたことが認められる。
(オ) 以上によれば,東京都が計画1日最大配水量を600万立方メートル,利水安全度を1/10とした保有水源量を日量590万立方メートルとした評価が合理性を欠くものとは認められず,上記保有水源量が課題を抱える水源及び不安定水源を含むものであること,水道は,災害時及び事故等の非常時においても,住民の生活に著しい支障を及ぼすことがないよう,給水の水量的な安定性を確保することが求められていること,そのため,計画取水量,計画浄水量,計画給水量などの決定に当たっては,それぞれの水道施設の条件により,余裕を見込んでおくこと等についても考慮し,併せて,これに見合った水利権を確保する必要があるとされていることが認められること(乙100)をも総合すると,α1ダムによる水源確保が必要であるとの判断に基づき,ダム使用権設定の申請を行った被控訴人水道局長の行為及び被控訴人水道局長がその後ダム使用権設定申請の取下げを行わないことが,合理性を欠くものとは認められないというべきである。
(カ) 控訴人らは,さらに,α1ダム事業計画は,自然環境等に極めて重大な影響を及ぼすおそれが大きく,生物多様性条約,種の保存法9条に違反する結果となることが確実であるにも関わらず,条理及び生物多様性条約に基づき実施すべき適切な環境影響評価が実施されておらず,環境保護法令に違反する明白な違法があり,被控訴人水道局長がダム使用権設定申請を行い,これを取り下げずに建設費負担金を支出することは,財務会計法上看過し得ない著しい瑕疵があり,違法であると主張する。
しかし,証拠(甲E2,9,13,18ないし20)によれば,建設省(当時)は,昭和53年,「建設省所管事業に係る環境影響評価に関する当面の措置方針について」(昭和53年7月1 日計環発第3号)を策定して,その所管事業に関する環境影響評価を実施することとするとともに,昭和60年,「建設省所管ダム事業環境影響評価技術指針について」(建設省技調発第516号,昭和60年9月26日建設事務次官通知)を発して,建設省所管ダム事業に係る環境影響評価に必要な技術的事項について定めたこと,建設省は,昭和60年11月,「α1ダム環境影響評価書」を作成し,植物,動物,自然環境等についてダム建設による影響について評価を行い,その後も,株式会社g,h株式会社に委託してα1ダム事業実施区域周辺における動物の生息状況等を含む環境調査を実施していることが認められ,その調査内容が合理性を欠くものとは認められない上,仮に,控訴人らの主張するような環境影響評価が実施されていないという余地があるとしても,それによって,国土交通大臣による上記建設費負担金納付通知が違法となるとは認められず,また,被控訴人水道局長が,国の行うα1ダムに関する基本計画に関して適切な環境影響評価が実施されているか否かまでをも検討して,ダム使用権設定の申請を行い,その設定の申請を取り下げない判断を行わなければならない財務会計法規上の義務を負っているとも認め難いのである。
したがって,控訴人らの上記主張は,採用することができない。
カ以上によれば,国土交通大臣による建設費負担金の納付通知が違法であるとは認められず,また,被控訴人水道局長がダム使用権設定の申請を行い,その設定の申請を取り下げないことについても,合理性を欠くものとは認められない。
したがって,被控訴人水道局長の,上記納付通知に応じて行う支出行為が,財務会計法規上の義務に違反する違法なものということはできない。
(2) 河川法に基づく受益者負担金について
ア河川法63条1項は,国土交通大臣が行う河川の管理により,同法60条1項の規定により当該管理に要する費用の一部を負担する都府県以外の都府県が著しく利益を受ける場合においては,国土交通大臣は,その受益の限度において,同項の規定により当該都府県が負担すべき費用の一部を当該利益を受ける都府県に負担させることができる旨定め,同法64条1項が,同法63条1項の規定により利益を受ける都府県が負担すべき費用は,政令で定めるところにより,国庫に納付しなければならない旨定め,同法施行令38条が,国土交通大臣は,その行う一級河川の管理に要する費用の負担に関し,同法63条1項の規定によりその費用を負担すべき都府県に対し,その負担すべき額を納付すべき旨を通知しなければならない旨定めていること(前記法令の定め(2)),国土交通大臣が,東京都に対し受益者負担金の負担・納付通知を行ったこと(前記争いのない事実等(3)イ)は前判示のとおりであり,以上によれば,被控訴人建設局課長による受益者負担金の支出は,上記納付通知を原因とするものであると認められる。
イそして,職員等の財務会計上の行為が,これに先行する原因行為に基づく場合において,当該原因行為が行政組織上独立の権限を有する他の機関の権限に基づいてされた行為であるときは,職員等は,上記のような独立の権限を有する他の機関の固有の権限内容にまで介入し得るものではないことからすれば,法が特に職員等に対しその原因行為の適法性を審査した上で,適法な場合に限り,その内容に応じた財務会計上の行為をすべき義務を課しているときを除き,当該原因行為について重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるなど,当該原因行為が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正の見地から看過し得ない瑕疵のあるときでない限り,これを尊重して財務会計上の行為をすることが違法と認めることはできないと解するのが相当であることは前記(1)イに判示したとおりである。
そして,河川法63条1項は,国土交通大臣が行う河川の管理により,同法60条1項の規定により当該管理に要する費用の一部を負担する都府県以外の都府県が著しく利益を受ける場合においては,国土交通大臣は,その受益の限度において,同項の規定により当該都府県が負担すべき費用の一部を当該利益を受ける都府県に負担させることができる旨を定め,同法64条1項が,同法63条1項の規定により利益を受ける都府県が負担すべき費用は,政令で定めるところにより,国庫に「納付しなければならない」旨を定め,同法施行令38条が,国土交通大臣は,その行う一級河川の管理に要する費用の負担に関し,同法63条1項の規定によりその費用を負担すべき都道府県に対し,その負担すべき額を納付すべき旨を通知しなければならない旨定め(前記法令の定め(2)),同法74条1項は,同法に基づく政令若しくは都道府県の条例の規定又はこれらの規定に基づく処分により納付すべき負担金等をその納期限までに納付しない者がある場合においては,河川管理者(当該負担金等が国の収入となる場合にあっては,国土交通大臣)は,期限を指定して,その納付を督促しなければならない旨を,同条2項は,河川管理者は,前項の規定により督促する場合においては,納付義務者に対し督促状を発する旨を,同条3項は,河川管理者は,第1項の規定による督促を受けた納付義務者がその指定の期限までにその負担金等を納付しない場合においては,当該負担金等が国の収入となる場合にあっては,国税の滞納処分の例により,滞納処分をすることができる旨を,各定めているのである。これらの各規定においても,被控訴人建設局課長に対し,受益者負担金の支出について,原因行為である国土交通大臣による納付通知の適法性を審査した上で,これが適法な場合に限りその支出をすべき義務を課することをうかがわせる規定は存在しないことに加えて,これらの規定の定める上記都道府県に納付が義務付けられるなどの受益者負担金の性質,その額の決定及び督促・徴収の方法等における国土交通大臣と受益者負担金を負担する都道府県の権限の配分関係をも総合すれば,法が被控訴人建設局課長に対し,受益者負担金の支出について,原因行為たる国土交通大臣による受益者負担金の通知の適法性を審査した上で,適法な場合に限り,上記受益者負担金の支出をすべき義務を課しているものとは認められず,国土交通大臣による上記納付通知について,重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるなど,上記納付通知が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正の見地から看過し得ない瑕疵があるときでない限り,これに基づく被控訴人建設局課長による受益者負担金の支出が違法であるということはできないというべきである。
そして,その違法ないし瑕疵が明白であるというためには,行為の外形上違法ないし瑕疵が一見看取できるものでなければならないと解される(前掲最高裁昭和44年2月6日第一小法廷判決参照)。
なお,国土交通大臣による上記納付通知に違法があるにとどまる場合であっても,被控訴人建設局課長が,これを是正する権限や解消し得る特殊な事情が存在する場合には,これらに基づいて負担の是正解消に努めることなく支出行為をすることが違法であると解する余地があるとしても,被控訴人建設局課長が上記納付通知に基づく負担を是正解消し得る権限や特殊の事情が存在するとも認められないのである。
これに対し,控訴人らは,河川法63条に基づく都府県の負担金については,同法74条に基づく強制徴収の制度は適用されないと主張する。
しかし,河川法上,都府県を同法74条の適用の対象から除外する明文の規定は存在しない上,仮に,都府県が同条による強制徴収の相手方から除外されると解する余地があるとしても,国土交通大臣による納付通知の性質が,都府県に対する場合とその他の相手方に対する場合とで異なるものとなると解することはできないというべきである。
したがって,控訴人らの主張は,上記の判断を左右するものではない。
ウ以上判示したところに基づき,国土交通大臣のした受益者負担金の納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるなど,著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在するか否かについて判断する。
証拠(甲20,甲B15,甲D24の1,乙2ないし5,11各枝番,12,74ないし79,81,82,106各枝番,122,143ないし145,147,149,150,152各枝番)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 国土交通大臣は,昭和40年「α2川水系工事実施基本計画」を決定し,昭和55年12月,これを改定した。改訂後の同基本計画において,「河川工事の実施の基本となるべき計画に関する事項」として,昭和22年9月洪水を主要な対象洪水とし,さらにα2川流域の過去の降雨及び出水特性を検討して,基本高水のピーク流量を基準地点α8において2万2000立方メートル/秒とし,このうち上流のダム群により6000立方メートル/秒を調節して,河道への配分流量を1万6000立方メートル/秒とするものとした。
(イ) 国土交通大臣は,平成7年3月「α2川水系工事実施基本計画」を改定した。同基本計画は,河川法の一部を改正する法律(平成9年法律第69号)附則2条の規定により,河川法16条に規定する「河川整備基本方針」及び同法16条の2に規定する「河川整備計画」が定められるまでの間,上記河川整備基本方針及び上記河川整備計画とみなされるものである。
上記基本計画においては,河川の総合的保全に関する基本方針として,α8から上流部については,洪水調節により下流の洪水を軽減するとともに各種用水の補給及び発電を行う多目的ダムとして,既設のダムのほかにα1ダム等を建設するものとし,「河川工事の実施の基本となるべき計画に関する事項」として,α2川の基本高水のピーク流量を,昭和22年9月洪水を主要な対象洪水とし,さらにα2川流域の過去の降雨及び出水特性を検討して,基準地点α8において2万2000立方メートル/秒とし,このうち上流のダム群により6000立方メートル/秒を調節して,河道への配分流量を1万6000立方メートル/秒とするものとした。
(ウ) 国土交通大臣は,平成18年2月策定した「α2川水系河川整備基本方針」において,「河川の整備の基本となるべき事項」として,α2川に関し,昭和22年9月洪水,昭和57年9月洪水,平成10年9月洪水等の既往洪水について検討した結果,そのピーク流量を基準地点α8において2万2000立方メートル/秒とし,このうち流域内の洪水調節施設により5500立方メートル/秒を調節して,河道への配分流量を1万6500立方メートル/秒とするものとした。なお,河道への配分流量を1万6500立方メートル/秒と変更したのは,沿川の土地利用の高度化など社会的状況の変化,河床の低下などの河川の状況変化を踏まえて,計画高水流量の流量配分を変更し,河道分担流量を500立方メートル/秒増加させることとしたことによるものである。
なお,河川法16条2項は,河川整備基本方針は,水害発生の状況,水資源の利用の現況及び開発並びに河川環境の状況を考慮し,かつ,国土形成計画及び環境基本計画との調整を図って,水系に係る河川の総合的管理が確保できるように定められなければならない旨規定し,同条3項は,国土交通大臣は,河川整備基本方針を定めようとするときは,あらかじめ,社会資本整備審議会の意見を聞かなければならない旨規定するところ,国土交通大臣は,社会資本整備審議会河川分会における審議を経て,河川整備基本方針の策定について,適当と認める旨の意見を受けて,「α2川水系河川整備基本方針」を策定したものである。
(エ) 上記基本高水のピーク流量は,1/200確率流量(おおむね200年に1度程度の確率で発生する規模の洪水のピーク流量)と既往最大流量のいずれか大きい値をとることとし,既往最大流量については昭和22年9月のカスリーン台風が再来した場合の洪水流量を,支川の合流などを考慮して流域をいくつかの小流域に分割し,各小流域毎に貯留関数法(国土交通省が管理する河川の洪水の流出計算で一般的に使用されている手法で,流域内に降った雨がその流域に貯留され,その貯留量に応じて流出量が定まると考えて流出量を推計するもの)による流出計算を行い,それらの時差を考慮しながら合流させて基準地点の洪水流量を計算する流出計算モデルを用いて,毎秒2万2000立方メートル程度と算定し,また,1/200確率流量の算定には総合確率法(地域分布や時間分布が異なる多くの降雨パターンの実績降雨を代表降雨群とし,それらを任意の確率規模に引き伸ばし,これらが降雨として生じたものと仮定して,それぞれのケース毎に流出計算を行い,求められた洪水流量群を統計処理して,必要とする確率規模の洪水流量を算出するもの)を用いて毎秒2万1200立方メートルと算定した上で,設定されたものである。
(オ) 国土交通省河川局長は,「α2川水系河川整備基本方針」の策定に関して,データを点検・整理し,現行の流出解析手法の問題点を整理し,新たな河川流出モデルを構築して基本高水を検証することとして,平成23年1月,第三者的で独立性の高い学術的な機関である日本学術会議に対し,「α2川水系における河川流出モデル・基本高水の設定手法の検証に関する学術的な観点からの評価」を依頼した。
日本学術会議は,土木工学・建築学委員会のもとに設置されている河川流出モデル・基本高水評価検討等分科会(以下「分科会」という。)において検討を行った。
分科会は,α2川水系で用いられる貯留関数法の位置づけとその詳細を検討し,利用可能なデータを吟味した上で,新モデルの構築における留意事項を国土交通省に提示し,この留意事項に沿って国土交通省によって構築された新モデルに対して,分科会が評価軸を設定し,それぞれの軸に沿って新モデルを評価し,京都大学及び東京大学が有する2つの異なる連続時間分布型モデルを,近年の観測データを用いてそれぞれキャリブレーション(流出モデルの出力である河川流量と,降雨などの流出モデルへの入力との関係を決定づける作業)した上で,両モデルを用いて,モデルの構造やパラメータを変えることなく,同じモデルで長期の適用が可能であるかどうか検討するとともに,昭和22年の洪水流量の推定幅を推定して新モデルの結果と比較するという方針に基づき,上記の検証を行った。
上記方針に基づき,国土交通省は,新モデルを構築し,分科会は,新モデル及び現行モデルのサブ流域雨量を分科会が独自に検査した時間降雨分布データと比較した結果,洪水量算定に用いられた雨量に誤りがないことを確認した。また,分科会は,新モデルの基礎方程式,プログラムソースコードを確認した上で動作確認を行った結果,新モデルは基礎方程式,数値計算手法において誤りがないことを確認し,さらに新モデルの物理的妥当性に関しては,新モデルで提案されている有効降雨モデルが昭和22年の事例に適応可能であることなどが示されたとし,新モデルの頑健性(異なる事例にあってもモデルの適用性が担保されているか)については,近年15洪水によって求められた新モデルのパラメータの中で,貯留関数を表す2つのパラメータK,P については,対象洪水期間中最大流量となる場合の値を設定することによって,昭和33,34年洪水の再現性が良いことが示されたとし,モデルパラメータの同定に用いなかった昭和33年洪水,昭和34年洪水に適用した場合の再現結果がよいということは,新モデルの頑健性を示すものと判断した。
分科会は,以上の評価の結果,新モデルによって計算されたα8地点における昭和22年の既往最大洪水流量の推定値は,2万1100立方メートル/秒の-0.2パーセントから+4.5パーセントの範囲内であり,200年超過確率洪水流量は2万2200立方メートル/秒が妥当であるとの判断を示した。
(カ) α1ダムの建設に関する基本計画において,α1ダムによる洪水調節は,洪水期において容量最大6500万立方メートルを利用して行い,α1ダムの建設される地点における計画高水流量毎秒3900立方メートルのうち毎秒2400立方メートルの洪水調節を行うものとされている。
(キ) 東京都は関東平野南部のα12湾岸地域に広がる区域とその西部に位置し主として台地,丘陵及び山岳からなるα5地域及び島しょ地域を区域とし,区部のうち東部地域には低地が広がっており,特にα2川から分派してα12湾に注ぐ1級河川であるα9川と接する江戸川区及び葛飾区並びにその北側の足立区は,大部分がα12湾満潮時の海面よりも低い地域であり,α4川,α9川のほかその他の中小河川も平常時の水位が地盤と同じかそれ以上となっており,水害の危険度が高い地域である。
昭和22年9月のカスリーン台風では,記録的豪雨により,α2川の本川及び支 川で合わせて24か所約5900メートルの堤防が破堤し,水系全体で約2300平方キロメートルが浸水し,α2川右岸の埼玉県北埼玉郡α13村(河口からの距離134.4キロメートル,現加須市)における破堤による氾濫は,埼玉県東南部のほか東京都足立区,葛飾区及び江戸川区を水没させ,氾濫面積は約450平方キロメートルとなり,死者78名,負傷者1506名,家屋の浸水13万8854戸(うち東京都8万8430戸)という被害をもたらし,カスリーン台風による東京都,千葉県,埼玉県,群馬県,茨城県及び栃木県の死亡者数は合計1100名,家屋の浸水は合計30万3160戸に及んだ。
国土交通省は,カスリーン台風による昭和22年当時の浸水区域人口を約60万人,被害額を約70億円と算定し,カスリーン台風と同規模の台風により,当時と同じ場所で破堤した場合の氾濫面積を約530平方キロメートル,浸水区域人口を約232万人,被害額を約34兆円と推定し,また,平成15年の時点で,α2川の想定氾濫区域内の一般資産額は約63兆円であり,これを各都県の受益に応じた率で配分すると東京都については22.40パーセント,資産額14.1兆円となるものと算定している。なお,大雨の発生回数は,年によりかなりの変動を伴っているが,長期的な推移については,近年,増加する傾向がみられるとされている。
(ク) α2川上流は大きくα2川流域,α3川流域及びα14・α15川流域の3流域に区分されており,このうちα3川流域はα2川上流域の全流域面積の約4分の1を占め,過去に多くの降雨が発生している。α2川上流で洪水調節機能を持つダムは,α16流域に5つ,α14・α15川流域に1つあるが,α3川流域にはα1ダム以外になく,α1ダムの洪水調節流量6500万立方メートルは,α2川水系の既設6ダムの中で最大であり,α2川水系上流の既設6ダムの洪水調節容量全体1億1484万立方メートルの約6割に相当する。国土交通大臣による東京都に対する受益者負担金の納付通知は,α1ダムによる上記洪水調節量が上記(キ)のような東京都の洪水被害の防止に有効であるとの判断に基づくものである。
(ケ) 国土交通大臣は,α1ダムの建設に関する基本計画について,平成13年9月27日,完成予定年度を昭和75年度から平成22年度に変更する第1回計画変更を告示し,平成16年9月28日,建設に要する費用の概算額を約2110億円から約4600億円に変更する第2回計画変更を告示した。国土交通大臣は,第2回計画変更に先立ち,行政機関が行う政策の評価に関する法律6条,国土交通省施策評価基本計画(平成15年3月27日改正)及び国土交通省所管公共事業の再評価実施要領に基づき,学識経験者等の第三者で構成される関東地方整備局事業評価監視委員会を開催し,同委員会は,平成15年11月20日,α1ダム建設事業等について審議し,事業の継続を了承する旨の意見を述べた。
国土交通大臣は,これを踏まえて,α1ダム建設事業について総事業費を4600億円として事業の継続を決定し,平成16年3月29日,個別公共事業の評価書(平成15年度)を作成した。
(コ) また,国土交通省の設置に係る「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」(平成21年12月3日発足)は,平成22年7月「今後の治水対策のあり方について中間とりまとめ」において,現在事業中の個別のダム事業について検証を行い,当該ダム事業について,必要に応じ総事業費,堆砂計画,工期や過去の洪水実績など計画の前提となっているデータ等について詳細に点検を行い,評価軸による他の治水対策案との比較等によってその妥当性を検討し,事業の継続の方針又は中止の方針を決定することとした。国土交通大臣は,平成22年9月28日,関東地方整備局長に対し,α1ダム等についてダム事業の検証を指示し,同日「ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目」を定めた。関東地方整備局は,平成22年9月27日,α1ダム建設事業の関係地方公共団体からなる検討の場を設置し,α1ダム建設事業における洪水調節,新規利水,流水の正常な機能の維持の目的別の総合評価及び総合的な評価を行い,平成23年11月「α1ダム建設事業の検証に係る検討報告書」を取りまとめた。同報告書においては,河川整備計画相当の目標流量として,年超過確率1/70から1/80(おおむね70年から80年に1回程度発生する規模)に相当する1万7000立方メートル/秒(α8地点)とすることとされ,これを達成することを基本として,α1ダムを含む治水対策案とα1ダムを含まない治水対策案につき,安全度,コスト,持続性,柔軟性,実現性,地域社会への影響及び環境への影響という評価軸に従って,評価が行われた。その際,同報告書は,α1ダムを含む治水対策案については,現在のα2川の骨格はα2川東遷により形成されており,α2川~α9川の右岸で堤防が決壊すれば,α2川の洪水は旧流路沿いに東京都内にまで氾濫が広がり,江戸時代以降,洪水において東京にまで浸水被害が発生しているとした上で,α2川下流区間(α9川分派~河口)が全区間の中で相対的に流下能力が低い状況であることやα2川本川上流区間(α8地点~α9川分派)やα17川などの支川改修がα2川下流区間への負担増大を生じさせることを踏まえ,適正な上下流・本支川バランスの確保を基本とするとともに,併せて,既存ストックの有効活用,現在実施中の主なプロジェクトにおける残事業の実施による所要の効果発現を図ることを基本とし,α1ダムを含む案においては,破堤による氾濫の影響が首都圏の中枢部に及ぶ上流区間における安全度の向上と,適正な上下流・本支川バランスの確保とを両立させるために,上流区間では分担流量増加をできるだけ抑える手段により安全度を向上させつつ,その間に下流部の整備を進めることが適切であるとした。そして,同報告書は,α8地点上流の洪水調節については,α1ダムの他,α2川上流ダム群の容量振り替えや洪水調節方式の見直し,α14川における広大な河川空間の調節池化,α1ダムの洪水調節方式の見直しにより,α8上流部において,ダム等がない場合の流量である1万7000立方メートル/秒に対して3000立方メートル/秒程度の洪水調節が可能であるとした。なお,同報告書は,その際,昭和11年から平成19年までの72年間において流域平均3日雨量が100ミリメートル以上の62洪水について,α8地点の実績流量と実績降雨の関係から,流量規模の大きな10洪水を抽出し,その降雨波形についてα8地点の流量が洪水調節施設のない場合に1万7000立方メートル/秒となるように雨量を引き延ばし(引き縮め)し,前記新モデルを適用して流出計算を行い洪水調節施設の効果量を算出し,α1ダムの洪水調節量を100ないし1820立方メートル/秒とした。その上で,同報告書は,α1ダムを含まない複数の治水対策案を立案し,前記の評価軸に従い評価を行った結果,総合的な評価としてα1ダムを含む現行計画案が最も有利なものであるとの結論を示した。また,同報告書は,治水施設の整備によって防止し得る被害額を便益として,ダム有り無しの年平均被害軽減期待値を算出し,施設完成後の評価期間(50年間)に対し社会的割引率4パーセントを用いて現在価値化を行い,α1ダム事業による洪水調節に係る便益を約2兆1925億円と算定し,これと流水の正常な機能の維持に関する便益及び残存価値を合わせた総便益を約2兆2163億円,建設費(治水分)及び維持管理費(治水分)を合わせた総費用を約3504億円と算定し,その費用対効果を約6.3と算定した。
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授i委員長ら有識者委員から成る関東地方整備局事業評価監視委員会は,平成23年11月29日,上記報告書(素案)を包括的に吟味し,審議した結果,α1ダムの整備の効果は,降水パターンによって異なるが,α8地点では最大毎秒1820立方メートル分を削減するものとされており,その分析の基本となるα2川水系における流出解析の方法論と基本高水の数値については,分科会によって専門的に評価されていることなどを理由として,α1ダム建設を完遂するケースが相対的に有利とする上記報告書(素案)の分析結果は妥当な結論であるとの意見を示した。
エ河川法63条1項に規定する「著しく利益を受ける」とは,河川の管理により,他の都府県が一般的に受ける利益を超える特別の利益を受けることをいうと解される。
そして,前記ウ認定判示の事実によれば,洪水によりα2川~α9川の右岸で破堤した場合,浸水区域が東京都区部にまで達し,多大の被害をもたらす可能性があること,α1ダムがα2川上流域における洪水調節によってこのような災害を防止することに有効であれば,東京都は,他の都府県が一般的に受ける利益を超える特別の利益,すなわち,同項所定の「著しく利益を受ける」ものと認められること,α8地点における基本高水のピーク流量を毎秒2万2000立方メートルとし,このうちα1ダムを含む上流ダム群により毎秒6000立方メートルを調節するものとして河道への配分流量を毎秒1万6000立方メートルとした昭和55年,平成7年のα2川水系工事実施基本計画及びα8地点における基本高水のピーク流量を毎秒2万2000立方メートル,洪水調節施設による調節流量を毎秒5500立方メートル,河道への配分流量を毎秒1万6500立方メートルとした平成18年のα2川水系河川整備基本方針が策定されていること,国土交通大臣のした受益者負担金の上記納付通知は,上記基本計画及び基本方針を前提としてα1ダムによる洪水調節量が上記洪水調節に有効であるという判断に基づきなされていること,国土交通省河川局長は,平成23年1月,第三者的で独立性の高い学術的な機関である日本学術会議に対し,「α2川水系における河川流出モデル・基本高水の設定手法の検証に関する学術的な観点からの評価」を依頼し,日本学術会議は,土木工学・建築学委員会の下に設置されている分科会において検討を行い,新モデルによって計算されたα8地点における昭和22年の既往最大洪水流量の推定値は,2万1100立方メートル/秒の-0.2パーセントから+4.5パーセントの範囲内であり,200年超過確率洪水流量は2万2200立方メートル/秒が妥当であるとの判断を示すなど前記ウ(オ)判示の検証を行ったこと,関東地方整備局の取りまとめた平成23年11月の「α1ダム建設事業の検証に係る検討報告書」は,α1ダムを含む治水対策案とα1ダムを含まない複数の治水対策案について評価を行った結果,α1ダムを含む現行計画案が最も有利なものであるとの結論を示して,その費用対効果を約6.3と算定し,東京大学大学院工学系研究科の前記教授を委員長とし有識者委員から成る関東地方整備局事業評価監視委員会は,平成23年11月29日,上記報告書(素案)を包括的に吟味し,審議した結果,上記報告書の分析結果が妥当な結論であるとの意見を示したことが認められる。
以上の事実に加えて,前記ウ判示のその余の事実をも総合すると,α1ダムにより東京都が同項所定の「著しく利益を受ける」ものでないとは認められず,また,仮に「著しく利益を受ける」ものでないと認められる余地があるとしても,これが明白であるとは認められないのであって,国土交通大臣のした上記受益者負担金の納付通知について,重大かつ行為の外形上一見看取できるような明白な違法ないし瑕疵があるものとは認められず,上記納付通知が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるものとも認められないというべきである。
オこれに対し,控訴人らは,東京都がα1ダムによって河川法63条1項所定の「著しく利益を受ける」ことが,東京都に受益者負担金の支払義務を生じるための要件であり,東京都が「著しく利益を受ける」ことがないにもかかわらず,国土交通大臣のした受益者負担金の納付通知は違法,無効であり,東京都はこれに基づき受益者負担金を負担する義務はなく,その負担を拒否し,その是正のために執り得る手段を尽くす義務を負い,上記納付通知に基づき受益者負担金を支出することは財務会計法規上の義務に違反した違法な行為となるものであるところ,同項所定の「著しい利益」とは「重大かつ明白な利益」を意味し,東京都が「一般的な利益を超過する特別の利益」といえるほどに重大な利益を受けることが明白でなければならないと主張し,さらに,α1ダムの建設計画自体に治水計画上の合理性が認められることも,国土交通大臣の受益者負担金の納付通知の適法要件であると主張する。
しかし,河川法63条1項に規定する「著しく利益を受ける」とは,前記エ判示のように,河川の管理により,他の都府県が一般的に受ける利益を超える特別の利益を受けることをいうと解されるのであり,上記「著しい利益」とは「重大かつ明白な利益」を意味するとの控訴人らの主張は,同項の文理とも乖離するものであって,採用することができない。
その上,前記イ,エに判示したところによれば,国土交通大臣がα1ダムにより東京都が同項所定の「著しく利益を受ける」ものと判断して行った受益者負担金の上記納付通知について,重大かつ外形上一見して看取できるような明白な違法ないし瑕疵があるなど,著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在しない限り,上記納付通知に応じて,被控訴人建設局課長の行う支出行為が,財務会計法規上の義務に違反する違法なものになるものではないというべきであり,上記納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるとは認められず,著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるとも認められないことは前記エ判示のとおりである。
控訴人らの主張は採用することができない。また,控訴人らは,地方財政法25条3項は,国が地方公共団体の負担金を法令の定めるところに従って使用しなかったとき,地方公共団体は国に対し,負担金の支出を拒否し,また,支出済みの負担金の返還を請求することができる旨を規定しているところ,東京都がα1ダムによって「著しく利益を受ける」ことがない場合には,負担金の支出を求める根拠がなく,法令の定めるところに従って使用されることのあり得ない負担金の支出を求めていることとなるから,東京都はその支出を拒否すべき財務会計法規上の義務があり,漫然とこれを支出する行為は,財務会計法規上の義務に違反する違法がある旨を主張するようである。
しかし,職員等の財務会計上の行為が,これに先行する原因行為に基づく場合において,当該原因行為が行政組織上独立の権限を有する他の機関の権限に基づいてされた行為であるときは,職員等は,上記のような独立の権限を有する他の機関の固有の権限内容にまで介入し得るものではないことからすれば,法が特に職員等に対しその原因行為の適法性を審査した上で,これが適法な場合に限り,その内容に応じた財務会計上の行為をすべき義務を課しているときを除き,当該原因行為について重大明白な違法ないし瑕疵があるなど当該原因行為が著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正の見地から看過し得ない瑕疵が存するときでない限り,これを尊重して財務会計上の行為をすることが違法と認めることはできないと解するのが相当であることは前記イ判示のとおりである。そして,前記イ判示の各点に加えて,地方財政法25条が負担金の使用方法に関する規定であること,同条3項が,「当該負担金の全部を支出せず又はその返還を請求しなければならない」という文理ではなく,「当該負担金の全部「又は一部」を支出せず又はその返還を請求「することができる」」という文理となっていること及び同条1項の規定する「法令」とは,財政の運営に関する一般法令をいうものと解されることからすれば,同項が東京都及びその機関に対し,国土交通大臣による受益者負担金の納付通知が,その根拠法令である河川法63条1項所定の「著しく利益を受ける」の要件を具備するか否かの適法性を審査した上,同項に当たらない場合には,その支出を拒否し,同項の要件を具備して適法な場合に限り,上記納付通知に応じた受益者負担金の支出をすべき財務会計法規上の義務を課したものとは認められない。
控訴人らの主張は,採用することができない。カ(ア)控訴人らは,さらに前記ウ(オ)の分科会における検証が,カスリーン台風におけるα8地点の流量毎秒1万7000立方メートルを国土交通省の説明のまま検証せずに受け入れたものであること,分科会は,カスリーン台風洪水の計算流量と実績流量との間の乖離を河道域の拡大と河道貯留により説明しているが,河道域の拡大と河道貯留によって上記の乖離を説明することはできないこと,分科会の使用した流出計算技法が世界的にも未確認の手法である上,中規模洪水で得られたパラメータを用いて大規模洪水の流出計算を行うと過大な値が出るという欠陥を有すること,分科会の採用した流出率のデータがα2川上流域の実態と乖離しており,流出が高く出るデータを用いて計算が行われていることから,信頼性に欠けるものであって,この検証の結果をもってしても,国土交通大臣のした受益者負担金の上記納付通知が違法であることは左右されない旨を主張するようであり,j証人(当審,以下「j証人」という。)の証言中には,α16流域及びα14川流域における最終流出率を0.7として,前記新モデルと同じ手法による計算をすると,カスリーン台風再来の場合のα8地点におけるピーク流量は毎秒1万6663トンとなるところ,上記の計算方法に基づき過去に発生したカスリーン台風を除く主要10洪水におけるピーク流量を実績値と比較した結果,前記新モデルによる計算結果より信頼性の高いことが判明した旨,カスリーン台風当時から森林の保水力は向上しているため,現在の森林の状況を前提とすれば前記のピーク流量の数値はさらに低いものとなる旨,上記新モデルを用いて中規模洪水で得られたパラメーターに基づき相対的に大規模な洪水の再現計算を行うと大きめの数値が出る傾向がある旨の証言があり,同人作成の陳述書(甲B146,164)中にも同旨の記載がある。
しかし,分科会による検証は,第三者的で独立性の高い学術的な機関である日本学術会議によって,専門的な知見に基づいて行われたものであり,その内容が科学的に合理性に欠けることが明らかであるとは認められないことに加えて,前記ウ(オ)判示の各点に,j証人の上記証言によっても,その証言にいう「前記モデルと同じ手法による計算」が,分科会が評価の対象とした新モデルと同じ結果をもたらす計算方法であることが明らかであるとは認められないこと,最終流出量率について,日本学術会議のk委員,l委員は,総降雨量が200ミリメートル程度以下では0.7くらいが妥当であるが,それより総降雨量が多い場合は1にするのが安全側であり適切であるとしているが(甲B155),同証人は,総降雨量が200ミリメートルを超える場合にも0.7を用いていることをも総合考慮すると,上記証言及び陳述書の上記記載から,分科会による検証の内容が,科学的合理性を欠くことが明らかであるとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠もないのであって,その検証結果によれば,国土交通省の作成した新モデルが合理性を備えていることが確認され,カスリーン台風におけるα8地点の最大洪水流量を2万2000立方メートル/秒とする計算に相応の合理性のあることが認められるというべきであり,これに対し,さらに控訴人らの主張するような観点からの検討を加えなければ,α8地点での基本高水のピーク流量を毎秒2万2000立方メートルとすることを前提とする国土交通大臣の納付通知に重大かつ行為の外形上一見看取できるような明白な違法ないし瑕疵が存在することとなるとか,著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正の見地から看過し得ない瑕疵が存することとなるとは認め難く,また,被控訴人建設局課長に,そのような検討を加えて予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在するか否かを判断しなければならない財務会計法規上の義務があるとも認め難いのである。
また,カスリーン台風におけるα8地点の流量については,実測値が存在しないものの,上α2川,α14川及びα15川の三川の合流量に基づき毎秒1万6850立方メートルとする推計が存在し,上記三川の最大流量の実測値の算術和が1万7350立方メートルであり,19時をはさんで1時間程度1万6900立方メートル/秒の最大洪水量が続いた計算となる旨の報告が存在し,その内容が不合理なものとは認めるに足りない(甲B7,17,18,甲F1)ことに照らせば,当時の流量実績を1万7000立方メートル/秒として計算することが合理性を欠くことが明らかであるとは認められない。
そして,分科会作成の「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価について(回答)」と題する書面(乙145)には,昭和22年の洪水では,河道域の拡大と河道貯留とによって,α8での実績流量が計算洪水流量より低くなることが示唆されたとの記載のあることが認められるが,上記書面の記載全体に照らせば,河道域の拡大や河道貯留の存在のあったことを確定的に認定したり,国土交通省の新モデルに基づく計算結果としてカスリーン台風における洪水流量の推定値が2万1100立方メートル/秒の-0.2パーセントから+4.5パーセントの範囲とすることが妥当である等とした分科会の検証結果の主要な論拠としたものとまでは認められないのであり,控訴人ら指摘の点によっても上記検証が合理性を欠くことが明らかであるとは認められない。
さらに,控訴人らは,中規模洪水で得られたパラメータを用いて大規模洪水の流出計算を行うと過大な値が出る原因が,新モデルが最終流出率を0.7ではなく1.0としていることによるものであり,これが実態と乖離していると主張するところ,甲B第155号証,第163号証に照らせば最終流出率を1.0として計算することが科学的合理性を欠くことが明らかであるとは認められない。
また,控訴人らは,公開説明会「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価」議事録(甲B163)記載の質疑応答によって,分科会の検証結果が未確認の方法による机上の再現計算にすぎないことが明らかとなったのであるから,その科学的合理性は否定されるべき旨を主張するようであるが,以上判示の各点と議事録全体の記載に照らせば,上記議事録記載の質疑応答も上記判断を左右するに足りるものとは認められない。
以上によれば,控訴人らの主張は採用することができない。(イ)控訴人らは,カスリーン台風が再来した場合のα8地点に対するα1ダムの治水効果はゼロであり他の大洪水においてもα1ダムの治水効果は非常に小さいと主張する。
しかし,前記ウ(コ)及びその余のウ判示の各点並びに前記エ判示の各点に照らせば,α1ダムの治水効果が乏しく,α1ダムにより東京都が「著しく利益を受ける」ものでないとは認められないし,仮に「著しく利益を受ける」ものでないと認める余地があるとしてもこれが明白であるとは認められないというべきである。
また,控訴人らは,α1ダムの治水効果が大きいのはα17川合流点より上流までであり,下流に行くにつれて小さくなり,α2川下流やα9川では上流部の1/10程度にまで落ち込み,α1ダムがない場合における対応不足流量は,α2川下流部,α9川では,洪水位に換算すると数センチメートルにすぎないことが多く,東京都にとってα1ダムは意味を持たない治水施設であると主張する。
しかし,カスリーン台風においては河口からの距離134.4キロメートルの当時埼玉県北埼玉郡α13村における破堤により,東京都にも多大の被害を生じたことは前記ウ(キ)判示のとおりであることに照らせば,α2川下流部におけるα1ダムによる洪水調節効果が大きくないことによって,α1ダムによる洪水調節量が洪水調節に有効であることを前提として,国土交通大臣のした受益者負担金の納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵が存在するものとは認められず,著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵が存在するものとも認められないとの前記判断を左右するものではないというべきである。
控訴人らの主張は,採用することができない。
キ控訴人らは,さらに,α1ダムの基礎地盤の安全性が裏付けられておらず,α1ダムは,河川法に基づく河川管理施設としての性状と機能を備えていないと主張するようである。
しかし,証拠(甲D1ないし4,15,17,甲F5の2の1及び2,乙2,88,109,110ないし113,140ないし142)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) α1ダムは,重力式コンクリートダムとして建設が計画されているダムである。重力式コンクリートダムは,ダム貯水池の水圧等の荷重をダム堤体の自重によって下方の基礎岩盤に伝達し支える構造物であり,基礎岩盤としてダム高に応じた十分なせん断強度(物体をずらすように作用する力に対する強度)を有する岩盤が必要であり,重力式コンクリートダムの力学的安定性に関しては,ダム堤体と基礎岩盤との接触面及び基礎岩盤内において,せん断力によるすべり破壊に対して安全である必要がある。
したがって,重力式コンクリートダムにおいては,ダム堤体と基礎岩盤との接触面,基礎岩盤内の水平に近い傾斜の断層及びシーティング節理(ほぼ水平に剥がれるような割れ目)に留意する必要があり,水平に近い傾斜の断層等については,特に分布とせん断強度に関する調査を行い,すべり破壊に対する安定計算を行い,所定のせん断強度が確保されない範囲は掘削除去され,コンクリート置換が行われるものとされる。
また,α1ダムにおいては,基礎地盤の遮水性を向上させることなどを目的としてカーテングラウチング(ダム堤体直下及び左右岸の地盤内にセメントミルクを注入し,ダム堤体上流端において鉛直方向にカーテン状の遮水壁を設けること)及びコンソリデーショングラウチング(ダム堤体直下の地盤の5から10メートルの浅い範囲に平面的にセメントミルクを注入すること)を実施することが計画されており,グラウチングの設計・施工は,グラウチング技術指針に基づき実施されるものとされている。現在のグラウチング技術指針は,旧グラウチング技術指針(昭和58年6月30日付け建設省河川局開発課長通達)制定後,約20年が経過し,その間に数多くの施工データや知見が蓄積される一方,複雑な地質を有する基礎地盤を対象とする工事が増えたことから,平成15年に,ダムの安全性を損なわないことを前提に改定されたものであり,具体的には,従来グラウチングの分類として,ダムの基礎地盤及びリム部(ダム軸の左右岸部分)において,浸透路長が短い部分と貯水池外への水みちとなるおそれのある高透水部の遮水性の改良を目的として行われる,孔長の比較的長いカーテングラウチング,コンクリートダムの着岸部付近において施工されるコンソリデーショングラウチング等に大別されていたもののうち,コンソリデーショングラウチングにつき,遮水性の改良を目的とするものと,断層・破砕帯等の弱部の補強を目的とするものとに細分類した上で,カーテングラウチングについては,改良目標値を,従来ダム形式により一律に定めていたのを,深度が最大ダム高の2分の1までは2ないし5ルジオン(岩盤の透水性を示す数値で,ボーリング孔1メートルに水を1平方センチメートル当たり10キログラムの圧力で注入して,毎分1リットルの水が注入されるときに,1ルジオンとなる。),最大ダム高までは5ないし10ルジオンを標準とする代わりに,透水性の改良が難しい地盤では浅部の複数列化によって厚みのある遮水ゾーンを形成する等の対応をとることとし,遮水性の改良目的のコンソリデーショングラウチングについては,水理地質構造等を適切に勘案して適切に設定し,硬岩からなる亀裂性の地盤の場合は5ルジオン程度とし,また弱部の補強目的のコンソリデーショングラウチングでは,ルジオン値で設定する場合は10ルジオン以下,単位セメント量で設定する場合は地盤の性状,注入圧力に応じて適切な値を設定することとし,施工途中においても「施工データの分析→計画の検証・見直し→施工」をルーティン化して行うことを義務付け,施工状況に応じた合理的なグラウチングを行うこととしている。
国土交通省は,平成16年9月28日の第2回計画変更に当たり,ダムサイト左岸側に高透水ゾーンを確認したことにより,カーテングラウチングの施工範囲を拡大する変更をし,さらに,施工中に新たな問題点が発見された場合,計画の検証・見直しをした上でその後の施工をすることが可能であるとしている。
(イ) α1ダムは,α2川水系α3川のほぼ中央部に当たるα3渓谷の上流部に位置し,当初,現在のダムサイトより下流約600メートル付近をダムサイトとして調査が行われてきたが,昭和60年度以降は,現在のダムサイトでボーリング調査が進められている。国土交通省は,昭和60年度以降平成14年度まで合計74か所,掘削長合計9090メートルにわたりボーリング調査を実施し,1541回にわたりルジオンテストを実施するなどして,平成14年度調査においては,統一的な岩盤評価を行い,既存の地質調査資料を透水帯や変質に着目した見直し・整理・統合を行い,地質層序・構造,高透水帯・地下水位,変質帯に関する地質条件の検討を行って,地質図の作成又は修正,地質工学的検討,解析図面の作成・修正,調査計画の検討を行った。さらに,平成15年度においても5か所においてボーリング調査を実施し,ダム基礎岩盤の地質状況及び透水性を把握し,平成16年度以降も必要に応じて地質調査を実施している。
(ウ) α1ダムの基礎岩盤について,ダムサイトに分布する基盤の主な地質は,新第三紀鮮新世の火山岩と考えられる八ツ場安山岩類であり,八ツ場安山岩類は輝石安山岩質で,火山角礫岩を主体とし,安山岩溶岩や河床部には同質の貫入岩体を伴い,河床部右岸にデイサイトの岩体及び河床に延びる高角度の輝石安山岩岩脈群がみられる。
国土交通省は,α1ダムサイトの岩級区分を,岩塊の硬軟,割れ目間隔及び割れ目性状という3つの要素の組み合わせにより,良好な順にB級,CH級,CM級,CL級,D級に分類し,D級をダム基礎岩盤には適さない岩盤と判断しているところ,基礎岩盤は全体にB級岩盤を主体とし,地表に近づくに従いCH級,CM級,CL級岩盤からなり,ダム高が最も高くなり,最も大きなせん断強度が必要となる渓谷中央部の河床から両岸の斜面にかけては,施工時に掘削除去されるべき地表から概ね5ないし10メートルの範囲にCM級岩盤がみられるが,その下部のダム基礎となる部分はB級を主体としている。
(エ) 断層の分布について,昭和45年1月作成の「α2川水系α3川α1ダム・ダムサイト地表地質調査報告書」(株式会社m作成)においては,ダムサイト下流の2本の断層の存在が指摘されている(同報告書6・7頁)が,結論としては「ダム建設に大きな問題となる規模のものは認められなかった。しかし,今回の調査では,断層破砕帯の大規模なものは認められなかったが,調査地右岸に分布する段丘面下には,断層通過の可能性が地形的にあり調査の必要がある。」とされた。そして,その後,平成15年3月作成の「H14ダムサイト地質解析業務報告書」(n株式会社作成,以下「H14報告書」という。)では,ダムサイト付近では,地質学的及び工学的に際立った断層は認められないとされている。
(オ) 変質帯について,H14報告書では,ダム基礎岩盤の安定性(強度と耐久性)に関して着目すべきは中性の熱水変質のみであると判断され,大局的に見て変質の中心と見られるダムサイト右岸上流部に高いランクの変質が集中しており,右岸上流分の変質帯は-5軸(当初のダム軸から200メートル上流部)を中心に脈状に広がるが,-1軸(当初のダム軸から40メートル上流部)では,中変質(W2)と強変質(W1)が局所的に分布する程度となり,右岸上流の変質が及ぶ範囲は-1軸から0軸(当初のダム軸(ダムの位置を示す基本線であり,重力式コンクリートダムにおいてはダム天端上流面を通る河川横断線))の間までであるとされた。
(カ) H14報告書によれば,ダムサイトの岩盤は,岩片が堅硬なことと割れ目が少ないこと及び全体に風化も進んでいないため,かなり大きなせん断強度を有するものとみられる。なお,同報告書によれば,河床標高より上の両岸山腹部には応力開放に伴うリバウンドによるシーティング節理が生じていると見られ,このシーティング節理が頻繁に連続して発達しているようであれば,ダム基礎岩盤のせん断強度を大幅に減少させる可能性があるとされているものの,ダムサイトにシーティング節理が存在する直接的証拠は少なく,現段階ではダムサイトの地質上の課題とは認識されていないとされている。
(キ) H14報告書は,当初のダム軸は,確実に変質帯を避けるように河川にやや斜交して設定されているところ変質帯の問題がなければダム軸の右岸側を上流に移動させることにより,堤頂長を短く堤体積を減少させるなどして経済的なダムの設計が可能となるとし,-1軸のW1及びW2の変質帯の延びの方向を明らかにするような調査を行うことが望ましいと指摘し,その後の追加調査により,熱水変質によるCL,CM級岩盤は,上流からダムサイト(0軸)に向かってしだいに分布が狭くなり,ダムサイト付近ではほとんど分布がみられなくなり,良好な岩盤となっていることが確認された。そのため,関東地方整備局は,堤体基礎が変質帯にかからない範囲で,ダム軸の右岸側を上流側に20メートル移動させた上で,新たに設定したダム軸をもとに堤体の設計を進めることとした。
ク以上判示の事実に照らすと,α1ダムのダムサイトの地盤に関する調査の経過,内容及びα1ダムの設計・施工の方針に重大かつ明白な瑕疵があるとは認められず,また,これが著しく合理性を欠くものとも認められない。したがって,α1ダムのダムサイトが安全性を欠いており,α1ダムが河川管理施設としての性状と機能を有しないため,国土交通大臣の受益者負担金の上記納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるとは認められず,これが著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があるとも認められないというべきである。
ケこれに対し,控訴人らは,ダムサイトの基礎岩盤がB級を主体とするとの前記判断は合理性を欠き,H14報告書によれば,河床標高より深部でさえも多数の開口割れ目の存在が確認されており,B級と判断されたボーリングコア中にも1メートルにつき3本以上の割れ目が入っているものがありB級の定義に合致せず,基礎岩盤は脆弱であると主張する。
しかし,H14報告書によれば,B級の区分基準は「ほとんど割れ目がない新鮮堅硬岩盤」,「岩片は硬質で,反発係数はほとんど650以上を示す。割れ目は少なく,ボーリングコアでは1メートルにつき1~2本程度である。割れ目沿いは若干褐色部が認められるものの密着していることが多く,軟質化は認められない。ルジオン値は概ね2未満である。」とされており,同報告書は,上記基準に基づき,控訴人らの主張する割れ目の存在を前提として,基礎岩盤は全体にB級岩盤を主体とし,また渓谷中央部のダム基礎となる部分はCH級及びB級からなるものと判断していることが認められる(甲D1,甲F5の2の1)のであり,控訴人ら主張の点を考慮しても,上記判断に重大かつ明白な瑕疵があるとは認めるに足りないし,上記判断が著しく合理性を欠くものであるとは認められない。
また,控訴人らは,岩級区分がB級ないしCH級と評価されている部分でも少なからぬ箇所(甲F5の2の2図15ないし17)において,ルジオン値が20以上とされているから,岩級区分をCL級に見直すべきであると主張する。
しかし,上記のとおり,α1ダムサイトの岩級区分は岩塊の硬軟,割れ目間隔及び割れ目性状等から定められており,ルジオン値のみを基準とするものではなく,ルジオン値に関してもB級の説明として「ルジオン値は概ね2未満である。」,CH級の説明として「ルジオン値は2未満~20以上を示す。」,CL級の説明として「ルジオン値は20以上を主体とする。」とされており,幅が設けられている上,CM級やD級ではルジオン値に基づく説明がされていない(甲D1)ことが認められる。これによれば,ルジオン値が20以上の部分があるとしても,直ちに岩級区分をCL級に見直さないことについて,重大かつ明白な瑕疵があるとは認められず,また,著しく合理性を欠くものであるとも認められない。
控訴人らは,α3川河床付近や左右両岸側に高透水性の箇所が多数見られ,左岸側は水平方向に高透水性を示す層が重なっており,それが山側に延びている可能性が高く,右岸側は地下水位よりも下に高透水性の地層があり,ダムサイト0軸のルジオンマップには,河床標高以深において,ルジオン試験の結果「目詰まり型」,「限界圧あり型」を示す地点がかなりあって,これらの箇所は一定以上の水圧がかかると岩盤が亀裂破損する可能性があるとし,α1ダムのダムサイトは,河床直下,左岸側,右岸側のいずれも透水性が高い脆弱な岩盤であって,平成15年に改訂された「グラウチング技術指針」による新基準に基づくグラウチング工法をもってしても対処することが不可能であると主張する。
しかし,α1ダムのダムサイトの透水性は,河床付近の基礎岩盤ではルジオン値は小さく,左岸では概ね地下水位より高い位置でルジオン値が大きい箇所が認められ,地下水位以深ではルジオン値は小さく,右岸ではルジオン値は全体的に小さいものの,ところどころにルジオン値の大きい箇所が,地下水位以深においても認められるところ,国土交通省は,平成15年に改訂されたグラウチング技術指針に基づき,ダムサイトの地質性状に応じて改良目標値及び改良範囲を設定することにより,α1ダムの基礎地盤等において遮水性が不足する箇所に対応することが可能と判断していることが認められ(甲F5の2の1,乙140ないし142),上記グラウチング技術指針やこれにより遮水性が不足する箇所に対処するとの方針に重大かつ明白な瑕疵があり又はこれが著しく不合理なものとは認められない。
さらに控訴人らは,α1ダムのダムサイト周辺には,この地域で最も大きな親断層が存在し,それがダム軸の右袖部を通過しているか少なくとも直近を通っており,その親断層の活動に伴って生じた断層がダムサイト周辺に密に分布し,H14報告書で「擾乱帯」と呼ばれた,左岸河床の河道方向の-1軸から2軸(ダム軸の上流側40メートルないし下流側80メートル)まで連続する,やや脆弱で鏡肌を伴うやや破砕質な部分は,断層破砕帯(断層の境界部の岩盤が崩れて帯状に脆弱となっている部分)であって,これと併行してダムサイトの上下流にまたがって走る断層の存在も確認されており,河床中央のボーリングで採取された岩体の一部(甲D15の添付図-6)が赤色変質していることや,「擾乱帯」の延長線上の右岸側に10を超えるルジオン値を示す部分があることからすると,断層がダムサイト直下に延長しており,ダム底の岩盤のせん断抵抗に大きな影響を与え,ダム堤体を建設するには安全な岩盤ではないと主張する。
しかし,H14報告書において,ダムサイト付近では,地質学的及び工学的に際立った断層は認められないとされていることは前記キ(エ)判示のとおりであり,その後の調査によっても,ダムサイト周辺にダム基礎として問題となるような断層破砕帯は確認されていないことが認められるのである(甲F5の2の1,乙140ないし142)。
控訴人らは,α1ダムのダムサイトは,熱水変質帯が広く分布する地域であり,ダム軸が位置する場所もまた,当然熱水変質帯の中にあることを前提として考えなければならず,地質調査を続けることにより,次第により広範囲のダムサイトを取り巻くような熱水変質帯の分布が明らかにされており,未調査の箇所から新たに熱水変質帯が発見される可能性があるところ,熱水変質帯に属する岩盤は,風化・劣化して強度が低下しており,仮に現在熱水変質が及んでいないか又は強度低下がわずかであったとしても,熱水変質は進行し,ダム完成後の水位の著しい変動により変質が加速されることから,このような熱水変質帯が広く分布する場所にダムを建設すること自体が誤りであると主張する。
しかし,H14報告書では,右岸上流の変質が及ぶ範囲は-1軸から0軸の間までとされ,その後の追加調査により,熱水変質によるCL,CM級岩盤は,上流からダムサイト(0軸)に向かってしだいに分布が狭くなり,ダムサイト付近ではほとんど分布がみられなくなり,良好な岩盤となっていることが確認されたため,堤体基礎が変質帯にかからない範囲で,ダム軸の右岸側を上流側に20メートル移動させたものであることは,前記キ(オ)(キ)判示のとおりであり,熱水変質帯に関する問題は解消されていることが認められ,他に,新たに設定されたダム軸が熱水変質帯の中にあること,あるいは,変更後のダム軸に建設されたダムが将来の熱水変質の進行による悪影響を受けることを認めるに足りる証拠はない。
その他,控訴人らは,ダムサイト周辺の基礎地盤がα1層と呼ばれる陸成層で,溶岩の岩脈の貫入やシーティング節理のため一般的に不安定であることや,昭和46年に建設省が現在のダムサイトの位置と同じ場所の上流案の中止を決めたことなどを主張するが,以上に判示したところに照らせば,いずれも,前記クの認定判断を左右するに足りるものではなく,採用することができない。
以上のとおり,控訴人らの主張は,いずれも採用することができず,α1ダムのダムサイトに危険性がありα1ダムが河川管理施設としての性状と機能を有しないため,国土交通大臣の受益者負担金の上記納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるとは認められず,これが著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があるとも認められないとの前記判断は,左右されるものではない。
コまた,控訴人らは,ダム湖周辺の地盤等の地すべりの危険性が除去されておらず,α1ダムが,河川法に基づく河川管理施設としての性状と機能を備えていないと主張する。
しかし,証拠(甲D9ないし12,25,26,28,甲F6の2の1ないし3,乙93,117,161の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 国土交通省は,α1ダムの貯水池周辺の地すべりの安定評価及び対策方針について,α1ダム貯水池周辺地盤安定検討委員会を設けて検討を行い,貯水池周辺全体を対象に空中写真,地形図,地質図,文献資料等を収集し,地すべりの可能性があり,かつ,湛水の影響を受ける箇所として22箇所を抽出し(原判決別紙抽出地すべり位置図(22箇所),)これを対象に現地踏査により詳細な地形状況,岩盤の風化・緩み状況等の確認調査を行うとともに,各箇所の既存の調査データの収集・整理を併せて行い,その結果に基づき,当該箇所の地形成因が地すべりによるものかどうか判定を行い,湛水による地すべりの可能性が高い5箇所(α18地区α19(同別紙③),α20地区α21(同別紙⑭),α22地区α232箇所(同別紙⑰,⑱,α22地区α24(同別紙⑲))と,湛水による地すべりの可能性が低い17箇所(α20地区α25(同別紙⑮)など)とに分類し,その後α22地区α24を2箇所(同別紙⑲-1,2)に分割して,湛水による地すべりの可能性が高い箇所として6箇所(α18地区α19,α20地区α21,α22地区α23(2箇所),α22地区α24(2箇所))を分類した。
(イ) 国土交通省は,上記の湛水による地すべり発生の可能性が高い合計6箇所について,さらに現地におけるボーリング調査,動態観測及び詳細な踏査を実施し,地すべり地形の有無,すべり面の有無及び深度,地すべり規模の特定をし,地すべり対策の必要性を検討した。その結果,α18地区α19とα22地区α242箇所については,保全対象物(家屋,道路,鉄道等)があることから地すべり対策が必要であると判断して,押え盛土(地すべりの末端部に擁壁と盛土を施工して末端部の抵抗を付加し,地すべり地全体の安定化を図るもの)による対策工事を行うこととした。他方,α20地区α21については,地すべりによる貯水池への影響が軽微であり,貯水池周辺の保全対象物へは影響が及ばず,α22地区α23(2箇所)においては岩盤すべりが存在しないか,小規模な地すべりであり,その影響の及ぶ範囲はダム事業により買収,管理することとなることから,地すべり対策の必要はないと判断した。
なお,α20地区α26においては,小規模な地すべりが発生しており,道路の変状等の影響があったことから対策工を実施済みである。
(ウ) 貯水池周辺の地滑り対策の必要性の判断には,湛水による影響を考慮した地すべり土塊の安定性の評価とともに,地すべり影響範囲内の保全対象物の有無が関係し,地すべり影響範囲内に保全対象物がなく,地すべりによる貯水池への影響(地すべり土塊の移動による貯水容量の変化等)が軽微である場合は,地すべり対策は不要とされている。また,一般に,地すべり土塊の大部分が湛水区域内にあるような場合には,地すべりによる土塊の移動により変化する貯水容量はわずかとされている。
また,地すべり対策工には,押え盛土工のほか,排土工,鋼管杭工,アンカー工などの工法があり,それぞれの工法には長所,短所があって,現地の状況に合った効果的かつ合理的な対策工を選定する必要があるが,押え盛土工は,土の重量バランスで安定させるため地すべりを抑制する確実な工法であり,掘削土を利用できるなどの利点も存在し,α1ダムについては,現地で盛土材が確保でき,かつ,盛土を施工する場所も確保できることから,安全性,経済性,施工性の観点を総合的に判断し,上記(イ)において地すべり対策が必要であると判断した箇所については押え盛土工を選定したものである。
(エ) さらに,国土交通省は,平成21年7月に「貯水池周辺の地すべり調査と対策に関する技術指針(案)・同解説」を改訂した(以下「技術指針(案)」という。)。技術指針(案)は,①貯水池周辺の地すべり等(地すべり並びに崖錐等の未固結堆積物の大規模な斜面変動現象及びその現象が発生する場所)の分布を明らかにし,その中から精査が必要な地すべり等を抽出することを目的として実施する概査の手順,内容,②地すべり等の機構解析,安定解析,対策工の必要性の評価及び対策工の計画などの資料を得ることを目的として実施する精査の手順,内容,③地すべり等の発生・変動機構を明らかにするとともに,湛水に伴う地すべり等の安定性を評価し,対策工の必要性を検討することを目的として実施する解析の方法等,④貯水池周辺の湛水に伴う地すべり等の安定性を確保し,地すべり等による被害の防止又は軽減を図ることを目的とする対策工の計画の手順等,⑤試験湛水時及びダム運用時の斜面管理の方法について定めている。そして,技術指針(案)は,安定解析に当たっては,地すべり等の湛水前の安全率,地すべり等の湿潤状態における土塊の単位体積重量,地すべり等の土質強度定数,残留間隙水圧の残留率,貯水位変動範囲を解析条件とし,原則として二次元極限平衡法の「簡便法」を用いること,明確なすべり面が形成されていない崖錐等の未固結堆積物からなる斜面の安定性の評価は「円弧すべり法」を用いて数多くの想定すべり面に対して安定計算を行い,最小の安全率を与える円弧と値で行うこと等,安定計算における水没部の取扱いには「基準水面法」を適用することを基本とすること,対策工の必要性の評価は,湛水後に通常想定される貯水位操作時の最小安全率に基づいて実施すること,対策工の計画は,貯水池周辺の湛水に伴う地すべり等の安定性を確保し,地すべり等による被害の防止又は軽減を図ることを目的として立案し,対策工の計画の手順は,計画安全率の設定,対策工の選定,必要抑止力の算定の順とすること,計画安全率は,保全対象の種類に応じた重要度により設定すること,対策工は,地すべり等に応じた効果的かつ経済的な対策とすることを目的として,地すべり等の特性,貯水位と地すべり等の位置関係及び各々の対策工の特徴を考慮して選定すること,対策工の必要抑止力は,計画安全率を満足するように算定することなどを定めている。
①レーザープロファイラ測量図からの判読によって,貯水池周辺の地すべり地形等50地区84箇所を推定し,現地踏査を実施した結果,岩の露頭の有無等から健全斜面と推定された5地区5箇所を除き,地すべり等の可能性がある箇所は45地区79箇所となった。そのうち湛水の影響を受ける推定される地すべりの可能性がある箇所33地区59箇所を推定し,保全対象物と規模により,精査実施の有無を判定した結果,6地区(α19,α24,α21,α27,α28,α20α26)16箇所を精査対象(ただし,α20α26は対策実施済みのため除外)とした。
②湛水の影響を受ける未固結堆積物斜面として6地区(α18①,α18②,α22,α29,α30,α20)19ブロックを抽出して精査の必要度を検討した。
③上記のようにして決定した精査実施箇所について,地すべりに関しては,対象箇所について現地踏査及びボーリングコアの観察等により,想定地すべりのブロック区分及び想定すべり面の位置確認を行い,地すべりブロックの範囲及びすべり面を推定し,技術指針(案)に準拠して安定計算を実施した結果,精査対象箇所5地区すべてで湛水の影響により安全率が1.0未満となることから,対策の対象とした。また,未固結堆積物斜面についても,技術指針(案)に準拠して安定計算を実施した結果,最小安全率が1.0以上となるα29地区を除く5地区について対策工を検討することとした。
④そして,地すべり対策工については,保全対象の重要度に応じて計画安全率を設定し,想定される地すべりの特性,貯水位との位置関係及びそれぞれの対策工の特徴を考慮して対策工を選定し,α19地区につき押え盛土工(L8すべり面)及び頭部排土工(L8上部)を,α24地区につき頭部排土工及び押え盛土工を,α21地区につき頭部排土工及び押え盛土工(R12-1)並びに押さえ盛土工(R12-2)を,α27地区及びα28地区について押え盛土工を選定し,未固結堆積物斜面対策工については,安定計算結果に基づき対策工を検討して,前記5地区について,いずれも押え盛土工を選定した。
(カ) 国土交通省は,地滑り対策工は湛水を開始する前までに完了しなければならないため,貯水池周辺の整備計画が定まるのに合わせて,貯水池全域の斜面を対象に地すべり対策を再検討して修正することを予定しているが,貯水池周辺の地すべりに対しては,技術的に十分対応可能であるとの判断を示している。
サ以上認定の事実に照らせば,α1ダムの貯水池周辺の地すべり対策及び地すべり対策に関する技術指針(案)に重大かつ明白な瑕疵があるとは認められず,また,これが著しく合理性を欠くものとも認められない。
したがって,貯水池周辺において地すべりの危険があるため,α1ダムが河川管理施設としての性状と機能を有さず,国土交通大臣の受益者負担金の納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるとは認められず,これが著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があるとも認められないというべきである。
シこれに対し,控訴人らは,α19において,国土交通省が設定しているすべり面は,地すべりの進行を示す滑落崖も分離丘もその周辺の空洞帯も含まれておらず,過小評価したすべり面を前提に押え盛土工法が設計されているから,極めて効果が小さく,安全の確保は期待できないと主張し,α24においては,国土交通省は,想定される3つの地すべり地のうち,最も大きな中央部の地すべり地については対策を採らないものとし,残り2箇所だけを押え土工で対処するとしているが,同地区において平成元年に発生した大きな地すべりは中央部の大きな地すべり面で起きた可能性が高いにもかかわらず,そのことを無視したものであると主張し,α21右岸において,α3川寄りのブロック7だけを湛水によって不安定化する地区とし,保全対象物がないので対策は採らないものとしているが,そのブロックが滑れば山側に連鎖して地すべりが拡大するおそれが極めて高いと主張する。
しかし,上記各箇所については,国土交通省が,現地踏査及びボーリングコアの観察等により,想定地すべりのブロック区分及び想定すべり面の位置確認を行い,地すべりブロックの範囲及びすべり面を推定し,技術指針(案)に準拠して安定計算を実施して,保全対象の重要度に応じて計画安全率を設定し,想定される地すべりの特性,貯水位との位置関係及びそれぞれの対策工の特徴を考慮して対策工を選定したものであることが認められることは前記コ(オ)判示のとおりであって,上記の地すべり対策に重大かつ明白な瑕疵があるとは認められず,これが著しく不合理なものとも認められないことは前判示のとおりである。
控訴人らは,α20地区α26については,平成10年に緊急の地すべり対策が実施されたが,夏期,ダムの水位が下がったとき,上部の宅地造成地盤が沈下するおそれについての対策は採られておらず,問題は解消されていないと主張する。
しかし,同箇所については,既に地すべり対策工が施工済みであることは前判示のとおりであり,控訴人ら主張の点により,α1ダムが河川管理施設としての性状と機能を有しないこととなり,国土交通大臣の受益者負担金の納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるとは認められず,これが著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があることとなるものとは認められないというべきである。
さらに,控訴人らは,前記コ(オ)判示のとおり改めて検討された地すべり対策について,α22地区及びα31地区の古期大規模地すべり地形について調査対象として取り上げていないと主張する。
しかし,上記古期大規模地すべり地形が形成されたのは2万4千年前よりもさらに以前のことであり,少なくとも過去2万4千年の間,地形を根本的に改変するような顕著な地すべり活動を行っておらず(甲D14),この地すべり地形が直ちに湛水によって滑動化するということは必ずしもいえない(甲F6)というのであり,安定性の高い地すべり(数千年から数万年程度以前に滑動した経歴を有するが,現在は安定している地すべりを指す。)は地すべり地形を示すが,特に大きな要因の変化がない限り安定しているものと考えられるとされている(甲F6の2の3)ことが認められることに照らせば,控訴人ら主張の点により,α1ダムが河川管理施設としての性状と機能を有しないこととなり,国土交通大臣の受益者負担金の納付通知について,重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるとは認められないし,著しく合理性を欠き,そのため予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があることとなるものとも認められないというべきである。
控訴人らは,岩の露頭の有無等から健全斜面と推定された5地区5箇所については,その健全性を判断することができず,湛水の影響を受けない箇所として検討対象から除外された12地区20箇所についても,湛水に伴う水文環境の変化により非湛水域における地すべりの危険性は高まり,残りの33地区59箇所についても,短期間の現地踏査だけで地すべりの可能性がないと判断することは困難であると主張する。
しかし,控訴人らの主張は,抽象的に地すべりの危険性を主張するものにとどまり,控訴人ら主張の点により,直ちにα1ダムが河川管理施設としての性状と機能を有しないこととなり,国土交通大臣の受益者負担金の納付通知に重大かつ明白な違法ないし瑕疵があるとは認められないし,著しく不合理であって,予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があることとなるものとも認められないというべきである。
控訴人らは,前記地すべり対策の再検討に当たり,土石流堆積物は,一度水締めを経験していることから,湛水の影響が小さいと推定されるので評価対象から除外したことについて,土石流堆積物として調査対象から外されたものに崖錐堆積物が含まれていること,湛水域にある応桑岩屑流堆積物を調査対象地域から外し対策を執らないという結果を生じており,地すべりを引き起こす危険性が高いと主張する。
しかし,未固結堆積物斜面については,技術指針(案)に基づき,既往資料及び現地踏査の結果を踏まえて評価対象箇所の決定が行われたものであることが認められ(甲D28),その内容に重大かつ明白な瑕疵があるとは認められないし,著しく合理性を欠きそのため予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があるものとも認められないことは,前判示のとおりである。
控訴人らは,前記コ(オ)③の安定解析(安定計算)において,必要な数値の設定が技術指針(案)に基づいているところ,α1ダム周辺地域の特色を考慮した数値の設定がされておらず,地下水位の設定条件が甘く定められており,地震に対する安全率の考慮も欠いている,抑止力が4000kN/mを超える箇所が存在し,道路土工指針(社団法人日本道路協会編)では抑止力が4000kN/mを超えると通常の対策工では抑制,抑止が困難とされている,未固結堆積物斜面の安全計算における強度定数の値の設定条件が甘く,安全率についてもα1ダムの地形,地質を考慮しておらず,地震に対する安全率の考慮も欠いている,未固結堆積物斜面についても抑止力が4000kN/mを超える対策困難箇所が存在する,応桑岩屑流堆積物の岩層は複雑であり,深層崩壊の可能性を考慮すべきである,地すべり対策として採用された押え土工と頭部排土工又はその併用工法,未固結堆積物斜面について採用された押え土工法の妥当性に疑問があると主張する。
しかし,技術指針(案)及びこれに基づき改めて検討されたα1ダムの貯水池周辺の地すべり対策に重大かつ明白な瑕疵があるとは認められず,これが著しく合理性を欠くものとも認められないことは,前判示のとおりであり,控訴人らの主張する各点は,貯水池周辺において地すべりの危険があることにより,α1ダムが河川管理施設としての性状と機能を有しないため,国土交通大臣の受益者負担金の納付通知に重大かつ明白な違法又は瑕疵があるとは認められず,これが著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過しえない瑕疵があるとも認められないとの前記判断を左右するに足りるものではない。
控訴人らの主張は,いずれも採用することができない。ス 控訴人らは,さらに,α1ダム建設事業が,自然環境,ダム建設予定地及び周辺住民の生活環境,遺跡等の文化財を破壊するものであり,条理,生物多様性条約,東京都環境影響評価技術指針に基づき実施すべき適切な環境影響評価を実施しておらず,環境影響評価義務,世界遺産条約に基づく遺跡の保護,保存等の義務を尽くさない違法があり,これが,予算執行上看過し得ない瑕疵に当たるから,被控訴人建設局課長が,受益者負担金を支出する行為は違法であると主張するようである。
しかし,建設省(当時)が「建設省所管事業に係る環境影響評価に関する当面の措置方針について」及び「建設省所管ダム事業環境影響評価技術指針について」に基づき「α1ダム環境影響評価書」を作成し,植物,動物,自然環境等についてダム建設による影響について評価を行い,その後も,株式会社g,h株式会社に委託してα1ダム事業実施区域周辺における動物の生息状況等を含む環境調査を実施していること,その調査内容が著しく合理性を欠くものとは認められないことは前記(1)オ(カ)判示のとおりである上,α1ダム建設の事業主体である国が,群馬県において行うα1ダム建設事業について東京都の環境影響評価技術指針に基づく義務を負担するものとは解されず,さらに,世界遺産条約に基づき,α1ダム事業実施区域の遺跡等に関して具体的な保護,保存義務を負うものとも認められない。
その上,仮に,控訴人らの主張するような環境影響評価が実施されていないという余地があるとしても,それによって,国土交通大臣による受益者負担金納付通知が,違法となり又は予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵を有することになるとは認められず,また,被控訴人建設局課長が,国の行うα1ダムに関する基本計画に関して適切な環境影響評価が実施されているか否かまでをも検討して,受益者負担金の支出の判断を行わなければならない財務会計法規上の義務を負っているとも認め難いのである。
控訴人らの上記主張は,採用することができない。
(3) 水特法負担金について
アα1ダムが,昭和61年に水特法に基づく指定ダムとして指定され,平成7年にα1ダムに係る水源地域整備計画が決定され,告示されたこと(前記争いのない事実(2)エ),水特法12条1項は,水源地域整備計画に基づく事業がその区域内において実施される地方公共団体で当該事業に係る経費の全部又は一部を負担するものは,政令で定めるところにより,指定ダム等を利用して河川の流水を水道等の用に供することが予定されている者,指定ダム等の建設により洪水等による災害の発生が防止され,又は洪水等による災害が軽減される地域をその区域に含む地方公共団体と協議し,その協議によりその負担する経費の一部をこれに負担させることができる旨定めていること(前記法令の定め(2)ア),東京都ほか下流受益者である各県は,群馬県との間で,本件水特法経費負担協定を締結したこと(前記争いのない事実等(3)ウ(ア))は前判示のとおりである。
そして,本件水特法経費負担協定に基づき,毎年度の協議によって定められた水特法負担金を,「α2川水系α3川α1ダムに係る水源地域整備事業に要する下流受益者負担に関する協定書」に伴う負担割合に関する覚書によって定められた負担割合にしたがって,被控訴人都市整備局課長がその支出命令(一般会計)を行い,被控訴人水道局長が支出(水道事業会計)しているものであること(前記争いのない事実等(3)ウ(ア)ないし(ウ))も前判示のとおりである。
イ以上によれば,被控訴人都市整備局課長及び被控訴人水道局長による水特法負担金の支出は,本件水特法経費負担協定及びこれに基づく協議をその原因とするものである。
したがって,前記(1)イに判示したところによれば,水特法負担金の上記各支出が違法となるのは,本件水特法経費負担協定及びこれに基づく協議が無効である場合,これが違法にされたものであって,被控訴人都市整備局課長及び被控訴人水道局長がその取消権,解除権を有している場合,本件水特法経費負担協定及びこれに基づく協議が著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合であって,被控訴人水道局長及び被控訴人都市整備局課長が,本件水特法経費負担協定及びこれに基づく協議を解消することのできる特殊な事情があるときに限られるものというべきである。
ウ控訴人らは,水特法負担金を負担させることができるのは,当該地方公共団体が指定ダムにより利水上の受益が予定されているか,治水上の利益が予定されている場合に限られるところ,東京都はα1ダムにより利水上も治水上も利益を受けないにもかかわらず,本件水特法経費負担協定及びこれに基づく協議を行うことは公序良俗に反し無効であり,また,本件水特法経費負担協定及びこれに基づく協議は,当事者が,東京都にとって必要のない事業であることを認識して行ったものであるから心裡留保によるものであって無効であると主張する。
しかし,本件水特法経費負担協定が水特法の規定に則して締結されたことは前記ア判示のとおりであることに加え,α1ダムによる利水上及び治水上の利益に関して前記(1)(2)において判示したところに照らせば,本件水特法経費負担協定が公序良俗に反し又は心裡留保によるものであって無効と認められないというべきであり,これに基づいて行われた協議についても同様に無効とは認められないのである。そして,他に,本件水特法経費負担協定及びこれに基づく協議に無効原因が存在するとは認められない。
さらに,上記判示の点に照らせば,本件水特法負担協定が違法にされたものであるとも認められないというべきである。
エまた,控訴人らは,水特法負担金の発生する原因はα1ダム建設計画にあるところ,その建設計画を行う政策自体が著しく不合理であるから,これを前提とする本件水特法経費負担協定も著しく不合理であり,東京都はこれに拘束されるものではない旨主張し,本件水特法経費負担協定の「この協定に疑義が生じた場合は協議の上処理する」旨の規定は,本件水特法経費負担協定を受けて結ばれる毎年度の協議において負担金の負担を拒否し得る旨を定めたものであると主張する。
しかし,水特法には,同法12条1項に基づく協議を拒否し又は協議に基づく負担金の支出を拒否できる旨を定めた規定はなく,同法に基づき成立した協議を解消することができる旨を定めた規定も存在しない上,本件水特法経費負担協定中にも,同協定に基づく負担金の支出を拒否することができる旨を明らかにした条項も,同協定を解消することができる旨を明らかにした条項が存在するとも認められないのである。その上,α1ダムによる利水上及び治水上の利益並びにダムサイトの安全性等に関して前記(1)(2)において判示したところによれば,α1ダム建設の計画が著しく合理性を欠き,そのため本件水特法経費負担協定に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するとは認められないというべきである。
もっとも,本件水特法経費負担協定中には,「この協定に定めのない事項又はこの協定に疑義が生じた場合には,甲(群馬県),乙(茨城県),丙(埼玉県),丁(千葉県),戊(東京都)及び己(群馬県)協議の上,処理するものとする。」旨の条項(10条)の存在することが認められる(乙13)が,本件水特法経費負担協定は「第5条に定める負担割合及び第6条に定める都県別受益者負担率は,変更しないものとする。」と定めている(7条2項)ことからすると,協定を締結した各都県が,他の都府県との新たな協議の成立なく,個別の判断で負担金の支出を拒否することを予定するものではないと認められる。また,「第4条の事業の実施期間及び第5条の負担金について変更の必要が生じた場合は,甲,乙,丙,丁,戊及び己協議の上,変更することができるものとする。」との条項(7条1項)の存在することが認められるが,「α2川水系α3川α1ダムに係る水源地域整備事業の実施及び負担金の取扱い等に関する覚書」(乙29)には,上記協定7条1項の場合として,「物価及び地価の変動による単価の変動が生じた場合」,「その他甲(群馬県)の責めによらない事由による場合」を列挙しており,「その他甲の責めによらない事由による場合」とは,群馬県の責めによらない事由により整備事業に要する経費の総額が増加した場合を想定しているものと解されるのであり,上記7条1項も,協定を締結した各都県が,他の都府県との間の新たな協議の成立なく,個別の判断で負担金の支出を拒否することを認めるものではないというべきである。
以上によれば,被控訴人水道局長及び被控訴人都市整備局課長が,本件水特法経費負担協定を解消することができる特殊な事情があるとも認められない。
オしたがって,本件水特法経費負担協定を原因とする,被控訴人水道局長及び被控訴人都市整備局課長による水特法負担金の支出が,財務会計法規上の義務に反する違法なものとは認められないというべきである。
(4) 基金負担金について
ア東京都が,本件基金との間で,本件基金経費負担協定を締結し,さらに,細目協定及び細目協定に関する覚書を締結していること,これに基づき決定された負担金額につき,被控訴人都市整備局課長がその支出命令(一般会計)を行い,被控訴人水道局長が支出(水道事業会計)を行っていること(前記争いのない事実等(3)エ(ア)ないし(ウ))は前判示のとおりである。
イこれによれば,被控訴人都市整備局課長及び被控訴人水道局長による基金負担金の支出は,本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定をその原因とするものである。したがって,前記(1)イに判示したところによれば,基金負担金の上記各支出が違法となるのは,本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定が無効である場合,これが違法にされたものであって,被控訴人水道局長及び被控訴人都市整備局課長がその取消権,解除権を有している場合,本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定が著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在する場合であって,被控訴人水道局長及び被控訴人都市整備局課長が,本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定を解消することのできる特殊な事情があるときに限られるものというべきである。
ウ控訴人らは,東京都はα1ダムにより利水上も治水上も利益を受けないにもかかわらず本件水特法経費負担協定を締結することは公序良俗に反し無効であり,また,本件基金経費負担協定は,当事者が,東京都にとって必要のない事業であることを認識して行ったものであるから心裡留保によるものであって無効であると主張する。
しかし,前判示の本件基金の寄附行為の規定及び「財団法人a業務方法書」の規定に加え,α1ダムによる利水上及び治水上の利益に関して前記(1)(2)において判示したところに照らせば,本件基金経費負担協定が公序良俗に反し又は心裡留保によるものであって無効とは認められないというべきであり,これに基づいて締結された細目協定についても,同じく,公序良俗に反し又は心裡留保によるものであって無効とは認められないというべきである。そして,本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定に他の無効原因が存在するとは認められないし,本件基金経費負担協定及び細目協定が違法にされたものであるとも認められないというべきである。
エまた,控訴人らは,α1ダムの建設計画が著しく不合理であるから,これを前提とする本件基金経費負担協定も著しく不合理であり,東京都は毎年度の細目協定の締結を拒否すべきであり,本件基金負担協定は,当事者が,毎年度の細目協定を拒否することを認めているものと主張するようである。
しかし,本件基金の寄附行為,財団法人a業務方法書及び本件基金経費負担協定中には,当事者である基金及び都県が,同協定に基づく細目協定の締結を拒否できる旨の条項が存するとは認められない。その上,α1ダムによる利水上及び治水上の利益並びにダムサイトの安全性等に関して前記(1)(2)において判示したところによれば,α1ダム建設の計画が著しく合理性を欠き,そのため本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するとは認められないというべきである。そして,本件基金経費負担協定中には「この協定の解釈に疑義を生じた場合及びこの協定に定めのない事項については,甲(群馬県),乙(茨城県),丙(埼玉県),丁(千葉県),戊(東京都)及び己(本件基金)は十分協議のうえ定めるものとする。」旨の条項(4条)の存在することが認められるが,他方,「己の事業に要する経費のうち,(中略)戊が負担する金額の負担割合は,戊が1000分の337.6とする。」旨を定め(1条),「(前略)戊は,前条の負担金について己の事業執行に支障をきたすことのないよう毎年度の予算措置について十分配慮するものとする。」旨を定めている(2条)ことに照らせば,東京都が,本件基金経費負担協定に基づく毎年度の経費の負担に関して細目協定の締結を拒否できることまでをも予定しているとは認められず,他に,本件基金経費負担協定中に基づく細目協定の締結を拒否することができる旨の規定が存在することを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,被控訴人水道局長及び被控訴人都市整備局課長が,本件基金経費負担協定及びこれに基づく細目協定を解消することができる特殊な事情があるとも認められない。
オしたがって,本件基金経費負担協定及び細目協定を原因とする,被控訴人水道局長及び被控訴人都市整備局課長による基金負担金の支出が,財務会計法規上の義務に反する違法なものとは認められないというべきである。
(5) 一般会計繰出金について
地方公営企業法18条1項は,その性質上当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てることが適当でない経費及び当該地方公営企業の性質上能率的な経営を行ってもなお,その経営に伴う収入のみを持って充てることが客観的に困難であると認められる経費で政令で定めるもの(17条の2第1項1号,2号は)のほか,地方公共団体は,一般会計又は他の特別会計から地方公営企業の特別会計に出資をすることができる旨定めていること(前記法令の定め(4))は,前判示のとおりである。そして,被控訴人水道局長による建設費負担金の支出が,その財務会計法規上の義務に反する違法なものとは認められないことは前記(1)(3)及び(4)判示のとおりであるから,水道事業会計に対するα1ダム建設費負担金分の繰出金を支出することが,被控訴人財務局課長の財務会計法規上の義務に反する違法なものとは認められないというべきである。
(6) 以上のとおり,被控訴人水道局長による特ダム法負担金,水特法負担金,
基金負担金の支出,被控訴人建設局課長による受益者負担金の支出,被控訴人都市整備局課長による水特法負担金及び基金負担金の支出,被控訴人財務局課長による一般会計繰出金の支出は,地方自治法2条14項,16項,138条の2,地方財政法3条2項,4条1項,地方公営企業法17条の2第2項に違反するものとは認められず,それぞれの負担する財務会計法規上の義務に違反する違法なものとは認めることができない。
6 争点4について
α1ダムに係るダム使用権設定予定者の地位が,地方財政法8条の規定する「財産」に該当しないことは,前記3判示のとおりであり,さらに,被控訴人水道局長がダム使用権設定申請を取り下げないことが,財務会計法規上の義務に違反し,違法なものとも認められないことは前記5(1)判示のとおりである。
したがって,被控訴人水道局長が,α1ダム使用権設定申請を取り下げないことが,地方財政法8条に違反し,違法なものとは認められない。
7 損害賠償請求について
前記4ないし6判示の点を総合すれば,東京都がbに対し,損害賠償請求権を有するものとは認められない。また,被控訴人水道局長による上記支出が財務会計法規上の義務に違反する違法なものと認められない以上,東京都がc及びdに対し,損害賠償請求権を有するものとも認められない。
8 結論
以上によれば,被控訴人水道局長に対し,建設費負担金,水特法負担金及び基金負担金の支出の差止めを求める訴えのうち,当審の口頭弁論終結日である平成24年12月21日までにされた支出の差止めを求める部分,被控訴人水道局長が国土交通大臣に対しα1ダム使用権設定申請を取り下げる権利の行使を怠る事実の違法確認を求める訴え,被控訴人知事に対し,α1ダムに関し,被控訴人建設局課長に受益者負担金の,被控訴人都市整備局課長に水特法負担金及び基金負担金の,被控訴人財務局課長に一般会計繰出金の各支出命令をさせることの差止めを求める訴え,被控訴人建設局課長に対し受益者負担金の,被控訴人都市整備局課長に対し水特法負担金及び基金負担金の,被控訴人財務局課長に対し一般会計繰出金の各支出命令の差止めを求める訴えのうち,平成24年12月21日までにされた支出命令の差止めを求める部分は,いずれも不適法であるから却下し,控訴人らのその余の請求を棄却するのが相当である。
よって,原判決主文1項(1)(4)及び2項を,前記のとおり変更し,控訴人らのその余の控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官大 竹たかし
裁判官栗 原壯太
裁判官田 中寛明